同行
薫は夕方、上川に渡す資料を持って会社を出た。
なんとなくさっき、上川に電話をかけた時の事を思い出す。
アポの予約の時に・・・あの電話に出たのは運動オンチだったのだろうか。
乱暴ではないけれど、かなり愛想のない感じだった。
昨日のこと・・・まずかったかな・・・怒らせるつもりはなかったんだが・・・
会社につくと上川のいるフロアに案内されてオフィスの入口で落ち合う。
そばにあった商談席に座り上川と相談を始めた。
「これ持ってきたんですけど」
工場で使っているサンプルを2種類並べる、それについての成分表をそれぞれのサンプルに添える。
「うちの生産のやり方は全然代わってないんですけど、価格の問題で、仕入先の商社が原料の輸入元を変えたんですよね。それで微妙に成分の配合が変わってしまったんですよ」
「ああ、この部分ですね」
上川が資料の内容の違いをチェックしている。
「これだと、強度はあるけど、その分、今までより加工が難しくなるわけか・・・」
「この商品って、もう後はそんなに発注ないですよね。前と同じものが必要な場合はどうしても値段がUPするだろうし、このままって訳にはいかないでしょうか」
「うーん、うちのほうで、加工の段階でどれだけ破損して無駄になってるかにもよるけど・・・」
「実際にはどの位の割合でそうなってるかによるんですが、数字出してくれたらいくらかはうちも負担しますよ、それか、御社の工場で使ってる機械のこの部品をこの型からこれに変えるとかなりカットしやすくなるんですよ」
別に持ってきた機械の仕様書とそれに付随する、部品の製造品番のリストを持ってくる
「ああ、芦田さんも前ちらっと電話で話してた件ね」
「僕が直接御社の工場に部品を持って説明に伺ったら駄目ですかね。その部品で実際にうまくできるか、僕もみてみたいですし・・・」
「まあ、それでもいいですけど、それなら早めに来てもらえますか?」
「明日の午前なら僕のほうは大丈夫です」
「明日か・・・ちょっと待っててください」
上川が自分の席に戻ってどこかに電話をかけている。
一つ目は工場、そしてもう一つは・・・
運動オンチに連絡しているようだ・・・薫は彼女の名前を思い出した。
そうだ、五十嵐朱里だ
上川はどうも自分が明日同行できそうにないから、あいつに代わりにいくように頼んでるのか。
電話って、あいつそういえばもう帰ったのか?
姿見なかったな、フォローしようと思ってたのに。
明日、いきなり2人かよ、なんか面倒だな・・・
あんまり関わらないほうがいいんだろうけど・・・これから仕事も一緒にしていくからこのままってのもまずいよな。
薫はため息をついた。
翌朝の待ち合わせは工場の前だった。
朱里は電車とバスで現地に来ていたが、薫は車で直接来ると前もって連絡があった。
朱里はうんざりしていた。
昨日は夕方に来るって聞いたから会わないように、定時にあわてて帰ったというのに
携帯に連絡が入ってあいつと工場に行くことになるなんて
彼女の気持ちを代弁するかのようなどしゃぶりの雨
この雨できっと桜は散ってしまうだろう
桜・・・お花見はつい一昨日の出来事だ
芦田さんは・・・元気かな?
今頃何をしているのだろう
中国でも今、雨は降っているのだろうか・・・
そういえば・・・朱里はあることを思い出す。
気に食わない同行者、石橋薫はあの時彼と一緒に花見の席にあらわれた。
芦田さんと知り合いなのなら、彼のこと、何か聞けるかも・・・
少し気持ちが明るくなって差していた傘をくるくると回す、長靴で目の前の水溜りをけると大きなしぶきができて・・・目の前に現れた薫の足元にかかった。
「あっ・・・すみません」
「・・・いや・・・いいよ」
どうも気まずい雰囲気が2人の間に流れた。
工場では、薫は如才がなかった。どうやら営業能力と同じくらいメカニックなことにも詳しいようだ。実際に現場に入って、一緒にいろいろ相談しながら機械を動かしたり、持ってきた部品の交換を手伝ったり、前の機械ではどの部分で破損したのかどのくらいのロスがでたのか確認したりしている。
仕事には積極的だし、真面目なんだな、と朱里は思う。
やりたいことを全てやり終えて、納得がいったのかすっきりした顔をした薫が振り返って椅子に座っていた朱里を見た。
「大体、わかりました、報告は今から、上川さんにメールでします、同行していただいてありがとうございました」
「助かります、私にはちんぷんかんぷんな内容ですから」
私は単に部外者の付き添いに来ただけですから、と心の中で付け足す。
こういう心遣いはありがたいのだが・・・朱里はそう思いながらも、薫が『どうせお前に難しい事言ってもわかんないだろ』と考えているのが透けて見えて、それでまたしても腹がたつのだった。
「今後のこと、相談したいんだけど・・・上川さんは今日は一日忙しいのかな」
「1時には出先から戻りますけど」
「僕が3時からもう一件あるから、じゃあこのまま、一緒に御社に戻っていいですか、付き合っていただいたお礼に飯おごります」
「いや、いいですよ、気にしないで・・・」と朱里はあわてて断ろうとする。
その言葉が言い終わらぬうちに横から女性が2人の前に割り込んできて、薫に向かって話しかけた。
「石橋さん、もうお帰りですかぁ」
最初に入った応接室でお茶をだしてくれた人だ。
私も時々電話で話をする人・・・たしか上川さんはみっちゃんって言ってたっけ?
「はい、午後からも仕事が詰まってましてね・・・ところで、この近くで昼ごはんが食べれるところありますか」
「それならねぇ、朱里さん、この間話したから揚げのおいしい店、第2工場の裏手にあるんですよ、石橋さんに案内してあげてください」
「・・・」
「ご一緒にいかがですか?」
「行きたいけど、私今日遅番なんでお昼休みはまだまだ後なんです、残念ですけど」
いい人なのはわかってるけど、私、今後みっちゃんをを逆恨みしてしまいそう・・・薫の役に立てたと単純に喜んでいる彼女を見て、朱里はそう思う。
それに、この男も・・・行く先々でなんでこう愛想がいいんだろう・・・みっちゃんにまで・・・どこまでたらし野郎なんだ・・・