偶然
工場からの帰りの車の中、朱里は芦田保のことについて石橋薫に何か聞ければと思っていた。
彼女がいるのだろうか・・・まだ若いし、指輪はしていないから結婚はしていないのだろうけど・・・
でも、聞く相手があいつだしな・・・と思う。
食堂での話の感じからすると、私が芦田さんを好きなのはうすうすわかってるような感じだけど、でも、自分から持ち出したら、確実にバラしたことになる。絶対にからかわれるだろうし、なんかのネタにされそうだ・・・
そう思うとなかなか口にできずにいた。
でも・・・お似合いだなんて・・・嬉しいな。
あんなに素敵な人なのに・・・
朱里の胸のうちが騒ぐ。
朱里がたまった仕事を終えたらもう8時すぎだった。
今日はジムにはいかないでおこう、遅い時間だと薫に会う可能性もあるし、
今日は午前中は工場に行ったし、疲れたからさっさとスーパーに行って、食材なり、惣菜なり買って家で晩御飯を食べてゆっくりしたい。
スーパーは9時までだから、と慌てて退出すると服を急いで着替えて会社を出る。
会社から朱里の住んでいるアパートまでは駅をはさんで歩いて20分くらいのところにある。
駅の向こうにあるアパートは会社のあるオフィス街と違って、わりとのんびりしたところで家賃も安い。
1人暮らしをするならば会社の傍がいいからと入社前に引っ越してきたのだが、駅のそばにあるのジムも近いし、駅前に商店街や、小さいがスーパーがあるから日常生活にも不便はなかった。
小走りで駅に向かっていると、午前中一緒だった薫の頭が通りの先に見えた。
目だった服装をしているわけでもないが、自然と目が行ってしまう。やっぱりオーラがあるんだろうな。
後ろから抜こうにも抜けないでなんとなく彼の少し後ろを歩く。
あらためて思うけど、やっぱりこの人格好いいんだな、と朱里は再確認する
薫がジムのあるビルに入っていこうとしたのか、通りを左に曲がったので、ホッとしてまた走り出す。
彼に気づかれないようにゆっくり歩いたせいで、無駄に時間を使ってしまった。
スーパーが閉店ギリギリだと、惣菜なんかは値引きされて、もう何も残ってなかったりするから、と焦る。
またしても、この男のせいで・・・とまた怒りながら朱里は駅の横を通り過ぎていった。
翌日は平和に時間が過ぎて朱里はのんびりと仕事をすることができた。
朝も太陽の日差しで目覚ましよりも早く目が覚めた朱里は昨夜スーパーで買った新しい歯ブラシで歯を磨き、綺麗に片付けた部屋でのんびりとできたせいだろうか。
会社にも余裕がある時間にたどり着けたし、朝、しっかり仕事のチェックができたので効率よく仕事もできた。明日は土曜日だし、今日は早く仕事終われそうだし、ジムにも行けそうだ。
里美からランチのお誘いメールが来た。
昨日、急にコンパに誘われたと夕方早々に帰って行ったがその結果報告だろうか。
なんかいいことあったかな?
そう思いながら「行く」と返事をした。
だが、昼休みに聞いた里美の話は残念ながらそんなことではなかった。
夜、仕事上の飲み会の帰り、薫は駅から自宅まで帰ろうと歩いてた。
薫の住んでいるのは、スポーツジムから5分くらいのところにある、オフィス街の中にちらほらみえるマンションの一室だった。
それほど贅沢なつくりではないが、広々としているし夜は静かだしわりと気に入っていた。
なにより会社にもジムにも駅にも歩いていけるのが便利だ。
コンビニも近くにある。
こうやって、会社の最寄の駅で飲んでも帰りの心配もしなくていいしな、そう思いながら歩く。
今日はどうも飲みすぎた。
酔った頭でぼんやりした頭を覚まそうとジャケットを脱いで手に持つ。
そうしている間に見覚えのある女が横を通り過ぎた。
「あっ」
声に出してしまってから、『なんだ、あいつか』と思ったが、
向こうも立ち止まると、面倒な顔で振り帰った。
「よう」
「どうも」
「なんかいっつも焦ってんのかな」
「どういう意味でしょうか?」
「昨日も小走りだったから」
「・・・知ってたの?」
朱里の顔が真っ赤になった。
「さあ、どうだかね」
嫌味をいったものの、どうでもよくなって薫はそっぽを向いた。