お茶タイム
車の中では朱里は静かだった
聞きたいことはあるみたいだが、なんとなくためらっているように見える
まあ、いいけど・・・
そんな朱里を運転席から見ながら薫は車を街中に走らせた
「おまえの会社の前で降ろしてから一度車戻しに帰るわ、それからまたそっち行くから」
「えっ・・・そんな悪いです」
「いいから、うちスポーツクラブから歩いて5分くらいのところだし、おまえの会社だったら10分くらいかな、そういえばおまえの家も近いの?あそこに通ってるってことは」
「・・・ええ、まあ」
「あっおまえの家、探ってるわけじゃ全然ないから、そういう警戒なしな」
「思ってませんから!」
憤った朱里の顔を見て、薫はにんまりと笑う
「さっきのお返し、おまえもさっき、そういう感じのこと言ったろ?気があるって勘違いするなって」
「・・・性格悪・・・」
「はい、着いたよ、じゃあ後で」
車を会社の前の歩道に横付けにすると朱里は車を降りた。
口を尖らせたままで「ありがとうございました」とつぶやいている。
その様子がまた面白くて薫は笑いそうになった。
第一印象の真面目で大人しいイメージはそこには全くない。
こういう朱里の反応が手に取るようにわかるのがおもしろくて薫はダメだと思いつつも、どうしても意地悪をしたくなるのだった。
薫はマンションの駐車場に車を停めると、携帯の電源を入れて留守電やメールなどをチェックする。
会社に向かう道のりを電話で話したり、メールで返事を送ったりしながら歩く。
着信履歴をチェックしていたら、昨日上川に教えてもらった朱里の番号があった。
登録をまだしていなかったから番号のままだ。
するまでもない、ともらったときは思っていたが、これから仕事上の付き合いも増えるかもしれない、と登録することにした。
名前は・・・いいだろう、運動オンチで・・・
くくっと笑いながら登録を終えると、携帯をしまい少し歩を早めた。
昼一で朱里が会社に戻ると、午前中の間にたまった仕事が机の上に山積みだった。
上川に挨拶して、机に戻ると、とりあえずざっと全体の中身を調べて急ぎの仕事から始める。
4時までにしてしまいたい仕事があったのでずっとパソコンに向かって一心不乱に入力をする。
その勢いに里美が気づいたのか、来客のお茶だしなどの雑事を変わりにやってくれたらしい。
ひと息ついたところで里美が「ついでですから」と自分と朱里のマグにコーヒーを入れて席に持ってきてくれた。朱里は自分の机の引き出しからお菓子を出す。
先ほど、外出した隣の上川の席に里美は座る。
「今日、午前中工場で同行してたんですよね、石橋さんと」
「・・・うん、まあ」
「どんな感じの人なんですか?」
出張みやげにもらったもみじ饅頭の包み紙を開いて、朱里は思う。
・・・今日は食べすぎだ・・・
「うーん、仕事はまあできるかなって感じ。営業なのに、芦田さんくらいの技術もありそうだし」
「人としてはにはどうなんですか?」
里美はお気に入りの抹茶クリームをはさんだビスケットを見つけて食べ始める。
「そうねぇ、女にはやさしくないかな?」
「えーっそうですか?やさしそうに見えますけど」
上っ面はね、でも中身は女には全っ然冷たい氷のような男だよ、と朱里は心の中で思う。
「また、お仕事ご一緒しますよね」
「うん、まあ、あの人は、上川さんの次のプロジェクトの担当だから」
「良かったら・・・今度紹介してください・・・あの飲み会とか呼んでもらえたらなんて」
「うん、いいけど・・・あの人もてるからあんまり期待しないほうがいいよ、だって、みっちゃんも目がハートになってたし」
「・・・みっちゃんも?ええっ石橋さんってすごくもてるんだ」
「本人も自分でもてるって言ってたわ、それでチャラいって・・・それってすごい自信だよね」
「チャラいのか・・・あれだけ格好がいいとそうなるのかな・・・でも、正直で男らしいかも・・・」
「それって石橋薫っていうフィルターを通してるからそう聞こえるんじゃない?普通の人が言うのを聞いたら、なんか嫌味なやつっていうか・・・」
そういいながら、朱里は里美を見るが里美はまだそれでも素敵だなって顔をしている。
里美って、女子高、女子大育ちでまだあんまりああいう手合いには免疫少ないのかな?
こんなに可愛いのに・・・それともそれだからこそ、男から私みたいにぞんざいに扱われたことないのかも・・・
そんなことを思いながらコーヒーを飲み干すと「さぁ、仕事するか」といいながら伸びをする。
「今日、仕事たまってましたもんね」
「そう、あっお茶だしもありがとうね」
「いいえ」
そういうと、里美は自分のマグを持って席に戻っていった。