喧騒な世界
「・・・今週は、すごい展開だったのね」
朱里の部屋で彼女の友人の万理は朱里の一週間の出来事を聞くと、ほうっとため息をついた。
「そうなの」
朱里には月に一度、週末に泊まりに来る地元の友達がいる。万理は朱里とは中学時代からの付き合いで就職のときに、地元に残るというこの友達とわかれて、朱里は都会にある会社に就職をした。
都会といっても地元からは特急列車で一時間もすれば今の朱里の住んでいる町の主要駅につくところなのでそんなに離れているわけでもない。
万理が直接朱里のうちに来て、荷物を置き、彼女が事前にチェックしていた店にお昼を食べに行き、ウィンドーショッピングをした後、やはりチェックしていたスイーツを買って、部屋に落ち着いてからゆっくりお茶をするのが習慣になっていた。
夜は遅めの時間に近所の商店街かスーパーで食べ物を適当に見繕って話の合間に口に入れる程度だ。
今日は、ランチを済ませ、部屋に戻って、紅茶を入れている時間から、朱里はこの一週間のことを万理に話したのだった。
「朱里らしくないよね、そういうこと言うの、どうしちゃったの?」
万理の当たり前すぎる反応に朱里もうなずく。
朱里らしくない、と万理が指摘するのは薫に対する朱里の数々の暴言だ。
確かに、と朱里も思う。
私らしくない
昨夜の薫との会話もそうだ
普段の朱里は、人を言い負かそうなんて気持ちもなくて、相手のことを傷つけないように言葉を選んでいるタイプだ。
そして『人を好きになることで相手の何かが減るわけじゃないから』なんていう言葉言うもんじゃないと普段朱里は思っている。
好きになった人のこと、困らせたくない、迷惑をかけたくない、それどころか、相手の気持ちを知るのが怖いから告白なんて自分からできない、そんな弱い人間だったはずだ。
薫に対する『鬼畜』という暴言も当たっていたとはいえ、あまりにも失礼だった。
でも、いわずにはいられない、何故なら彼の態度や発する一言一言が朱里の心を刺すのだから。そしてその苦痛を受け止めきれない朱里は、今度は自分の言葉で毒をはき、どんどん自分を傷つけていく。
昨夜、薫に連れて行かれたセルフサービスの店で「帰る」と言った朱里に「帰れよ、送らないからな」と返され、心の中で「そういう奴よ、あんたは」と心の中で毒づきながら店を出た。
外に出て歩きはじめて最初は勢いがあった。カツカツ歩く自分の足音は子気味がいいなんて思ったくらいだった。でも、しばらくすると、唇がジンジンしてきて、それは自分が下唇をぎゅっと噛んでいたからだってことに気づいた。
痛みに耐えかねて、口を緩めた途端に、耳に自分が嗚咽する声が入った。
それで自分が店を出る時から泣くのをずっと我慢していたのに気づいた。
どうして泣きたくなったのだろう、何が悲しかったのだろうか。
薫の冷たい言葉にどうしていちいちこんなに傷つくのだろう。
理由はなんとなく、わかっていた。でも、それを認めたくなかったんだ。
最初から対象外にされているのを知ってたくせに、会うたびにどんどん薫に惹きよせられている。
そして会えば会うほど、ひどい奴だってことを赤裸々に明かされているのに、心が彼に寄り添おうとする。
薫自身のもつオーラは朱里に逃げを許さない。
真正面から見据える彼の態度から人は顔が逸らせないのだ。
そして話す度に、顔を見るたびに彼の世界に吸い込まれている
不自然なくらい深い色の黒髪、それと対照的な薄い色をした大きな瞳の中を見極めたくなる。
話しているときも怒っている時も笑顔のように見えてしまう先が少しあがった口角の意味を考えてしまう。
そして私の気持ちをみすかしている態度や言動
それをふまえた上でいう彼の言葉
あれだけ、正直すぎるほど正直に自分の事を言われると・・・どうしてもその不誠実さを認めざる得ない気持ちになる。
そろそろお開きにしたい・・・そう思った
こんな態度を続けて自分を嫌いになる前に、自分の元の世界に帰りたかった
自分今まで暮らしてきた、落ち着いて、安らかな平和な世界へ
きらびやかで派手でスピードがあって浮ついてて喧騒をまとった薫
そんなところは自分のいられる世界じゃない、それはわかってる・・・