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引継ぎ

薫がマシンのほうに行くのをなんとなく朱里は見送っていた。

向こうからやってくる女性と、薫がすれちがう。

その瞬間、なんとなく2人が目が合ったのがわかる。

相手の女性は・・・里美だった。

朱里が、今日スポーツジムに行くというので見学したいといって付いてきたのだった。

朱里の会社ではわりと人気がある明るくて可愛い後輩だった。

今までおそらくインストラクターについてマシンを動かしていたのだろう。


「朱里さん、今からワークアウトするからお誘いに来たんですけど・・・今の人、知り合いですか?」


「・・・取引先の人・・・あんまり知らないけど、昨日のお花見に来ていたから・・・」


「目が合っちゃいました、素敵ですよね、名前なんていうんですか?」


横並びに移動しながら歩いていたが、その言葉を聞いて彼女の顔を見る。

いつも人に見つめられることに慣れているはずの里美の顔がすこし嬉しそうだ。

ということは、彼は彼女には冷たい顔はしなかったのだろう。


朱里は昨日の花見での彼の様子を思い出す。

お花見の席でもうちの会社の女性社員とにこやかに話していた。

その時の女性社員は、今日のお昼休み、彼の話でもちきりだったけど、やさしいとか素敵だとかそういうのほめ言葉が多くて、愛想が悪いとは言っていなかった、どちらかというといいほうなのだろう。


それなのに昨夜、上川のところに来たということは、その下で働いてる朱里と挨拶があってもおかしくなかったのに、それもなかった。


里美のように全く面識のない人ですらすれ違いざまに悪い印象はもたれていない。

どちらかというとモテそうなタイプだし、人気もありそうだ。

もしかしたら、私に対する印象って良くないのだろうか。


「なんだっけ?直接は話していないのよね」

そういいながら、朱里はスタジオのドアを開けた。


他の事に気を取られていたせいであることを忘れていた。

私はあんまりダンスが上手ではない、ということに。

逃げ出そうと一瞬思ったが後ろから来たインストラクターに背中を押されて入ってしまう。

里美もいるし、出ていくのにも勇気がいる。

そう思っている間にも音楽が流れてきて、みんなストレッチを始めた。

簡単そうだ、と思い安心したがすぐに難しいステップの練習が始まる。

手に気をつけていると、足がおぼつかないし、足に集中していると手は全く動かない。

里美の後ろにかくれてインストラクターの視線から逃れようとしていると

後ろの鏡でチェックされていたのか、ふっとインストラクターのふきだす声がして、

「手がついていかない人は脚だけでいいですよ~」

なんて楽しげな声がした。

顔が真っ赤になって下を向いてしまったが止まってしまうと目立つので、言われた通りに足だけに集中して踊る。

するとだんだんリズムがマシになってきて少しだけ楽しくなってきた

足だけだけど・・・でも楽しいな・・・

自分の体を機械的に動かすこと・・・それが心地よかった


ダンスが終わってスタジオを出て里美とウォーターサーバーのあるところへ水を飲みに行くと

薫が汗を拭きながらコップを飲んでいた

私達に気づいたのか、場所を譲るように下がる。

里美を見る顔は、好青年の顔

そして私を見たときは・・・口の端が歪んで、笑いをこらえようとしてない?


・・・見たのだろう・・・あのダンスを・・・

スタジオとガラスで仕切られているだけのマシンのところから・・・


顔見知りにあのダンスを見られて恥ずかしいという思いと

今までそっけなかったくせにダンスだけ見るなんてひどい!という怒りと

ここへ来て、嘲笑する時だけ応対するのか、とか

頭の中でぐるぐるいろんな考えが回る


つい、むかつきが顔の外に出て、朱里は薫を睨みつけた。

その怒った態度を見て余計に思い出したのか、余計に顔が歪むが、まずいと思ったのか、薫はそのまま、じゃっと言って、里美に視線を向けて、少しだけ微笑むとその場を去った。


彼はすでに里美が惹かれはじめてるのはお見通しなんだろうか

薫の里美に対するスマートなアイコンタクトに朱里は感心する

なかなか里美も彼の後姿から目をそらさせないでいる

・・・きっとそうなんだろうな・・・と朱里は思う

というか、そういうのは彼にとって日常なのだろう・・・





あれはないだろう、翌朝、ネクタイをしめながら薫は思った。

思い出すたびに笑いがこみ上げてくる


あのスタジオのビートの聞いた音楽にあの下手くそなダンス。

音楽とズレまくりでぎこちなさすぎる動きを見せる手足。

途中から何か言われたのか、足だけに集中したのか手は全く動かなくなった

更に笑えたのは、足のステップだけがちゃんと合って来たのが嬉しかったのか、

生真面目で大人しそうな顔が、ものすごく得意満面の表情になって・・・

でも、足しか動いてなくて、手は気をつけ、の状態で硬直してるから、やっぱアンバランスなのに・・・

・・・なのにあのどや顔って・・・勘弁してくれよ・・・

なんだよ、あいつ、おもしろいじゃん


薫が会社に行くと、工場から電話がかかってきた。


「芦田さんのひきつぎ、石橋さんでいいんですよね」


「はい、いいですよ、どうしました?」


「実はちょっと前に納入先からクレームきてましてね、一年前からずっと出荷してるやつなんですけど、最近加工がしにくくなったらしくて、中身が変わったんじゃないかって問い合わせがあって調べたんです、で、昨日、それを社内便で送ったんですが・・・」


「その件は、芦田から聞いてます。今日の午後には本社につくと思うから、むこうに僕が持っていって説明しときます」


「そうですか、よろしくお願いします」


成分云々のクレームの話は、確か花見の時あった、上川さんのところだな。

つまりはあの運動オンチがアシストしてるところか・・・


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