表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

感 情

自サイト50,000Hitsお礼小話。


最近、目に付くことがある。

例えば天野が蒼に接するとき。彼の瞳は穏やかな色を浮かべ、からかう口調であっても尚貴に対する気安さとは違う何かが存在する。

蒼の態度も同様で、それは尚貴がいたとしても変わることはない。

天野が之路にだけ見せる表情があるように、蒼に対するそれもあるのだと、之路は最近気がついた。

彼らは店を間に置いた関係だと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。

もちろん蒼には尚貴という恋人がいるのだから、恋愛感情は存在しないと知っている。だが、二人の醸し出す空気を表すのに友人という言葉では重みが足りない。

尚貴も含め彼らの培った時間は之路とのそれよりも長い。彼らに共通の何かがあって当然だと自分を言い聞かせても、心はそれを拒絶したがる。

グラスを渡すときに触れる指先、笑いあうときの瞳―――視界に入る全てのことが気になってしまう。

この複雑な胸中が原因で、蒼の顔を正面から見られなくなった。

天野と二人でいるときに思い出して胸が痛むこともある。

天野の、之路に対する感情を疑ってるわけではない。それでも、抱いてしまう感情から目を背けることもできない。

彼は、天野にとってどんな存在なのだろうか。

そればかりを気にしてしまう。




「友人じゃないのは事実だな」

長くなった灰を際皿に落としながら、至極あっさりと尚貴は之路に答えを与えた。眉間に皺を寄せた之路が恨めしそうな感情を浮かべる。

「なんでそんなに簡単に言い切れるの?」

「断言できるほどには付き合いが長いからな。でも、そうだな……俺はおまえより先に出会ったが、未だに理解しきれないこともあるよ」

まさか尚貴も同じようなことを考えているのだろうか。どこか期待に似た薄暗い感情に気づき、之路は瞬時に自己嫌悪に陥る。

項垂れたその様子を眺めていた尚貴は、煙草を口に運ぶ振りで口の端に浮かんだ苦笑を隠した。


友人同士でもまま起こることだが、恋人関係であれば尚更打ち消し難いそれ。特定の人物が自分以外の誰かに視線を向けられる、自分以外の人間に対して彼が何らかの特別な感情を持っていると気づいた瞬間に、人はこの負の感情を抱く。

之路の中に巣食うそれは、紛れもなく嫉妬だろう。

自分にも確かに向けられているものがある。それを知っていながら他人に対するそればかりに敏感になり、疑うことを止めない。否、止められないというほうが正解か。

天野に近い蒼の存在は、確かに之路の立場からすればその対象になりうる。

之路の中では蒼もまた大きな存在には違いない。

だからこそ、こうして彼を見られなくなったことに戸惑っているのだろう。

彼も好きなのに、と。

それがわかっていて一蹴できないのは、尚貴にも覚えのある感情だからだ。


恋人と呼び合える前、蒼とその周囲にある関係がまったく見えていなくて、彼の口から出る人物全てに眉を潜めた。それが蒼を傷つけ、二人の関係を壊しかけたこともある。

今は嫉妬を覚えないのかと訊かれたら、尚貴はそうでもないと答えるだろう。

自分の中で折り合いをつけ表に出さなくなっただけのことで、まったく抱かないわけではない。

自分との付き合いがどれだけ長くなろうと、彼らの存在の重さは変わらない。

そもそも比較することが間違いなのだと尚貴は学んだ。自身が交友関係を持つように、彼にもまたそれがある。

何よりも互いに対する揺るがない想いが根底にある。

そのことに自信がついたのはそれからしばらく経ってのこと。自分の恋愛感情すら持て余す之路にそれを察しろというのは酷な話だろう。


俯いたまま黙り込んでしまった之路の頭を軽く叩き、その視線をこちらに向かせる。持っていた煙草の火を消し、空いた指で自分の隣りを示した。

「……尚貴さん?」

「いいからこっちに来い」

有無を言わせぬ態度で命令すると、戸惑いながらも之路が移動してくる。僅かな隙間を埋めるように細い肩を抱き寄せると、彼は大人しく尚貴へと身を寄せた。

それがどんな意味を持つのか彼は理解していない。思わず笑みを零せば、之路が問うような視線を向けてくる。

「今の体勢が周りにどう映るのか考えたことあるか?」

「今のって……」

首を傾げる之路にますます笑みを深くした尚貴は、空いている手でその頭を大きく撫で回した。

「ちょ、何するんだよ、急に!」

髪が乱れる! と足をばたつかせるが、当の本人は笑みを浮かべたまま。

「尚貴さん!」

強い声音で名を呼びながら、必死で頭上の手を持ち上げる。ようやく弄られなくなった之路は、上目遣いに尚貴を睨みつけた。

「髪の毛がぐちゃぐちゃになったじゃないか!」

「はいはい、俺が悪うございました。ちゃんと直してやるよ」

「当然っ」

つんっと顎を向けるが、之路自身どこか楽しんでいる節がある。できる限り避けたい他人との親密な接触も、尚貴や蒼になら平気だ。

それは、彼らが自分に害をもたらさないと知っているからに他ならない。

事が事だけに天野に話したことはないが、今の之路があるのは蒼と尚貴のおかげと言ってもいい。もしも二人と知り合っていなかったら、之路は疑いのあまり他人と会話すらできなくなっていたかもしれない。

傷ついた之路を癒すために彼らが辛抱強く立ち向かってくれた時間は、こんなにも大きな変化をもたらしている。

言うなれば、天野との繋がりができたのも彼らがいたからだ。


天野とは違う、大切な人たち。


「……あれ?」

今何かが引っかかった気がする。

胸の中で考えを反芻しても応えをつかめなかった之路は、顔ごと尚貴を見上げた。鼻歌を口ずさみながら髪の毛を溶かしていた彼が、之路の視線に気づき指を止める。

「どうした?」

「……尚貴さん、さっきの質問もう一回言ってくれる?」

「さっきの? ああ、『周囲から今の体勢を見たらどう思うか』?」

「それって、ヒント?」

「ヒントだろうな」

曖昧な返事をした尚貴は小さく笑う。

「なあ、之路。蒼が天野に近づくのが面白くないんだろ? それは、おまえが天野の全てを独占したがっているからだ。天野は自分のもの、自分以外の人間に触られたくないってな。おまけに蒼のほうが天野の近況に詳しいこともある。それをおまえは嫌だと思い始めてるんじゃないのか?」

「……そう、なのかな」

「蒼の知っている天野の情報は確かにおまえより多い。それは、あいつらの付き合いの年月を考えれば当然のことだ。共通の思い出だってあるだろう。でもな、考えてみろよ。あいつらがそのことを口に出して懐かしんでいたことがあるか?」

問われて之路は記憶を掘り出してみる。

全ての会話を覚えているわけではないが、二人の会話は近況や之路をだしにしたものが多い。「あの頃は」なんて言葉を彼らは口にしたことがあっただろうか。

「ない、かも……」

「仲がいいのはこの際認めてやれ。その上でおまえは自分が二人とどんな関係を保ちたいのかを考えてみろ」

それは考えるまでもなく決まっている。

蟠りなく正面から向き合える間柄でいたい。

こんなもやもやした感情なんて要らない。

「俺……どうすればいいの、かな?」

天野がいて、尚貴がいて、蒼がいて―――そんな今まで通りの時間を過ごしたい。

「あいつらの関係を受け止めるんだな、頭ではなく心で。理性で納得しても心情がついていかなかったら偽りの関係が続くことになる」

「うん……」

「あとな、天野のことが知りたいのなら本人の口から聞け。蒼から情報を知ろうとしたのも原因だと思うぞ」

誰よりも知っていたい人間の事を他人の口から聞く。それはその相手のほうが自分より情報を有しているということを示し、知っているはずの自分としては面白いはずもない。

今回無意識とはいえ、蒼に対して嫉妬心を抱いた。心に波立たせる原因になり得るものがあるのなら、それに気をつければいい。


―――あいつ、たまに知能犯的なこともやるからな。

特に之路に関しては容赦なく揺さぶることもある。それが功を奏して物事が上手く進んだこともあるのだからなんとも評価し難い。

之路は之路で、普段手をさし伸ばされている分、蒼に対して信頼という壁が彼の目を曇らせている可能性もある。

もっとも、彼が之路を気に入っているのは確かだから、悪いほうへと転がることはあるまい。どちらかというと、気に入ったからこそという苛めっ子の感覚に近いのではないか。


之路が神妙な顔で頷くと、複雑な胸中を秘めた尚貴は静かにその頭を撫でた。

普段なら子供に対する仕草だと怒る之路も、今日ばかりはそれを甘受する。やがて、今更なことに気づき尚貴を身体ごと振り返った。

「そういえば、蒼さんは?」

「……随分と遅い質問だな」

暇なら家に来いと呼び出したのは尚貴で、誰にも話せなかった胸のうちを聞いてほしかった之路は迷うことなく二つ返事をし、今こうしているのである。

「だ、だって……それどころじゃなかったし」

心苦しくて、この一週間は天野とさえまともに会話をしていない。店にも行かず、独り悶々と自分の中の感情と向き合おうとしていたのだ。

之路が自分の中で言い訳をしているのに気づいたのか、尚貴が意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

「今日は店じゃないからそろそろ帰ってくるだろ。天野もつれてくると思うぞ」

「な、なんで……っ!?」

どうしてここに天野の名前が出てくるのか。慌てて身体を起こそうとする之路を尚貴は腕一本で止めると、ますます身体を密着させる。

「おまえが何かを悩んでいたのはわかってたからな。今日全て吐き出させてしまえば後々楽だろ? ついでに天野に送らせばこちらとしても憂いないからな」

「……尚貴さん、耳元で囁かないでよっ」

内緒話をするようにこそこそと話し掛ける尚貴の息が耳にかかる。それがくすぐったくて、之路は身を捩る。だがそれが尚貴の悪戯な性格に火をつけたらしい。耳朶の角度を考えてますます口元を近づける。

「ん? おまえここが弱いんだっけ?」

「ちょ、やだって―――っ」

エロ親父、と耳まで真っ赤にした之路が必死に尚貴の口を両手で覆う。それをどけようとする尚貴と防衛する之路の様子は端からすると迫られているようにしか見えない。

散々抵抗した末に口から出たのは子供のような言い草だった。



「もー、蒼さんに言いつけるからなっ!」

切り札とばかりにその名を出せば。

「ちゃんと見てるから大丈夫だよ」

それに応える声が二人の耳に届いた。ぴたっと動きを止めそちらのほうへと視線を向けると、リビングの扉近くには苦笑を浮かべる蒼と、無表情のままこちらを見つめる天野の姿がある。

「……天野、さん」

之路の呼びかけに呪縛が解けたのか、天野は大股で近づいてくると躊躇うことなく尚貴からその細い身体を奪った。自分の懐に引き寄せて抱きしめ、にやにやと笑う尚貴を睨みつける。

「人の許可なく触るな」

「馬鹿言え、一々おまえの許可なんか取ってられるか。大体訊いたところで許可なんかする気もないだろうが」

「当たり前だろう」

「だったら無駄なことはしても仕方がない」

「おまえがしなければ済む話だろうが」

頭上で飛び交う会話はどう考えても終わりの見えないやり取りである。止める気などさらさらなく、視線を動かした先で蒼と目が合った。肩を竦めて見せた彼はダイニングを指差すと、そちらへと足を向ける。

彼は彼で、之路の戸惑いを感じ取っていたのだろうか。

ここから去った行動が之路に対する配慮だろうかとか考えてしまう自分に嫌悪感を抱いてしまう。蒼との今までの関係をこんなことで無にしたいわけじゃない。


ふいに天野の指に力が篭められ、之路は微かに眉を顰めた。なんだろうと顔を上げれば、未だに尚貴とのやり取りが続いている。

だとすれば、これは之路が彼の腕の中にいることを確認するゆえの痛み。

こんなにも彼らは自分のことを気にかけてくれる。

初めて抱く感情に驚き、戸惑い、そして彼らとの間に距離を作ろうとした自分が情けない。

泣きたくなって、思わず自分を捕らえる腕に手をかけて縋った。それに気づいた天野の視線が之路へと向けられる。

「之路?」

「な、なんでもないっ」

今の顔を見られたくない。覗き込もうとする天野を避けようと彼の腕に顔を埋める。之路と訝る天野の注意を引いたのは尚貴だった。

「ほら、よく見ておけよ之路。ああいうのを嫉妬してる顔って言うんだぞ」

「え……?」

「之路が俺に甘えたのが気に食わないんだよな?」

「尚貴!」

一言多いその口を閉じろと天野が言うのを、之路は腕の中から呆然と見つめる。

天野が今こうして之路を抱きしめているのは、尚貴の腕の中から無理矢理引き剥がしたせいだ。それは、尚貴とはいえ天野以外の人間に抱きしめられていたからで―――。

「――――――っ」

尚貴の「嫉妬」という言葉が頭の中で繰り返され、その言葉の意味を理解した瞬間顔が一気に赤くなった。

今までまったく縁のなかったことだけに結びつかなかったが、自分が今まで取っていた行動はまさしくその二文字に当てはまる気がする。

敢えて嫉妬という言葉を使ったのは、之路に教えたかったからだろう。尚貴のからかうような視線が天野に向けられているとはいえ、当然自分もその射程内にいるのだと思うと恥ずかしい。


「なんだ、まだやってるの?」

再び始まった言葉の応酬を破ったのは戻ってきた蒼の呆れた口調だった。その手にはコーヒーセットが乗っている。

「ユキ、こっちおいで。煩い人たちは放っておいてお茶しよう?」

いつもと変わらない、之路の覚えている優しい笑み。

それを蟠りなく受け止められることが何よりも之路の心を安堵させる。

ようやく戻りつつある日常に、之路は静かな頬笑みを浮かべた。




大人三人が之路を真綿に包みすぎてて、之路が自分でそこから出始めたら慌てるの図。

…にしたかったんですよ、本当は(笑)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ