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待ち人<前>

本編のちょっと未来編。シリーズの「三度目の運命」を先に読まれると、脇キャラ設定に気づけます(笑)。

幸先の悪い日、というのは本当にあるのだと思う。



担任の長話のおかげでHRが延びたかと思えば、帰りがけには話したくもない相手に捕まった。

家では秘書の松澤が之路を待ちかまえており、適当に流せば日頃連絡をしないことへのお小言を食らう羽目になる。

受験に対する憂いのない冬期休暇が明日から始まるというのに、この倦怠感は何なのだろう。

どっと疲れきった身体で之路が向かったのはbromistaだった。

「こんばんは……?」

扉を開け一歩踏み込んだ之路は、次の瞬間首を傾げた。扉脇に立つ顔なじみの店員が出迎えてくれたのはいつも通りだが、心なしか彼の視線が奥の方へ向かっている。

「何かあったの?」

「あったというかあるというか……」

答えらしい答えを与えられないまま促され、之路は歩きだす。ほど良い暗さの店内を進み、彼の言わんとすることを理解した。


視線の先にある後姿は、見間違うはずのない人物。滅多にカウンターを離れない蒼がフロアに出ていた。しかも彼の立つのは、一般客が通されることのない奥まった場所。

その一角は観葉植物で囲まれた背の高いソファ席で、入り口からも通路からも容易に覗き込めないような仕様だ。人に示されないと気づかないほど、薄暗い照明の中に溶け込んでいる。

あそこは密談専用の場所だ。

以前尚貴がからかい混じりに言ったことは、あながち的外れでもないらしい。

そこに座る客を相手するのは蒼と決まっているようで、彼以外の人物が用聞きに立つのを之路は見たことがない。だからこそ、店員の誰もが緊張した面持ちになるのだろう。


カウンターが指定席の之路には縁のない場所だが、時々天野があのソファの影から立ち上がるのを見かけたことがある。

その場合、彼は一度相手と共に外へと向かい、改めて之路の傍に戻ってくるのが常だった。

お互いの姿が目に入ったとしても、素通りするのが暗黙の了解。

完全プライベートならば、彼は常に之路の隣へと足を真っ直ぐ運んでくる。それを知っているからこそ、彼の行動の全容を聞こうとは思わない。

どの席からも死角となるよう設置されたソファは、自分にとっての異世界だと理解をしているから。

それでも、あの空間を利用する人物に対しては興味を覚えてしまう。

背の高いソファには、誰が座っているんだろう。


意識をそちらに向けつつ、いつもの定位置へと導かれるまま歩を進める。ややあってあのソファから離れた蒼が、カウンターに戻らず真っ直ぐ近づいてきた。

「いらっしゃい、ユキ」

他の客には向けられない特別の笑みが向けられる。だが、今日はどことなく引き攣っているように感じた。その証拠に複雑そうな表情で之路を見つめてくる。

彼がこんな躊躇うような空気を匂わすのは珍しい。

「……ソウさん?」

何かよからぬことでもあったのだろうか。

眉を潜めてこの店での名前を呼ぶと、彼は体中に篭めていた力を逃がすように溜息をついた。問答無用で之路の腕を引っ張る先は、あのソファで。

「え、ちょっと、ソウさん!?」

「ごめんね、どうしても逆らえないんだ」

「何言って……」

引っ張られるままソファ席に到着した之路は、そこに座る人物に息を呑む。

之路を待ち構えていたのは、女性とも少女とも呼べる人物だった。

同性から見ても羨むだろう白磁の肌に整った顔立ち。ビスクドールに例えるには惜しい長い豊かな黒髪が、彼女の背へと流れ落ちている。

彼女が醸し出す威圧感は、まるで男社会で渡り合うキャリアウーマンのよう。

ところがどことなく之路とさほど年齢差がないような空気を感じる。落とされた照明の効果もあるのか、彼女の年齢がまったく予想できない。

何よりも意志の宿る瞳が、彼女の性格を如実に表している。


「貴方が羽丘之路?」

だが、どんなに見た目がよくても初対面で呼び捨てにされるのは納得がいかない。

むっとした表情で頷いた之路に、彼女は微笑を口の端に乗せた。

「掛けてくれる? 見下ろされるの好きじゃないの」

まだ同席をすると決めたわけではないのに、なぜか彼女の言葉に逆らえなかった。しぶしぶ腰を下ろすと、それを見届けた蒼が一礼して仕事場に戻っていく。

―――逃げたな。

その後姿を横目で追っていた之路は、自分を見つめる視線を全身で感じていた。

観察というよりも品定めというべきもの。

不躾なそれに眉を顰めると、彼女はふと表情を和らげた。僅かに首を傾げるその仕草は彼女の見た目年齢をぐっと下げる。

「気に障った?」

「それ以前に、貴女がどうして俺の名前を知っているのかが気になるんですが」

「予想はついているんじゃないの?」

くすくすと鈴の音のように笑った彼女は、両肘をテーブルに乗せ両手を顎の前で組んだ。上目遣いで見つめてくるその瞳は、之路に自身で答えを見つけろと訴えている。

その意図を汲み取って、之路は軽く眉を寄せた。

之路に与えられた情報は数少ない。

わかっているのは、彼女がこの席に通されるような人物であることのみだ。

ここが一般客の通されない場所だとすれば、彼女はこの店にとってVIP扱いをする必要のある立場だということを示す。

この席に座るということは、当然蒼との接触がメインとなる。そして彼女が彼にとって逆らえない相手だとすれば、答えは自ずと知れる。

だが、それは、なぜ。

彼女がどこぞの令嬢だったとして、蒼が他の客のことを問われたとしても、言葉を濁す姿が想像できる。ましてや彼が之路のことを話題として提供することはありえない。

その彼から之路のことを聞き出したのだとなると、目の前の彼女は蒼に命令するだけの力を持つということを示す。

「……ソウさんと、どういう関係なんですか?」

考えに考えた末に発した声は、どことなく頼りないものだった。

自分でも驚いて、思わず赤面する。

彼女にとっても予想外だったらしく、一瞬の間を置いて笑い声をあげた。

「いやだわ、そんなに怯えないでよ」

「怯えてなんか……」

そう? と確認するように見つめられ、之路は言葉に詰まる。

怯えているつもりはなかったが、無意識に拳を作るほど緊張をしていたのは事実だ。

篭めていた力を抜くために、努めて息を吐き出す。その仕草を見た彼女の口の端に笑みが浮かぶ。

「そうね……ファースト・ネームを呼び合う仲、かしら」

「ファースト・ネーム……」

「貴方もプライヴェートでは呼んでいるのでしょう? 家に出入りしているくらいだものね。あの気難しい尚貴が気に入っているのも珍しいわ」

「……尚貴さんのことも、知っているんですか?」

「ええ、知っているわ」

あっさりと頷く彼女に対して、之路胸の内にはますます不安が募っていく。

蒼だけでなく尚貴との関係も仄めかす彼女は、一体何者なのか。

おそらく、彼女は之路自身に関する情報を把握しているのだろう。その情報の中には間違いなく、彼の名前もあるはずで―――。


「天野義孝」

知っているわね? と続く言葉は確認ではなく、確信の声音だった。自信に満ちたそれに、之路の身体が微かに揺れる。

「彼とは、どういう関係?」

「…………この店の客同士、ですよ」

「それだけ?」

二人の間にあることを、知っているのよ。

暗に匂わされ、咄嗟に言葉が出てこなかい。それが彼女に答えを与えるようなものだと気づいたときには遅く、之路は視線を逸らした。

震えそうになる身体を叱咤するために、掌へと爪を立てる。

「……その質問の意図は、どこにあるんですか?」

「知る必要があるからね」

「必要って……貴女に何の関係が―――」

「関係はあるわよ。貴方次第で、彼の仕事に支障が出るの。聞く権利は十分あると思うけれど?」







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