エレベーターホール
翌週の月曜日、恒例の朝のミーティングを済ませた後、朱里が早速パソコンを立ち上げて、工場の進捗状態と、発注の準備をしていたら、向かい側の席に座っている上川が「金曜日お疲れさま」と声をかけた。
土日ゆっくり休めたのかすっきりした顔だ。
「昨日、あれから石橋さんと仕事してたの?帰りがけに、会社に電話かけたけど、いなかったからさ」
上川さんと背中合わせに座っている里美の椅子が音を立てず、くるり、とこちらに向いた。
やばい
「えっええ、説明聞いてると、頭が回んなくなっちゃって早々に退散しました」
その後、ごちそうになったことは・・・話していいのかどうかわからずとりあえず黙っておくことにした。
「そうか」
まあ、そういうこともあるな、と上川は納得した顔をして言葉を続けた。
「飲み会でさ、久々に、芦田さんに会ったよ」
思わず、目を上げてみてしまう。その視線にびっくりしたような顔をしながら上川は
「花見以来だから2週間ぶりくらいだな」
「お元気でした?」
「うーん、あんま変わってなかったかな、おみやげあるから、今度渡すって言ってたよ」
「ほんとですか?」
やった!また近々会えるんだ、朱里の顔が自然とほころぶ。
嬉しくなってへらって上川さんに向けて微笑むとその後ろに相変わらずこちらを向いていた里美と目が合った。
はーん、という顔をしている・・・芦田さんが朱里の『気になる人』っていうのが里美にバレた瞬間だった。
知ってか知らずか上川は話を続ける。
「芦田さん、帰国早々土日も会社に出るって言ってたし、まあ忙しそうだからね、すぐには来られないかもしれないけど」
「そうなんですか」
そんな朱里と上川の会話に里美がわりこんできた。
「それだったら、五十嵐さんがおみやげとりに行ったらどうですか?」
里美に話を聞かれていたのを知らなかった上川はおどろいているが、朱里はそこは無視して言った。
「わざわざそんなことの為にいけないよ」
「外出のついでに、とか」
里美が食い下がる。
まあまあという顔で上川が言った。
「まあ、息抜きしたくなったら行ってくれば?さっき石橋さんから連絡あって、今日は午後から外出で明日、明後日も日帰り出張だってさ、だからこの3日間は楽だよ」
「出張、ほんとですか?マジで嬉しいです」
と朱里も本気で思ってしまう。
先週の後半戦は石橋薫との仕事仕事で大変だった。
週明け会社に来るのが憂鬱に感じたほどだ。
会えないから、さみしいとかいう感情はみじんもなかった。薫と仕事すると、朱里の持てるすべての力を使い切ってしまう、というよりも、自分の思ってる限界を超えさせるくらいのパワーで仕事を持ち込んでくるのだ。
毎日全力疾走してたわ・・・充実しているといえば、そうなんだけど・・・
先週半ばからの仕事の忙しさが走馬灯のように、思い出される。
これが365日続くのはきっと耐えられない・・・
「芦田さんのところ行くならさ、この資料、石橋さんのところに持ってって、石橋さんが午後から行くところって、うちの納入先なんだよね、これあると便利だと思うし」
と朝届いた工場からの社内便の袋を朱里に渡す。
「じゃあ、発注終わったら行ってきます」
「ああ、よろしくな」
良かったねっていう里美の表情を避けて、仕事を進める。
恥ずかしいじゃない、上川さんに今のでバレたら・・・と思うと里美を恨みたい気持ちもある。
とはいうものの、芦田に会いにいけるのだと思うと、体の奥から嬉しさが何度もこみ上げてきて仕方ない。
思わず鼻歌が出そうなのをなんとかとどめて処理をする。
芦田さんの机ってどこだっけ?
石橋薫と席がやっぱり近いかな?
事業部は同じでも部が違うんだっけ?
仕事上、向かう先は一応石橋薫の部署なので、そこは受付で話せば会えるであろう。
但し、芦田さんはついでなので、部署の電話番号をボールペンで手のひらに書いておいた。
汗かいちゃうとすぐ消えてしまうんだけど、午前中の間は大丈夫でしょう。
会社を出ると歩いていける距離の会社を目指す。
化粧はちゃんと直したし、身だしなみもチェックした。
大丈夫大丈夫、と思いながらもどこかで緊張してしまう。
向かう先の会社は朱里は実はあんまり行った事はない場所だ。
上川は営業だから打ち合わせにしょっちゅう行ってるだろうが、営業補佐の自分はあんまり用事がない。
電話のやりとりは多いが、朱里が行く用事は今回みたいなお使いくらいのもんだ。
会社の1階にある受付のお姉さん(朱里より年が下でも彼女等は女性らしさでは朱里の上を行っていると思うので、つい『お姉さん』になってしまう)に薫を電話で呼び出してもらうと、6階まで上がってください、と言われる。
6階でエレベーターを降りると、その場で待つ。
しばらくすると、薫がやってきた。
仕事の時は相変わらず回転が速そうだ。
この勢いに私は巻き込まれてしまうんだな、と改めて思う。
公私共に・・・と端整な顔を見ながらつぶやきそうになる自分にハッとなって、違うから、と気を引き締める。
「五十嵐さん、わざわざすみません、資料はこちらですか?」
営業用の皮をかぶった薫は朱里にも丁寧な扱いだ
私は資料の入った封筒を渡した。
早速中を開けて確認する。
「ありがとうございます、五十嵐さんちょうど上川さんに僕も渡したいものがあったんですよ、結構量が多いから持ちきれなくて・・・運ぶの手伝ってくれると助かるんですが・・・」
「あっ、はいどのくらいの量ですか?」
「全部で紙袋5、6袋位かな、僕も午後から外出ですが、今なら一緒に会社まで運べますから」
「ええっ!」
「何か不都合でもありますか?これからまだ訪問予定があるとか・・・」
「いっいえ、ないです」
あるけど・・・言えないじゃん、いや言えるのか?芦田さんのおみやげとりに来たって・・・いや言えないわ、またこいつに馬鹿にされそうだし・・・でも・・・そんなぁ~
半ば、泣きそうになりながら薫が紙袋を持ってくるのを待った。
はい、と紙袋を受け取ろうとして手を出すと、薫が手を止めた。
朱里の手のひらに字が書いてあるのに気がついたからだ。
「・・・」
あわてて、薫の持っていた紙袋を受け取る。
バレただろうか、電話番号先
おそらく最初の方は石橋薫の部署と同じ番号だろう、でも末尾は違うはずだ。
それに気がつかなかったらいいけど・・・というかなんで私はこんなにこの人におびえなければいけないんだ?
どうも腑に落ちない気持ちになる。
何もなかったように薫がエレベーターホールに向かったので朱里はあわててついていった。




