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漂流

こういうお店に普段女性をエスコートしてきたりするんだ・・・

自分はたまにしかいかない、カップルなら記念日くらいにしかこないような高級そうなレストランに薫に連れられた朱里は足を踏み入れる。

いやでも、私が彼氏と来るんなら記念日でももっと気さくなイタリアンとか家庭的なビストロとかなんだろうな、とぼんやりしながら考える。

きっと私の彼氏はこんな派手でキラキラしていないだろうから・・・

つい2週間前に彼の存在を知って、仕事やそれ以外のことで、彼をものすごく近くに感じるようになっていたものの、こういう場所に来るとやはり彼との距離をものすごく感じる。



お店の人に挨拶をして目で促されると、席に案内される

真っ白いテーブルクロス、ソファのような大きめでゆったりした椅子


椅子を引いてもらって席に着くのも、慣れたようにメニューを眺めるのも、

彼にとっては普通のしぐさ、普通の表情


それが美しく特別に見えてしまうのは

そしてそれが見飽きないのは、ずっと見ていたいと思うのは何故だろう

吸い込まれてしまう、その横顔に

初めて見たときより、強く・・・

その美しい顔の中にずっとしまわれている心の中までずっと知りたい


・・・きっと、そうやって、女は彼にあやめられていくのだろうか・・・


彼がこっちを見る

はっと我に返って視線を外す


「なんだよ、今更見とれてたとかじゃないよな」


「なんかそういうこと、自分で言ってしまうのが陳腐な感じがして、うざい」


薫はためいきをつく


「もう、やめよう、こんな会話」


そうだね

そう思いながらメニューを閉じる

わたしにはわからないから彼に選んでもらおう、それを察したのか薫は聞き始める。



「適当に選ぶよ、スープはおすすめな、肉と魚どっちがいい?肉だったら前菜は・・・デザートは自分で選べよ、おれ好みなんてわかんないし」


ここだから、と朱里のメニューを取り上げて、ページをめくり指差した後、渡す

すごく素敵なタイトルのオンパレード

すべてがおいしそうだ

まるで不思議な国のアリスの世界に来たみたいだ

季節の果物はいちごのタルト

でもキャラメリゼっていう言葉にも惹かれる

でも、苦味のあるグラサージュショコラとアプリコットジャムの甘酸っぱさの絶妙なバランスも捨てがたい


「・・・ダメ・・・素敵過ぎて、選べない」


「なんだよ、それ」


ふって軽く笑うと、じゃあメインが重めだから、といちごのジェラートをデザートに彼はオーダーした









運ばれた料理を口に入れる度に彼女は最初、目を大きく見開く。


「あっおいしい」



「それ何回目」


「おいしいし」


「いちいち口入れるたびに驚かなくていいから」


「うるさいな、食べるの邪魔しないでよ」


その後、目をつぶってその料理をゆっくり味わっている。

どっちがうるさいんだか・・・堪能しすぎだよ

コースの最初のほうから、彼女の反応に違和感を察知したボーイがさっきから彼女の横を通り過ぎるたびに目を細めて喜んでるのがわかる


恥ずかしいって


そう思いながらも、まあ、諦めはじめてるところもある

こいつはこういう奴だから仕方ない

それに、この店の料理をうまいと言う声を聞くのが薫は昔から好きだった。

この店には愛着や、もろもろの理由がある。



一通り食事を終えて、彼女が化粧直しに出ている間に会計を済ませようと店の中を見回すと、姉貴がにやにやと笑いながらやってきた。

立ち上がった俺の頬にキスすると、「まいど、ありがとね」と周囲に聞こえない程度の声でささやく。

ここは姉貴の店だ、姉貴と青い瞳の旦那が2人でやっている店。

薫の住んでいるマンションの近くにも簡単な店を持っていて、それがこの間朱里と行ったセルフサービスの店だ。

あの店も、野菜や肉、魚などは同じいい素材を使っているし、シェフの義兄の腕もいいから当然うまい。それに学生の頃、姉貴の仕事の手伝いにしょっちゅういろんなことに借り出されていて、ここには馴染みもあるし、働かなくなった今でも客として、よく利用するのだ。


俺が女を連れてくると姉貴は店の奥からひょっこり現れて、いつも品定めをして楽しんでいる。

俺の最初の女と知り合ったのが姉貴の仕事場だったし、それからしばらくはずっとそんな類の女と付き合っていた。姉貴の仕事を手伝わなくなってからもこの店には女連れで来るから俺の色恋の類は大体わかっていると言っていい。


「今日は仕事関係?それともプライベート?」


「仕事関係」


「見た目そんな感じよね、でも今日は新鮮な感じ、だって・・・」


店の向こうから彼女が戻ってくる姿が見える。姉貴が体をすっと離すと


「2人が馬鹿ップルみたいだから」とおかしそうに笑って、まだまだ遠くにいる朱里の方に微笑むと席を離れた。




店を出るとき、彼女はにっこりと笑顔で「ごちそうさまでした」と店の人間に挨拶すると

今回も勘定を払った俺には目もくれずに(おいおい)外に出ると思いっきり伸びをする


「おいしかったぁ・・・でもお店が素敵過ぎて緊張したわぁ」


そういう伸びね・・・取引先との会食の後でもその伸びはしないけどね、俺は


いつものくせで食事の後の女の反応をみる

酔って眠いって顔だな


「送ってくよ、この間は悪かったな」


タクシーに朱里を乗せて自分も乗り込む


「家、会社に近いんだろ」


「うん」



朱里はここに来てたまっていた疲れがどっときたのかぼんやりとしている。

今にも眠りそうだ。

半分閉じたまぶた、少し開いた口、眠いのを我慢できずにいるその顔はまるで幼児のようだ

頭がふらふらと揺れる

薫はその頭をそっと手で触れて自分の肩に引き寄せる

静かな時間がたった後、彼女の呼吸する音が・・・すっかり眠ってしまったのがわかる息遣いが聞こえてきた


昨日も夜遅くまで残業させたしな

薫はそっとため息をつく



こうやって、何度か2人で夜を過ごしてきたけど

途方に暮れてしまったのは今回が初めてだ

タクシーは帰宅の道を走っているけれど

本当はこれで一日を終わりにしたくはなかった。

彼女を他の女のように部屋に連れ込みたいわけでもない、でも、別を女と会ってそうしたいわけでもない。

何かしたいわけじゃない、行くあてもない、でもまだ帰りたくない、そんな自分に呆然とする。

自分が何を望んでいるのかわからない。

夜の街を漂流している少年のような気分だった。

夜中に街にいるのは不安なくせに・・・惹きよせられる。

そんな気持ちでしばらく窓の外を見ていた。

自分の肩にもたれて眠っている彼女の頭をゆっくりなでて、髪をすく、なんとなく彼女が髪を短くしたらどうなるのだろう、と彼女を見る。

今の彼女はやわらかくて、やさしそうだ・・・


しばらくそうしていると、ふっと、


『俺はこのまま彼女とずっとこうしていたいのだ』と思う。



重症だ


薫は空いているほうの手で自分の額や目を覆った

それはダメだ

とにかく、彼女を家に帰さないと

巻き込んじゃ悪い

こいつは・・・あいつの好きな女なのだから・・・



芦田は・・・もう帰ってきている


上川に飲みに行こうと誘った部長は昼間は日本にいなかった。

夕方の飛行機の便で中国の出張から帰ってきたのだろう。

その出張には芦田も同行していたから、同じ飛行機で帰国しているはずだ。

部長は帰国後、職場に向かうにはもう遅い時間だったから、その代わりにお気に入りの部下や取引先の人間を呼び出して飲みに行く算段を立てたというところだろう。

真面目でそれほど社交的でもない芦田がその会にいるかどうかは知らないが、日本に彼が帰ってきたのだから、自分は中途半端に彼女と関わりを持たないほうがいい。

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