公園
やってきたエレベーターには誰も乗っていなかった。
石橋薫は両手がふさがれていても器用にボタンを押して朱里を中に入れた。
ドアが閉まって狭いところに2人きりだ・・・なんか気まずい。
大分この人には慣れた筈なんだけどな・・・と朱里は思う。
「うちに用事って・・・他にもあったんだろ?」
唐突に薫に言われて朱里はびっくりする。
「えと・・・」
「残念だけど、お前の王子様は外出中だよ」
「ええっ!」
やっぱり手のひらに書いた電話番号、見られてたんだ。
でも一瞬だったから芦田さんの番号だなんてわかるはずないと思ってたんだけど・・・
「なんだよ、図星かよ」
ざま見ろって顔で言われる、もう、なんか私に恨みでもあるわけ?
・・・あるかも・・・いろいろと失礼な発言してるしなぁ
エレベーターが1階について、ドアが開くと先に出される。
芦田さん、外出中なんだ・・・がっかり
どうして私の周りの石橋薫や上川さんは芦田さんにもう会ってるのに、私は会えないの?
いやいや、まだ金曜に帰国したばかりだし、当たり前だって。
これまでだって、そんなしょっちゅう顔を合わせてたわけじゃない、石橋さんは同じ会社の人間だし、上川さんは営業先だし会えて当然だけど、私は所詮会社の事務なんだ。
会社の外に出て、朱里の会社に向かって歩き始める。
大通りに隣接している公園の横を通り過ぎるとすでに桜はすっかり散ってしまって、若い緑の葉が茂り始めていた。
ここで花見をしたんだよな・・・そう感傷にふけっているといつの間にか横を歩いていた薫が「あのさ」と話しかけた。
「・・・なによ」
「いきなり何よ、はないだろ、それに『この間はご馳走様でした』とかいえないわけ?」
「『この間はご馳走様でした』・・っていわなかったっけ?」
「言ってたよ、但し店の人間にな」
なんとなく立ち止まる。
「あの日・・・タクシーで寝てしまって、あんまり記憶無いんだけど・・・」
「うん」
「変な事しなかったでしょうね」
「は?おまえなぁ」
「まあ、ないか・・・あんたの女ってレベル高いし・・・」
「マジで言ってんの?どういう根拠かわかんないけど・・・ああ、そうか金曜の夜の店の女な」
ああ、わかったって薫は顔をした。
今更、気づいたの?この人にしては鈍感だよね、と朱里は思う。
朱里がレストランで席を外して戻ろうとしたら、そこに綺麗な大人の女性がいて、石橋薫の頬にキスしていたんだ。
薫が「何?もしかして妬いてんの?あれは・・・」と言いかけて、目の前を通り過ぎようとする何かを見て、急に口をつぐむ。
その何かのほうに目を向けると、そこにはこちらに気づいて、立ち止まった人がいて・・・
あっ芦田さんだ、うわっ芦田さんだ、本物だ、うわーっ本物だ~!!!
段々と芦田保を目の前にしているという事実が朱里の頭の中に沁みこんでいく。
久しぶりに見る彼は相変わらず背が高くてスラっとしている。
その背の高さで目立ってしまうことに恐縮したような印象も変わらない。
その印象が整っている顔の作りの上に浮かんでいるから、背が高くても高圧的なイメージはなく、やわらかくて、人を和ませる。それが朱里をほっとさせるのだ。
どのくらい、そうしていたのだろうか、「先、行ってるから」と薫の声が遠くからして朱里ははっとしてそちらを見ると、薫は先に会社に向かって歩き出していた。
急に我に返る。
つい、何も言わずに芦田さんをガン見してしまった・・・うわっ恥ずかしい。
芦田さん、ひいちゃったかな?
先ほどまでずっと目が合っていた保の方を朱里が改めて見ると、保は嬉しそうだが、少し固まった顔をしていた。
ああ、やっぱりひいてる、私のこと変な女って思ったかな?
でも、でも、話したいし・・・何か言わないと・・・
「おかえりなさい」
なんとか言葉をしぼりだす
「ただいま」
朱里の言葉にほっとした顔をした保は言葉を続けた。
「無事に生還しましたよ」
お花見の夜の会話を思い出したのか、少し悪戯っぽい顔だ。
「そうみたいですね、卵ぶつけられたり、変なもの食べたりしませんでしたか?」
「それはなかったけど、久しぶりに連日宴会で少々胃が焼けました」
「大丈夫ですか?」
「まあ、お酒は苦手と言うわけではないし、これから忙しくなるから飲む機会も減りますから大丈夫ですよ、君こそ・・・大丈夫?」
そういいながら、保は朱里を心配そうに見やった。
えっ私が?どうして大丈夫って聞かれるんだろう・・・
なんか心配させることってあったっけ?
どぎまぎしながら朱里が保を見ると保ははっとして一瞬目をそらした。
「あっいや、ごめん・・・、実は土産を買ったんですが・・・」
不自然さを覆い隠したような印象のセリフだなぁ、そう思いながらも、
「上川から聞きました、ありがとうございます」と返事をする。
「また、時間がある時に、会社に寄らせてもらいます」
「はい」
実は芦田さんのところにさっき取りに行ったんです、と朱里は心の中で思う。
でも、今日はもうこうやって会えたのだからおみやげは今度のほうがいい。
また、会えるんだ、そう思うと朱里はわくわくする気持ちが抑えきれなかった。




