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マイナスカルマ  作者: 石座木
一章 黄金の夜明け団
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第十四話 福音

 天変地異すら引き起こす魔竜の力――竜言語魔術ドラゴンブレス

 頭上からは雷霆が降り注ぎ、足をつける地面は次々と割れ、視界のすべてを遮る程の大きな竜巻が巻き起こる。

 そんな地獄絵図の中、ミサ・クリスノは魔竜に向かって悠然と立ち向かう。

 自らが生み出した結界が、既に眼前の敵に支配されていようとも、自らの力と共にある神を信じ進む。


 頭上からの雷はその手の聖槍で切り払い。

 飲みこまれれば地の奥底に沈むような地割れも、人間離れした跳躍力と度胸で次々と飛び越え。

 すべてを吹き飛ばすような竜巻の中を、まるで弾丸のように躊躇なく駆け抜ける。


 障害の先で待っているのは強大な化け物。

 そこへ近づけば近づくほど、魔竜の巨大さを実感する。


「これほどの形骸変成……大したものだと認めようか。だがな、それだけに的も絞らなくて済む」


 眼前の敵をしっかりと見据えたクリスノは、徐に構えた聖槍を、魔竜に向かって投げつける。

 百メートル以上を高速で、それも直線の軌道で進む聖槍。

物理法則を無視するかのような聖槍は、そうして魔竜の右胸に深々と突き刺さる。

 

「ガアアアアアアアア!」

 

 刺さった聖槍から放たれて刃となる聖気。

それは魔竜の体にいくつもの亀裂を生じさせ、苦悶のような怪物の叫びが響き渡る。

 更に聖槍が物理法則を本当に無視したのは、次の瞬間。

 所有者であるクリスノを、限定的な空間転移で呼び寄せる。


「はああああああああああああ!!」


 再び聖槍を手にしたクリスノ。

 その聖なる刃を振り上げ、魔竜に更なる傷を負わせる。

 

「グウ!?」

「断罪!」


 もう一撃、十字を描くように横に刃を払うクリスノ。

 聖槍で魔竜に与えたその傷も、聖なる力が混流し亀裂となって巨体の全身を走っていく。

 楽に終わらせるという最後の慈悲も、今のクリスノには無い。

 そこにある巨大な闇を、その細胞も霊体も、一つ一つを根絶するように。

 ただただ狂ったように聖槍を振るう。


「悪よ、魔よ、闇よ!! 神を名乗るその傲慢を恥じよ! 善なるものへの嫉妬を恥じよ! 的外れな憤怒を恥じよ! 人の身を捨てたその怠惰を恥じよ! 生あるものを贄としてきたその暴食を恥じよ! そのような身でありながら未来を望むその強欲を恥じよ!!」


 バラバラに、粉々に。

 魔竜を、そして巨大な悪を形作っていたものを、クリスノは聖槍の刃で散らしていく。

 世界にはびこる大罪を、もろとも滅するように。

 一振り一振りに全霊を込め、祈りを捧げながら、聖槍の力を極限まで引き出す。

 

そうして一条の光は幾重にも重なり、繋がり、さらなる大きな刃となる。


「真なる神がお前を罪悪世界へ導くだろう……エイメン!!」


 かつて人の世界で罪人がその末路をたどったように。 

天を突くような聖槍ロンギヌスの断罪の大刃は、巨大な魔竜の首をその罪ごと切り落とした。



+++++++++++++++



「主よ……成し遂げました」

 

 立てた聖槍を抱き、鎧の前で手を組みながら、ミサ・クリスノは祈りを捧げる。

 首を失い横たわった魔竜には生気がなく、それはクリスノの勝利以外のなにものでもない。

 強大な悪の最後にしては呆気なくもあったが、今はただ愛する神への信仰を果たせたことに喜びを感じていた。


「神使たるこの栗栖野が……」


<おっと、もう勝ち名乗りをあげているのか? 気が早い小娘だ>


「ん……トカゲ? いや、この気は……」


 どこからともなくあらわれた人語を介する一匹のトカゲ。

 そこから感じられる気配が、先ほどまで戦っていた魔竜と似通っていることに、クリスノは一目で気が付く。


「お前がアンラ・マンユだな」


<ほう、見破るか。ヒトの身でありながら、伊達に調整を受けているわけではないようじゃの>


「何の話だ? 得意の虚言で惑わそうとしても無駄だ。交わす言葉などない、お前に向けるのは刃だけだ古き悪よ」


<そうギラギラとした目で愛いことを言うな小娘、喰いたくなる。それに小娘が向けるべきは我ではなかろう?>


「――!?」


 アンラの言葉がさすように、クリスノが目を向けるべきは他にあった。

 地が揺れる。

 天が震える。

 新たな魔の律動に、結界が色めき立つ。


<ようやく我が下僕の体の隅々まで、魔力が通ったようじゃ。目に物を見よ、これがいずれヒト世界に終焉もたらす悪の根源の姿じゃ>


 それは巨大という言葉では足りなかった。

 化け物という言葉では言い表すことができなかった。

 何せクリスノが打倒したと思っていた魔竜は、その全貌の十分の一も見せていなかったのだから。

 

<ヒトの概念で言えば首は一つじゃからの、それを落とせば終わりと思うのじゃろうが……ふ、神と戦うには認識が些か甘いぞ小娘よ>


 伝承では、魔竜アジ・ダハーカは三首の姿と伝えられているのはクリスノも知っていた。

 だが次々と上る首の数はそれを超える。


<貫禄じゃの、あの姿。かつての我の一の配下に勝るとも劣らぬ>


 地面の下から這い出した全長数百メートルはある胴体。

 そこから上る首の数は八首。

 さしずめそれは、日本神話で語られる『ヤマタノオロチ』。 


「……」


 クリスノは息を飲む。

 静かに槍を構え、ただひたすら気を静める事に留意し。

 そして、せめて絶望に負けぬため、聖職者にあるまじき自らの死を覚悟した。



+++++++++++++++


 

 クリスノに残っていた余力は急速に失われていく。

 八首の首から別々に放たれる驚異の竜言語魔術ドラゴンブレス、一飲みにしようとアギトを開く巨体の圧力。

 立ち向かうのは力不足、身を守る呪鎧の防護障壁と聖槍のもつ限定的な空間転移能力で逃げ続けるのが精いっぱい。


 そしてようやく隙を見つけて攻撃に移っても、振るう聖槍の刃は鈍り始め、薄くなった光は魔竜の鱗に弾かれてしまう。


(奴の体にまわる呪詛の毒が聖槍の力を犯している……このままでは朽ちる)


 現代では失われている遺物である聖槍を、結界の力で過去から無理をして召喚したので、無論、その替えなどない。

 刻一刻と、クリスノに死が迫る。


「……ぐあ!?」


 転移を交えて動きを翻弄してきたクリスノだったが、それも限界に近い。

 とうとう読み負け、魔竜の牙によって聖槍を庇った左腕を、喰い千切られてしまった。


「うぅぅぅ、く」


 体にまわる強烈な呪詛の毒。

 その毒によって傷の再生が追い付かず、クリスノは膝を折る。

 

(私が跪くのは、我が主の前だけど決めていたのに……)


 クリスノの体にまわった毒は視力を奪い、次に聴力が失われる。

 静寂が支配する闇の中、一人。

 手足の感覚も消え、自分の命の灯も消えかかっているのが分かる。

 しかし、感じるはずのない感覚を、クリスノはまだ信じていた。


(……聖槍はまだこの手にある、呪鎧もまだ私を守っている)


 信じる者は救われる。

 それを疑ったことは今まで一度もない。


(このまま毒にまみれ、清純が犯され、未来永劫囚われるアンラ・マンユの生贄となるくらいなら……)


 自ら死を選ぶ事……十戒によって禁じられたそれを破るのは、クリスノにとって何よりも辛い。

 だが今はもう、それしか道はない。


(主よ……どうか最後に捧げるこの歌をお聞き届け下さい)


 五感が失われた今は、自分の声がでているかどうか定かではない。

それでもクリスノは心で、最後の讃美歌を自らの神に捧げる。


(――たとえ私が富と名誉に溢れていても――十字架の前に立つ今に値するものは何もない――)


 歌と同時に、クリスノは一つの儀式を遂行する。


(――その真のすばらしき愛を私は感じ――その真の聖さを知り――私もまたその愛に交りゆくのでしょう――)


 呪鎧ベルカインにかけられた呪いは、所有者の死によって、血や肉や骨といった肉体と、それに連なる魂などの霊体の力を、吸い取って増幅させるというもの。

 クリスノはそれを使い、自分の死を意味あるものにせんとする。


(――主よ、私の生命を――私の生涯を――どうかお引き受け下さい――)


 最後の讃美歌を謳いきり、クリスノは息絶えた。

 


++++++++++++++



 初めは、暖かな何かに溶けていく感覚。

 

 次に、これまでに感じた事のない大きな力と一体になる感覚。


 呪鎧ベルカインによってクリスノは自らの死を力に変え、そして力の失われつつあった聖槍ロンギヌスに注がれ、取り戻した力の全てを流出させる。


「――神を讃えよアレルイヤ――最期の福音ラストリゾート・エヴァンゲリオン――」


 光一色に神域事象の空間が満ちていき、魔竜も影も残さず飲みこまれていく。

 クリスノの望んだ福音は、その時確かにもたらされていた。

 




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