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マイナスカルマ  作者: 石座木
一章 黄金の夜明け団
11/23

第十一話 デート?

「カエデさんには明日、買い出しに行ってもらう事になりました」

「ん?」

 

いきなり部屋に現れてスリーシックスが告げた言葉に、カエデ・ツツミは首を傾げた。

 まるで事後報告のような言い方に違和感を覚えたから。


「それは俺一人で行くのか?」

「いいえ、エリザとクラリスも一緒です。買い出しは結構な大荷物になりますから、男手がほしいと言っていました」

「……おい」


 そこでエリザとクラリスの名が出てきた事に、カエデは少し目を尖らせた。

 対するスリーシックスは困ったように首を振るだけ。


「カエデさんの言いたい事は解りますよ、それに注意された事も忘れてません。ですがこれは私の意図した事ではなく、決定権もまた私には無いのです」

「……あんた此処の代表だろ」

「フフフ……私から言える事は、台所を守っている者の望みや言い分が此処では通りやすい、これが真理だという事です」


 ちょっと格好つけて言っているが、スリーシックスの言い分はかなりダサい。

 つまりは小娘達に言い負かされたという事らしい。


「はあ……いや、置いて貰っている手前、俺が文句言う筋合いはねえけどさ」

「すみません。貴方が一番、貴方自身の事を持て余しているという事を知っているのに。こういう時に私がフォローすべきなのでしょうが」

「いいさ、悪いのは俺だ。ややこしい問題を持ち込んでいるのは俺なんだから」


 スリーシックスには貸りを多く作っているカエデは、こういう時にこそ返していかなければならない。

 あの二人と一緒という事に不安を覚えないわけでもないが、何にしてもこれくらいの関わりは超えていかねばならないだろうとも思っていた。


「では、頼みますカエデさん」

「ああ」


 ただの買い出し一つで神妙に考えてしまうのを馬鹿らしく思いつつ、クライスの描いた絵がまだ心のどこかで引っかかっているカエデだった。



++++++++++++++



(買い出しに行くのはいい……だが、同じ場所に住んでいるのに、どうして待ち合わせの時間と場所を指定される必要があるのか)


 カエデはそんな疑問を浮かべつつ、大学院の中にある花時計の前で待っていた。

 時刻は指定された午前十一時の十分前。

 約束の時間より早く来てしまうのは、カエデの日本人として染みついた癖で、時間にルーズな地域の多い諸外国では時には失礼にあたったりもする。

しかし黄金の夜明け団では時間管理は徹底されているので、その点で不具合を感じることは無い。

待っていると、五分前にエリザとクラリスが揃って現れた。


「おはようございますマイロード」

「ああ………………おはよ」


 エリザからの挨拶の返事に間が開いたのは、その姿に驚いたため。

 カエデの知っているエリザはいつも厚手のローブで身を包んでいるが、今日はそんないつも以上に特殊に見える格好をしているからだ。

 形容するならば、中世ヨーロッパの貴婦人が着ているドレスを改造したような姿――いわゆるゴシックアンドロリータファッションに近い格好。


「おいおいおっさん、花も恥じらうJKつかまえて何をジロジロ見てんの?」


 日傘用のフリルのついた傘で、ツンツンとカエデを突いてくるクラリスも、当然のようにエリザと似たような服を着ていた。


「……なんだよJKって」

「そりゃ女子高生(JK)の略でしょ、常識的に考えて」

「そんな常識知らないが……お前らのその格好は何だ? 買い出し行くのにそんな格好をするのが流行りなのか?」

「え? おっさん知らないの? 何で日本人なのに知らないの?」

「……は?」


 色んな事に要領を得ないカエデは、とりあえず以外そうに見上げてくるクラリスの話を聞くことにした。


「これはローゼン☆マギカのコスチュームだよ」

「何だそれは?」

「日本でやってた深夜アニメ」

「……なんでそんな格好をしてきた? 返答次第では殴る」


 まさかのアニメのコスプレに、溜息すら出ないカエデ。

 この二人と買い出しというだけで嫌な予感はしていたが、まさか出発の段階で躓くとは思ってもみなかった。


「ちょ、待って、これはエリちゃんが……あ、握り拳作らないで! あと顔はやめて、殴るならボディーにして!」

「お、お待ちくださいマイロード!! 私がクラリスさんに頼んだんです!」

「エリザが?」

 

 どうせクラリスの悪ふざけだと思っていたカエデだったが、意外なエリザの言葉に握った拳の力を抜く。

 

「その、オシャレをしてみたいとクラリスさんにお願いして……この服を貸してもらいました」

「……やっぱりお前の仕業だったんだろが」

「なんだあ、おっさんにはウケると思って秘蔵のコレクションひっぱりだしたのに。喜ばないとか、つまんね」


 カエデの睨みに対して悪びれないクラリス。

 本当に殴ってやろうかと拳を握ったら、危険を察知したのかエリザの背後に隠れた。


「……まったく、ただの買い出しにそんな格好してどうすんだ。動きにくいし目立つだろが」

「いーじゃん、荷物持つのはおっさんだし、私達がどんな格好しても。それに、ただの買い出しじゃないし」

「はあ?」

「く、クラリスさん!!」

「解ってないなーおっさんは、男女が買い物に出かけるって言ったらそれは一般的にはデー……ふご」


 言いかけたクラリスの口をエリザが思いっきり塞ぐ。

 しかし何を言いかけたのか、それは言葉の流れで解ってしまった。

 解ってしまったが、カエデは解らないふりをすることにした。


「な、何を言うんですかクラリスさん! これは【ただの買い出しですよ、それ以外のなにものでもありません】!」

(……おい)


 色々台無しなエリザの嘘も、カエデは聞き流す事にした。



++++++++++++++



 カエデ・ツツミにも人並みの羞恥心は存在する。

 必要以上に目立つことは好きではないし、目立ってしまいそうなことも避けて通りたい。

 しかし今は、明らかに目立つ格好の少女二人に脇を固められ、明らかに自分に向けられる奇異の視線、あるいは忌避の視線から逃げられないでいた。


(……こいつらは最低のコンビだ)


 カエデは実感する、昨日の朝にエリザからクラリスとの事で相談を受けた時、もっと二人の仲が断絶するくらいの最悪なアドバイスをすれば良かったと。

 そのぐらい状況は最悪だった。

 まずエリザは純粋に楽しそうにしている、普段から目立つ格好をしているからか、それほど周囲の視線は気にならないらしい。買い物一つで、なんでご機嫌なのかとかカエデは思ったがそれはいい。

 問題はクラリス、こっちが最悪だった。


「ねえパパ~これ買って~、今日の夜一緒にお風呂に入ってあげるから~」

「うるせえ、少し黙ってろ」


 カエデの事を「パパ」と呼び方を変えたり、際どいワードを巧みに操り周囲の注目を操っている。

 買い物中のエリザの隙をうまくつきながら、気付かせないようにタイミングを計りつつ、カエデとは付かず離れずの絶妙な距離感で接する。

 まさに今のクラリスは、人ごみという地形を知りつくしそれを利用する狩人。


(お前、いい加減にしろよ。さっきから何のつもりだ)

(ハッ、エリちゃんに近づく輩は全て滅ぼす。おっさんは社会的に抹殺されればいいよ)

(……だったら最初っから、お前ら二人で買い出し行けよ)

(馬鹿め、うちではエリちゃんの言葉こそが絶対なのだ。料理を作る者と食べる者――その間にあるものは人種や階位すら超えて、絶対遵守の定義)

(クソレズが、お前ほんと駄目だな……)

(ニートに言われたくないわよ!!)


 買い物の最中にも、そんなやり取りを視線で交わし合うカエデとクラリス。

 社会的に抹殺云々に関しては、カエデはもうそれに近い立場にあるのだが、知っているのはスリーシックスと、他にはエリザくらいなもの。

 だがクラリスのやり方で落とされる尊厳は、今までの生き方以上に業深い罪を背負いそうで、カエデとしては御免こうむりたかった。

 

火花を散らし合う二人を余所に、エリザは着々と必要なものを買い揃えていく。

 黄金の夜明け団くらい大所帯の買い出しともなれば、生活必需品だけで結構な量になる。

 非現実や非常識を謳う魔術結社としては、目を背けたくなる現実だが、人間である以上衣食住が必要なのは当たり前。


「大丈夫ですかマイロード、私も少しお持ちしますか?」

「いいや、そんなに重くない……量はかさばって来たけどな」


 何故かトイレットペーパーを二種類買っていたり、誰の趣味か不明だが大きな人形を買っていたりで、荷物持ちのカエデの視界は大分悪くなっていた。 


「私お腹減っちゃったー。ねえ、あのお店で食べていこうよ」


 クラリスがちょうど通りかかった喫茶店を指さす。

 盛況そうな店で、それなりに客が入っていたが、見た感じ四人掛けのボックス席が一つ空いていた。


「そうですね、少し入りましょうか」

「やったー、ほらおっさん早く早く!」

(……トイレットペーパー何個も抱えて喫茶店とか、ハードル高いなおい)


 文句はあったが、その決定を覆す事はできそうになかった為、カエデは少し肩を落としながらエリザとクラリスの後を付いて行った。



++++++++++++++



 カエデ達は喫茶店に入り一息つく。

 四人掛けの席はカエデが自分の席の隣を荷物置きにしたので、その向かい側にエリザとクラリスが並んで座った。

 店内は落ち着いた雰囲気という感じではないが、家族連れが多く賑やかで活気がある店という印象。

 その中でも一番活気があっておしゃべりなのが、正面にいるクラリスだという事はカエデにとって悩みの種だったが。


「えーうそー、おっさんキューティキュア見た事ないの?」

「……知らん、何だそれ」

「日曜の朝にやってるアニメ。おかしいなー、日本人は日曜の朝に家族揃ってアニメを見るのが、一般家庭の常識って聞いたよ?」

「そりゃ初耳だ」


 カエデはクラリスの言葉に軽くカルチャーショックを受けた。

 それはもう、未だに日本のイメージに、サムライやニンジャが残っているのを聞いた時くらいには。

 

「俺のとこは一般家庭に含まれてなかったんだろきっと、それかお前みたいなアニメ好きのフランス人がする妄想か」

「あ? おっさんフランスをディスってんの? それともアニメをディスってんの? 返答によっちゃ許さないよ私」

「……お前をディスってんだよ馬鹿」


 馬鹿馬鹿しい会話。

 クラリス・ブノワという少女を前にすると、カエデ・ツツミは調子を狂わされて閉じている口を開いてしまう傾向にあった。

 その点エリザ・オーデュボンにも同様の苦手意識はあるが、彼女は物静かな部類なのでその分調子を狂わされるという事はそれほどない。


「でもおっさんにも子供時代があった筈、何かアニメ見てたんじゃないの? ほら恥ずかしがらないでゲロってしまいなさいよ。そこからおっさんの傾向と対策を私が考えないといけないんだから」

「何だよ傾向と対策って……でも、そうだな、そういえば日曜の朝だと、あれを毎週見てたな」

「ん、何々? 明日の劇団員のやつ? それともお邪魔な魔女のやつ? あ、デヴァイスなモンスターはお呼びじゃないんでやめてよ?」


 何かの比喩を上げ連ねたクラリスの言っている事は解らなかったが、カエデは一つだけ見ていたアニメを思い出した。

 最後に日本を出た十年前より更に昔の、子供の頃に見ていた作品だが。


「ゴーストスイーパー」

「……………………???」

「……」

「………………あ、ケータイ鳴ってた、っとスリーシックスからだ。ごめん、ちょっと出てるね」


 そう言い残して、クラリスは携帯電話をもって店の外に向かう。

 携帯電話の使用マナーを考えれば不自然な行為ではないが、カエデには解っていた。

 無言になっていたクラリスとの間に、確かなジェネレーションギャップが存在していた事を。


「大丈夫ですかマイロード、気分が優れないようにお見受けしますが?」

「……大丈夫、おそらく」


 今はエリザの気遣いが少しだけ染みる。

 項垂れたカエデは、クラリスの相手に疲れたという事もあるが、実のところ特殊な事情で消耗する理由があったから。


(……どいつもこいつも業深い。人間はそういうものだと解ってはいるが、これは目に毒だ)


 人通りの多い場所ではどうやっても人の姿が目に移る。

 サングラスで隠してはいるが、カエデ自身の見え方には影響のない『業視の魔眼』が、正の気も負の気も読み取ってしまう。

 深く見ようとしなくても、それが視界にパタパタ入ってくるのは気分のいいものではなかった。


「ところで……結構買い込んだが、この後もまだ買うもんあるのか?」

「いえ、もうありません……あ、でも……」

「何だ?」

「……」


 言葉を濁してエリザは押し黙る。

 その様子は何かを言いたげであり、だからカエデも黙って次の言葉を待つ。

 

「……マイロードの、何か食べたい物はありませんか? 好きな物でもいいです」

「は? 俺?」

「はい、食事を抜かれているのは……やっぱり体に良くないと思いますし、その……お世話になったお礼もまだ足りてません」

「お世話って、クラリスとの事か? そういや、仲直りできて良かったな」

「あ、いえそれもありますけど……もっと根本的な部分の話です」

「根本的?」

「ん~~、うまく言葉が見つかりません。言うなれば個人的で直感的、あるいは神秘的な話になるのですが……」

「……何か大変そうだな」


 エリザの言っている事が要領を得なくて、カエデは適当な相槌を打つ。

 それへの返しは笑顔だった。


「ええ、大変です」

(……うお)


 エリザ・オーデュボンの笑顔。

 純真で無垢な、影の差さない笑顔。

 それはカエデにとって不意打ちを受けたといっていいほどの、目に焼き付き脳に刻まれるような、とても綺麗な笑い方だった。

 

(……なんかデジャブだ)


 以前にどこかでそういう笑みを向けられたことがある。

 いつ? どこで? 誰に? そんな自問自答も無意味なほど、カエデが既視感によって揺り動かされた記憶は、ハッキリしたものを浮かび上がらせる。


「俺だけが覚えている……か」

「え? 今何かおっしゃいましたか?」

「いや、ただの独り言だ」


 思い出した記憶はとても大事な物。

 その時、確かにエリザの姿と、カエデの記憶にあった人物の影は重なっていた。

 だから、なのか。


「――!?」

「ん? どうかしたか、エリ――!?」


 カエデは目を疑った。

 一瞬前まで笑っていた少女の体の中心に、ありえない物が刺さっていたから。

 それは……一本の十字架だった。


「お前は……」

「久しぶりですね堤楓つつみかえで、貴方のような邪悪なる者が白昼堂々と、こんな場所に居るとは世も末です」


 倒れゆくエリザの背後、その奥の喫茶店の入り口からカエデをまっすぐ見据える少女。

 饒舌な日本語で話し、欧米人のようでいてどこかしら日本人の血も感じさせる顔立ち。


「ミサ・クリスノ……聖十字新教団の『狂信者』」

「いいえ、私は『神使』……『神使・栗栖野くりすのミサ』。どうぞ、そのような不服極まりない呼び方はお止めいただくように」


 修道服を着たその少女は正の気に満ち溢れ、霊光をあえて輝かせたその姿は、確かに神使の自称に相応しい威厳がある。

 だがカエデは知っている、その少女が如何に狂っているかを。

 それゆえに、絶対に相手にしてはいけない者だという事を。


「では邪悪なる者よ、控えなさいここは神前です」

「ぐ……」


 次々と何もない所から現れる十字架。

 何事かと驚く店内の客にクリスノは目もくれず、その焦点であるカエデは倒れたエリザを抱えて静かに立ち上がった。






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