残業
明日からの作業にうんざりした気持ちになって退社の挨拶をすませ、朱里は上川と石橋に挨拶すると自席に戻り部屋を出た。
廊下を歩いていると、後ろからパタパタと足音がして、振り返ると里美がいた。
一緒に帰るつもりなのだろう、朱里は歩調を緩めた。
「一緒して、いいですか?」
きっと会社に薫がいるのが気まずいのだろう。
「いいよ、そういえば、週末友達が来ててさ~、おいしいケーキの店、発掘してくれたんだ、行かない?」
「いいですね」
「今なら、アフターヌーンティー、間に合うかも」
そういいながら階下にあるロッカールームに向かう。
ロッカーのドアを開けたぐらいの時に、朱里の携帯がなった。
ポーチから取り出して画面を見ると上川と書いてある。
「・・・上川さんだ・・・でるべき?」
「一応は・・・」
と意外に会社人間な里美にいわれて、あきらめて電話に出る。
「もしもし、五十嵐?さっきの件だけどさ続きだけどさ、今からで悪いんだけど、工場の倉庫の空き状況、3ヶ月先まで確認してもらえないかな?今ならみっちゃんもまだ工場いるだろ?」
いたとしても、みっちゃんがこの時間に用事を頼まれて喜ぶ筈がないでしょう・・・
「明日じゃダメなんですかね」
「石橋さんがいつどれくらい原料が必要で倉庫にどれだけ入れられるか確認してから明日朝一で手続きとりたいみたいなんだよ、悪いんだけど、それもちゃんと形式整えてから提出して欲しいんだ」
マジでか、もう夕方なのに・・・
朱里が里美をみると、気にしないでいいよって顔をするので
「わかりました・・・戻ります」
「悪いねぇ、じゃ」
それから更に地獄の忙しさが待っていたのは言うまでも無い。
みっちゃんは心良く仕事を引き受けてくれた。
石橋薫関連の仕事って知ってたからだろうな、これは。
工場からのレスを待つ間も、上川と薫の小間使いのようにいろいろ言いつけられて、会社を出たのは夜の11時だった。
みんな揃って、部屋を出たものの、実家から1時間半かけて電車で会社に通っている上川はまだ最終に間に合うから、お先に、と急いで帰る。
私は着替えもあるので、またロッカールームに寄らなければならない。
エレベーターで降りようとする薫に挨拶して非常階段の方に向かうと、
「おまえ、会社にいるときは、こういうスカート穿くんだな」
と薫は先週までの慣れた口調で朱里に話しかけた。
「足、緊張感なさすぎ、ほんとにジム通ってんのかよ」
こういうスカートって、タイトスカートか・・・これ制服だし、普段からこういうの苦しくて穿かないって・・・というよりも・・・
「・・・セクハラやめてよ・・・」
会社で仕事中の薫からは想像できないセリフにぎょっとしながら朱里は言った。
こういうとこ見てるんだ、さすが自称『ちゃらい男』だ。
学生の時は細かったけど今は・・・確かに体全体が丸くなっている。
「・・・仕事・・・めんどいの押し付けて悪いな、でもおれも今回はうちの会社でも注目してる大掛かりな仕事でさ、どこも気が抜けないんだよ、だから頼むよ」
人当たりの良さそうなやさしそうな表情で言われる。
心の中は腹黒い奴ってわかってるのに・・・疲れてるのかな・・・いい人に見えるわ。
「という訳で、明日も宜しくな、夕方からしか時間ないけど、また上川さんと打ち合わせやるから」
明日?
明日もあるのー!?
「今度、うまいもんおごってやるからさ、でも今日はもう遅いから食うもんは軽めにしておけよ」
薫はそういうと、やってきたエレベーターにさっさと乗って行ってしまった。