伝えられない想い
言霊…言葉に宿っている不思議な霊威。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられていた。(広辞苑 第五版)
「……こんなの、どこまで本当だろうね」
「おまえは信じられないか?」
「だって、迷信じゃん」
「言葉を扱う職業としては迷信なんて言葉で片付けられるのは寂しいもんだな」
「じゃ、尚貴さんは信じているの?」
「どっちだと思う?」
「それ、答えになってない」
「ここで答えを出しても言葉に魂は宿るんだぞ」
「…………?」
「言葉に霊的なものが宿るから、『言霊』。それなら音にした瞬間に、それは成り立つわけだ。例えば、美人になりたい人間が鏡に向かって『私は美人』と呟くとする。本当はそうじゃないかもしれないが、思い込むことで自分にもっと似合うものを見つけようと動き出すようになる。結果的に美人になれるのなら安い呪文だな」
「でも、それは思い込みでしょう?」
「自分に対して向ければ思い込みになるな。だが、対外的に向けるのであればそうとも言えないだろう。噂なんかがいい例だな。何の気なしに発した言葉がやがて大きくなって返ってくる」
「…………」
「何気ない言葉でも重みはある。いつか、自分に返って来るんだ。軽々しく他人を巻き込む言葉を口にするな。どうしても伝えたい時には、良く考えろよ?」
「―――うん」
「そして、心の奥底から伝えたい感情があるときは言葉を濁すな」
ふと、思い出した会話に之路は苦笑を浮かべた。
いつだっただろうか、尚貴が珍しく之路を諭すように話をしたのは。
他人との距離を取り、壁を作り上げた之路にとって言葉のやり取りは縁遠くなりがちなものだった。だから、聞いたときは曖昧な返事で流してしまった覚えがある。
かつて荒れていた之路を支えてくれた、尚貴と蒼。
彼らは自分の偽らない気持ちを吐露する相手になっていて、どんなに感謝をしても足りない。
言葉であらわすことを望んでいない彼らだからこそ、昔に戻らないように気をつける之路を彼らに見せる。
そして、今現在二人とは別な意味で之路を甘やかす天野。
時々心の中に浮かんできてはまた沈んでしまう言葉がある。
音として口の端に乗せたことはまだ一度もないその言葉は、いつしか胸の中に宿っていた。
言ってみようかという気持ちと、音にする恐怖が綯交ぜになる。
このまま音にならなくても、言霊となって彼の元に届くのだろうか。
もし彼の元へと届けられたなら、彼はどんな反応をするのだろうか。
今はまだ伝えられない、想い。
「―――好き、だよ」




