深読み
自分でもこんなにそっけない口調になった理由がわからない。
昨日、声をかけてもらえなかったのが堪えたのか?
まさか、と自分で思いついた理由に薫は笑ってしまう。
自分だって、スポーツジムで再会したとき、無視しようとしたじゃないか。
「どうだかなって・・・今日はそんなに急いでません、昨日は・・・間に合わないかと思って・・・」
「どこに?」
「店閉まっちゃうでしょ」
「店?」
「スーパーとか、パン屋とか」
「はぁ・・・なるほどね」
駅向こうのスーパーか、と薫は納得する。
やっぱりこいつの家近いよな。あのスーパーの近くなんだな、おそらく。
「普段、スーパー行かないの?」
朱里の声は少し苛立っている。
どうやら薫にバカにされてると思ったらしい。
「休みの日とか行くけど・・・別にコンビニでも間に合うし・・・」
「それはさ、ビールとか、そんなんしか買わないんでしょう?」
「・・・飯とか自分で作ったりするんだ」
「・・・いや、ないから」
黙った後の、急なこの朱里のセリフに薫はびっくりする。
じゃあ、何しにスーパーへ行くんだよ。
「この会話の流れで『飯作るから食べに来る?』とかいうんじゃないだろうな、この女っていうその横柄な態度、私はそういうのないから」
ああ、そういう意味の『ないから』ね、話し飛びすぎだよ。
薫はそう思いつつも、『心底、勘弁してくれ』っていう顔の朱里の表情が面白くて、つい笑ってしまう。
「深読みしすぎだよ、そこまで考えてないって・・・それになんかお前、本音バシバシ言ってない?」
「それはそっちの人を馬鹿にした態度がミエミエだからでしょう?」
だって、おまえ、運動オンチだしさ、機械系もダメっぽいしさ・・・という本音を薫は綺麗に心の中にしまいこんでにっこりと朱里に微笑んだ。忘れてたけど、取引先の女だったんだ。
「・・・その営業用の笑顔で思い出したけど、里美って覚えてる?」
「里美さん?」
「スポーツジムで私と一緒だった女の子・・・髪の長くて目の大きい」
「ああ、一緒に・・・ダンス踊ってた子ね」
あの時の朱里のダンスを思い出すと、どうしても口の端が緩むのが止められない。
「・・・」
「悪いな、怒んなよ・・・で?」
「なんか素敵だって、勘違いしてるみたい・・・モテるし、ちゃらいよって言ってるんだけど」
「ひどい言い方だな」
「この間、自分で言ったんじゃない、『鬼畜』だからやめとけって説得はしてるんだけど・・・」
「誰が鬼畜だよ、そこまでは言ってないだろう」
「でも、あったんじゃないの?きっと同意の上だけじゃなくて、女を酔っ払わして連れ帰ったり、同意の上でしたとしてもやるだけやったらさよならなんてこともやってるんでしょう?」
急所を突かれて一瞬、薫は黙った。
「・・・否定はしないな、一回だけだけど・・・どっちも・・・というか一度に両方やったよ」
「うわぁ、やっぱ鬼畜じゃん」
蔑むような顔で朱里が言う。
「おまえさ、ここが公共の場だから何言っても大丈夫、平気とか思ってるだろうけど、そういうの言う相手間違ったら暗いとこ連れてかれて刺されるぞ」
ここは駅まで続くオフィス街の大通りで夜とはいえ、何人もの人が2人の横を通り過ぎていく。
だからここにいる限りはこいつはまあ大丈夫だといえるだろうけど。
というより、なんでおれこんなとこで長話してんだろ。
しかも、あんまり人に聞かれたくない内容なのに堂々と話してる。
「この話、まだ続くのか?」
そうだと、このままっていうのもまずいよな。
「・・・ちょっとこい」
言われて朱里が急に慌てだした。
「えっマジで暗がり連れていくんじゃないでしょうね」