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マイナスカルマ  作者: 石座木
序章 悪神の契約者
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第四話 メルセデス・アッカーソン

 警察署にある簡素な一室。

入り口のドアが一つあるだけで、後は狭い通気口から換気扇の音が響いてくる、そんな場所にカエデ・ツツミは拘束されていた。

 全身の拘束具がやたらと窮屈で、壁に固定されているから身動きすらほとんどできない状態である。


<こっぴどくやられたな小僧、ここまでの敗北はクリスノとかいう小娘にやられて以来か>


(そうかもな……と言ってもあの時は怪我も無く逃げおおせられたから、今回みたいに体中穴だらけにされたのは生まれて初めてだか)


 猿轡を噛まされているカエデは今は口で話す事ができないので、アンラとの会話を脳内で行っていた。

 悪神アンラ・マンユはその契約によって、カエデのいるところになら自由に現れることが出来る。

 しかし現れたところでちんけなトカゲ一匹、それも実態が無いので、話し相手の暇つぶしにしか今は役に立っていない。


<しかし相手が悪かったな、並みの魔術師ならともかく神器使いが相手とは……小僧もそういうものにつくづく縁があるみたいだの>


(アンラの闇の力と悪徳が引き寄せたとも言えるがな)


<ふん、それはそれとしても、小僧ももっと悪徳を積んで我の力の源である負のカルマを背負っていれば切り抜けられたかもしれぬのに>


(これまで何人も殺してきたのに、それでも不十分だったわけか……まあ、あれだけの傷を負わされても一晩で治るんだから、今のこの身体も十分化け物じみてっけど)


カエデがメルセデスによって受けた傷は、綺麗さっぱり傷跡も残らず癒えていた。

悪神と契約した者は不死の肉体と、闇の力を得ることが出来、それは悪徳悪行を積み重ねる事によってのみ高めることが出来る。


<そんな程度で満足していたから小僧はいつまでも小僧なんじゃ、我の翼と不死に近い肉体を持ったからと言っても、まだまだ人の域。もっと悪に染まり、我の下僕に相応しい力を得よ、善なる者が蔓延る世の中で今の調子では生きていけんぞ>


(……死ぬのは嫌だけどな、だけど契約の残っている内はそれもできないか)


<さよう、契約の内容は覚えておるな?>


(ああ……全ての愛をアンラに捧げる、全ての友をアンラに捧げる、全ての希望をアンラに捧げる、全ての夢をアンラに捧げる、全ての未来をアンラに捧げる、だったな)


<その契約の重みを憶えているのならよい、小僧の負の業が満ちぬまでは、正のものは全てこのアンラの贄となる、輪廻を超えても続く契約をゆめゆめ忘れるな>


(解ってんよ……それにしてもこの拘束具、どうなってんだ? 闇の翼を開くこともできないぜ)


<それは……おっと誰かがきたようだ、我は少し身を隠すぞ>


 話の途中だったが、何かに気付いた様子のアンリはカエデの視界から消失する。

 そのすぐ後、入れ違いのようなタイミングでカエデを負傷させて拘束した捜査官、メルセデス・アッカーソンが部屋に入ってくる。


「……何か居たみたいね、貴方が契約した相手かしら?」

「……」

「あ、ごめんなさい猿轡、今外すから」


 第一声で鋭く指摘したメルセデスだが、カエデが黙っていると猿轡に気付いてそれを外す。

 案外抜けている人物なのかもしれなかった。

 

「それを外したって事は尋問しにきたのか?」

「ん? うーん、近いけど、もう少し軽い感じかしら。昨日はほとんど話せなかったから」

「話?」

「そうよ、まず名前からいいかしら? 呼ぶ時に困ってしまうわ」

「……カエデ・ツツミ」

「カエデね、その名前と容姿は日本人かしら。歳はいくつ?」

「二十九だ」

「え? うそ年上? はあ、東洋人は童顔に見えると聞いていたけど本当だったのね」


 どうでもいい感想を述べつつ、特に調書を取るわけでもなくメルセデスはカエデに質問していく。


「趣味は? 料理はする?」

「……さっきからなんだ? 名前や歳を聞くのは解るが、そんな質問に何の意味がある?」

「意味は特にないわ、強いて言うなら私が貴方の事を知りたいだけ。ずっと追ってきた相手だし、それに貴方の起こしてきた事件は興味深かったわ」

「興味?」

「そう、興味ね。貴方が起こした事件は全て殺人、それもギャングやマフィアといった警察が迂闊に手が出せない者がその標的だった。下手なゴシップ誌に取り上げられれば、正義の味方とはやし立てられてもおかしくないわ」

「正義の味方?」

 

 聞かされたそのフレーズにカエデの眉根が寄る。

 スリーシックスにもそれに近い事を言われた事があるが、本人からすればそんなつもりは毛頭ない。

 しかも警察の口からそんな風に言われるとは思っていなかったので、不意打ちも甚だしい。


「ステイツ流のジョークは俺みたいな日本人には理解できないな」

「残念ね私は英国人よ、それにジョークを言ったつもりもないわ。現に、警察関係者の中には、街の治安が良くなって貴方に感謝している者もいたのだから」

「……そうかい、だとしたら本当に警察ってのは無能か馬鹿の集まりなんだな。取り締まるべき人殺しに感謝とか、そんなだからクズの悪人共がつけあがるんだよ」

「随分と厳しい言葉ね、警察が嫌い?」

「まあな」

「そう、でも私は少なくとも貴方が嫌っているような警察とは違うわ」

「は?」


 メルセデスは徐に、髪につけていた髪留めを取る。

 デザインはカラスのようなシルエット、あまり趣味がいいとはいえない髪留めだが、その真価は別にある。

 

英雄の風ウルスラグナ・ギ・アイロ


 唱えられた神言語に応えるようにメルセデスの髪留めは光を纏い、次の瞬間には拳銃にその姿を変化させた。

 神器アーティファクトと呼ばれる神の道具、それは先日カエデに深手を負わせたものと同じ。

 そしてメルセデスは銃口をカエデの眉間に当て、ニコリと笑って問いかける。


「ねえカエデ、私と組んでみない?」

「……ジョークにしてはつまらないな」

「心外ね、本気なのに。私は貴方を買っているの、事件現場に残っていた貴方の感情の残照から、貴方が悪というものを憎んでいるのが六感を通して伝わってきたわ。それと同時に、貴方が悪として生きなければならない事にジレンマを抱えている事もね」

「……」


 心情を見透かされたような物言いに、カエデは少なからず動揺する。

 そしてメルセデスはそれを見逃さない。


「このままでは貴方の処分は、実験台にされるか有無を言わさず死刑かという悲惨な末路が待ってる。法に照らされない事件では決まってそう、だけどもし私と組む気があるのなら貴方の罪を無かった事にしてあげる。これでもコネと権限はそれなりに持っているの」

「……汚い話を堂々と、恥ずかしくないのか?」

「表の世界でも、金だの司法取引だのでもっと汚い話は溢れてるわよ。ふふ、でもそういう風に潔癖さを感じさせる貴方だから、こうして私も提案してるのだけど」

(なんだこいつ……)


 それなりに長く裏の世界で生きてきて、カエデは初めて誰かを少しでも怖いと思った。

 こっぴどく痛めつけられた相手であるから、というわけではない。

 メルセデスの、年齢は二十台そこそこであろう外見からあふれ出るような自信。それが無謀か馬鹿か、それとも裏打ちされた何かがあるのかが想像もつかないからだ。

 そんなよく解らない相手のいきなりの提案。


(業視の魔眼は、やはりこいつだけには機能しない……)


 正も負も、人間の全てを曝くその魔眼にこれまで頼り切っていただけに、カエデは選択を慎重に考えざるを得なくなった。


「……具体的に、組むとはどういう風にだ?」

「あら、少しは興味を持ってくれたようね」


 そう言ってメルセデスは銃を下ろす。

 その銃だって脅しだけか、本気で撃つつもりもあったのかは定かではない。


「私が望む貴方との協力関係は、国連警察として一緒に各国を回ってもらうという事ね。もちろん捜査官として抜擢するような事は出来ないけど、民間の協力者という体裁で私のパートナーになってもらうの」

「パートナー? はあ、何の理由があってだよ。わざわざ組みたいと考えるほど、俺はあんたにリターンを与えられるとは思えないが」

 

 部外者を国連警察が随伴させる事に対する疑問は、悪魔や魔術師が相手という非現実的なメルセデスの担当を考えれば解らなくもないが、少なくとも人殺しを近くに置いておくリスクに対しての答えにはならない。

 それにカエデはメルセデスに手も足も出ないまま、こっぴどくやられている。前者のリスクに、足手まといの可能性もつくと考えれば、組みたいという彼女の発想はますます解らないものだった。

 しかしその疑問はメルセデスの一言で解消される。


「貴方の持つ『業視の魔眼』が目当てだと言ったら解りやすい?」

「――!?」

「何で私が業視の魔眼を知っているのか? という顔ね。それについても、簡潔に一言で説明できるわよ」


 どういう訳かメルセデスに対してだけ、カエデの業視の魔眼が機能しないという理由。

 なぜ一介の捜査官が、神器などという物を持っているかという理由。

 そして彼女のあふれんばかりの自信の理由。


「私が善神スプンタ・マンユと契約しているから」


 メルセデスの簡潔な説明。

 それは同時にカエデの表情を更に曇らせる。

 目の前にいる者は真逆……犯罪者と捜査官という対比、悪神と善神という対比、それなのにカエデは赦免、メルセデスは業視の魔眼という利が互いにある。

 そしてアンラとの契約を考えれば、カエデにとって真逆という環境はむしろ理想の関係。


「どうかしら、私と組んでみるか考えてみない?」


 差しのべられた提案は、カエデを迷わせずにはいられなかった。


 


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