商談
木曜は一日工場にこもりっきりなら、スポーツジムにはこないか・・・
朱里は心の中で考える。
先週は一度しか行っていない。
仕事は忙しいけど、夕方上川と石橋が工場から帰ってからこっちで打ち合わせをするかもしれないのなら、
鬼のいぬまにさっさと仕事を終わらせて、定時にあがってそのままジムに行こう、そう考えてた。
しかしながら、営業の上川がいない職場での応対はコンビを組んでいる朱里の仕事で・・・
なかなか自分の仕事に戻れない。
それでもなんとかメドがたって帰れるかな、と思ったときはすでに時遅し。
会社に上川が帰ってきたのを遠くから確認する・・・とその後ろに石橋のらしき姿が見えた。
なんとなく、気まずい。
そう思い、「お先に失礼します」と商談席に座って話している2人に会釈して帰ろうとすると、上川が、
「五十嵐さん、あのさ、芦田さんのときに工場からロットごとにサンプル送ってたやつのファイル、まだあるかな?」
と話始める。
「はい・・・持ってきますね」
朱里はやむなく壁際に並べてある棚の引き出しを開けてファイルを取り出すと上川の席に持っていく
薫が上川と話しながらこの間、食堂でご飯を食べていたときのように、パソコンに入力していて・・・目を上げて彼が上川を顔を見たとき、朱里はぎょっとした。
いつもと違う・・・怖い顔だな・・・
いつもより勢いがあるのであろう薫の姿は、朱里には威圧感があって近づくのも怖い、そんな印象を与える。
もともと彼は人の心の中を見透かす印象を与える人だけど、今はそれに鋭さが入る。
まるで人の顔を見るときその人の能力まで判断してるみたいだ。
どこまでできるか、どこまでやらせるか、どこまで自分の役に立つか・・・
上川さんが毎日アップアップしているのもわかる気がする。
手強そうで・・・よくも私は彼と口喧嘩できたものだ。
近づいてくるのに気がついたのだろう、薫が目を上げて朱里を見た。
怖気づいた朱里は目が合う直前に目をそらし、無言でファイルを薫に差し出した。
「ありがとう・・・うん、これですね」
薫がパラパラとファイルをめくって中身を確認する。
ロットごとに工場から送られるサンプルと成分のデータ、それを朱里はグラフ化した後、毎回ファイリングする。
そうすると初期に設定された現物やと数値などとの差などが目でも数字でもわかるようになっている。
これは朱里が以前、芦田に教わったやり方で・・・時々、芦田が訪れたときにこのファイルを確認していた。
「石橋さん」
「はい」
顔を上げた朱里の顔をしっかりと捕まえたという表情で薫はにっこりと微笑むと
「これと同じものを私の時も作ってくれませんか、ついでに誤差の範囲の数値も連絡しますので、それを超えるようなことがあったら即、上川さんと私に連絡を下さい、お願いします」
「あ・・・はい」
そんなことくらいならお安い御用だ、そう思っていた朱里だが、上司の上川を見ると朱里に同情的な顔をしている。
なんでだ?
「もし、規格外のものができていたら即生産をストップしないと、膨大な量がそのまま作られてしまう、だから、できるだけ早く報告してくださいね」
「・・・はい」
じわじわと上川が朱里を憐れむ気持ちがわかってきた。
今回は芦田の時に比べて生産量が桁2つくらい違う膨大な量だ。
なんでも工場の殆どの機械をこれに使うらしいから、毎日かなりの量がロット毎に出荷されるわけで・・・
どのくらいのサンプルが毎日送られてくるんだろう・・・
朱里は肝が冷える思いがした。
・・・新しいフォーマット・・・早めに作っておこう・・・