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涙が出るほどクリスマス! 向島光太郎編


微エロ、下ネタ注意です!



 結論から言おう。私、向島光太郎は向島翔子を途方もなく愛している。


 娘とその幼なじみが階段を上がる音を聞きながら、唐突に私はそう思った。


 テーブルに隣り合って私と翔子さんは、酒を呑みながら他愛の無い話をしている。そしてその一言一言に愛を感じてしまうのだ。


「翔子さん、愛しているよ」


「はっ、もう酔っ払ったのかよ」


 堪えきらずに出た言葉はあっさりと返される。

 私は良くこの言葉を使うし、彼女も私から言われ慣れている。娘や他人の前ならともかく、二人きりだと余り効果は無いのだ。


 だけど言わずにはいられない。今日は特別な夜だから。


 一升瓶の焼酎のおよそ三分の一を呑んだ翔子さんは、僅かに上気した頬に手を当て、テーブルに肘をついた。


「そういえば光太郎。まきる達に何のプレゼントを渡したんだ?」


 私と同じ中年に差しかかるはずなのに、年齢を全く感じさせない大きな瞳が私を真っ直ぐ見つめる。

 娘とその幼なじみがプレゼントを開けた場面を想像して、私は堪えきれない笑みを零した。


「いや、大したものじゃないよ」


 プレゼントの中の徹夜明けで少しハイになりながら書いた手紙は、ただの事後承諾だ。きっと素直な二人は言い付け通り、寝る前に開けるだろう。その時にはもう遅い。二人は空気を読んで下には降りて来ない。

 プレゼントはいわば場所を提供しただけ。そしてそれをきっかけに、あの二人が付き合い始めてくれたら万々歳だ。


 でも、もしあの二人が結婚する時は、新郎を一発殴らせて貰おう。


「何ニヤニヤしてるんだよ」


 笑いながらも呆れ気味な翔子さん。久しぶりの酒のせいか、早くも酔いが回って来たらしい。が、潰れる訳にはいかない。

 大丈夫大丈夫、と返して私は翔子さんの作ったつまみを食べた。








 楽しい時間は早く過ぎるもの。場所をソファに移し、雑談をしたりテレビを見たりと、気が付けば今日という日も終わろうとしていた。


「おっ、今日はホワイトクリスマスだったってよ。全然気が付かなかったぜ」


 隣でテレビのニュースに反応する翔子さん。焼酎も残り少なくなった。


「そうなんだ」


 少し呑み過ぎたせいで頭が回らない。


「おい、大丈夫か?」


 一升瓶の大半を呑んで、流石に少し酔っているのか、可愛らしい頬を真っ赤に染めた翔子さん。

 その優しさがいつもとどこか違う、と感じるのは、私が自意識過剰になっているだけだろうか。


「大丈夫だよ」


 そうか、と言って翔子さんは瓶に残る酒を全て自分のグラスに注いだ。もう私に呑ませない、とでも言うように。


 小さな肩と私の腕が触れ合う。

 驚くほど小さな翔子さんの肩は、飾り気の無いパーカーに隠れている。この頼もしくも華奢な肩に、私は一体どれだけ助けられたのだろう。


「光太郎?」


 再度、心配そうに見てくる翔子さん。愛くるしい瞳。子供のように滑らかな肌。


 翔子さんは不思議だ。若作りとか童顔とかそういうレベルじゃなく、本当に歳をとらない。

 初めて見た時、鮮烈に私の心に焼き付いた容姿は今と寸分違わないし、体力や体型も落ちる気配が無い。この体で身体能力は人類トップクラスな所なんて、人体の神秘というか、地球人かどうかも怪しい。


「ったく、呑み過ぎだ。ちっとは歳を考えろよ」


 そう言って立ち上がろうとする翔子さん。私はその手を取って、引き寄せた。小さな、少し荒れた手。


「大丈夫大丈夫。ちょっとぼうっとしてただけだから」


「……おまえの大丈夫はアテにならねえよ。無理して風邪ひいて、まだ仕事続けてたしな。大体だな、そこそこの稼ぎはあるし、アパートの収入だってあるんだから、ちょっとくらい仕事を減らしたって良いんだぜ? 別に贅沢したい訳でも無いしな。それにまきるだって……――」


 酒のおかげかクリスマスのせいか、翔子さんは私の胸を背もたれにしたまま話し続ける。手は繋がったままだ。

 うんうん、と私は翔子さんの話に相槌を打ちながら、その少し荒れた小ぶりな指をなぞる。くすぐったいのか僅かに避けられたが、逃がさないようにしてまたなぞる。


「――それにもし、おまえが稼げなくなっても、あたしがどうにかしてやる。ってか、ひっつき過ぎだっ」


 これは頑張らないと、と強く思った。

 今更になって離れようとする翔子さんを、後ろから手を回して留める。ふにふにとしたマシュマロにも似た、柔らかく暖かいお腹。

 本気を出せば私の拘束なんて軽く解けるのに、翔子さんは暴れるのを止め、観念したかのように身を預けてきた。

 私は目の前にある豊かな金髪に軽く顎を乗せる。


「まあまあ、今はまきるも道隆君もいないし」


「…………それでも、まだこういうのは苦手だ」


 翔子さんが喋ると手に振動が伝わる。この気持ちも伝われ、と手でお腹を撫でると、くすぐったいと手を叩かれた。


 流れる星空のように輝く髪にキスを落とす。翔子さんは気付かなかったらしい。

 そのまま鼻先を軽くうずめる。うちのシャンプーの香りと、翔子さん自身の甘い、男を惹きつける魅惑的な匂いがした。


 いつまで経っても私はこの匂いに慣れない。花に引き寄せられる蜂のように、はたまた砂糖菓子に群がる蟻のように、私は求めてしまうのだ。


 テレビの深夜番組の笑い声。私達の間の甘い緊張感。

 酒で緩んでいた頭にビビッ、と衝撃が走る。


 ――ここが、今夜の山場だ!


 一気に唸りをあげ始めた心臓が更に緊張を甘く、高い場所に連れて行く。

 ここで、夜も更けてきたこの瞬間で、何かロマンティックな運びに持っていけたなら――


 今夜はきっと、翔子さんとサムバディトゥナイト出来るんじゃないか?


 私達はめったな事ではサムバディトゥナイトしない。それは翔子さんがあまり積極的では無い事に加え、私も仕事で忙しいからだ。勿論全く無かった、という訳ではないが。

 しかし私も一人の男。まだまだ体だって若い。

 翔子さんのことは愛している。愛があれば体はいらないとは思うが、体があるのにいらないとは言わない。むしろ欲しい。めっちゃ欲しい。サムバディトゥナーイト。


 今日は浮かれてイケるかも、と思っていたが、実際それが現実味を帯びてくるとずしりとプレッシャーがかかってくる。


 むくむくとこみ上げる烈火の如き感情。あえて今はそれをロマンと名付けよう。

 そのロマンに後押しされ、私は閃いた。


「翔子さん、ちょっと待ってて」


 怪訝な顔をする翔子さんを名残惜しみながら離す。

 そして私は寝室に行き本命のプレゼントを取り出し、それを後ろ手に隠しながらリビングに戻った。


「翔子さん、ちょっとこっちに来て」


「なんだよ?」


 残りの酒を煽るように呑んでいた翔子さんは、ゆっくりと立ち上がって近付いてきた。

 その背中に廻り、優しく押して窓へと向かう。

 戸惑いながらもなすがままに、翔子さんはカーテンのひかれた窓の前に立った。


 低い頭越しにカーテンと窓を開けると、そこには僅かに濡れた庭があるだけだった。雪は、ホワイトクリスマスは無い。


「……結局どうしたいんだよ?」


「まあまあ」


 入ってくる急激な冷気に肩をさする翔子さん。


 私はプレゼント、長めのマフラーを後ろから翔子さんの首にかけた。


「メリークリスマス。プレゼントだよ」


 翔子さんは巻かれたマフラーを手で確認して、振り向いた。

 上気して赤い頬と、口元には不敵な笑み。


「はっ、ありがとよ。でも、これのために窓を開けたのか? 今日はいつにも増してキザだな」


 私は翔子さんは正面から抱き締めた。伝わりあう柔らかい体温。うるさい心臓の音。


「違うよ。こうしたら、寒くて翔子さんが抱き返してくれるかな、と思って」


 しばらくして、ん、と消え入るような声で、翔子さんは私の背中に手を回した。


 身長差があるため、翔子さんの頭は胸の位置にある。きっと翔子さんに私の心臓の音は丸聞こえだ。だけど代わりに、翔子さんの早鐘の振動が手に聞こえる。


 少し隙間を空けて、キスをした。桜色の唇は、極上の弾力を返しながら受け入れてくれた。


 その感触からゆっくりと離れて、また抱き合う。私は豊かな金髪を愛しむように撫でた。


 後ろでガチャリとドアが開いて、ガチャリとすぐに閉まる。まきるか道隆君が降りて来たのかも知れないが、空気を読んで上がって行ったのだろう。


 頑張れ道隆君! 私は先に勝負を決めたよ!


 幸福感、達成感、ここからへの期待。はやる気持ちをぐっとこらえて、私は翔子さんと離れた。


 これ以上無い程の赤い頬。見上げてくる瞳が羞恥に潤む。流石にこれからどうするか分かっているのだろう。夫婦生活二十年は伊達じゃないはずだ。というかここまで来て何も無しはとっても困る。


「………………風呂に入ってくる」


 目を逸らして呟くように言い、着替えを取りに寝室へと入っていった翔子さん。

 勝った! ラララサムバディトゥナーイト!


 どきどきとまだ動悸が収まらない。ここからはめくるめく大人の時間だ。そういえばいつぶりだろうか。ひゃっほう!


 翔子さんが風呂場に続く洗面所へと入るのを見送って、私は寝室へと入った。そこにあるのは離れた二つのベッド。別に仲が悪い訳ではなく、仕事で遅くなったりした時に互いを起こさない為の配慮だ。


 今日は一つしか使わない。

 その今日使うであろう私のベッドに寝転び、見慣れた天井を眺めた。そわそわと落ち着かない。


 酔いは心地よく体を縛る。


 しばらくして、寝室のドアが音を立てて開いた。

 翔子さんか、と思って視線をやると、そこにはやはり妻の翔子が立っていた。ただし、その姿はどこかで見た魔法少女のものである。

 私は目を何度も瞬かせて確認したが、事実が変わるような事は無かった。

「し、翔子さん、その格好は一体……」

 うろたえを隠せないまま情けなく声を上げた私に、翔子はいつの間にか手に持ったホウキをかざして、魔法の呪文を唱えた。

「リコントドケハ・ヤクショマデー」

 その呪文により、私はたちまちロケットのような物体に変身してしまった。

 元が人間であったせいか、噴射孔は無い。しかし、ロケットなどという物にされてしまったからには、やはり大空を突き抜け大宇宙を旅せねばなるまい。

 もう手は無いが、気持ちだけでも、とサムズアップしたつもりで翔子を見ると、翔子は輝くような笑顔で見事なサムズアップを返してくれた。流石は我が妻である。

 目も無いため涙は流せないが、私は感涙してしまった。ああ、私達こそが真実この世界で最も通じ合っているのだろう。

 気付けば娘のまきるや、その幼なじみの道隆など、旧知の仲の皆が私を囲んで拍手を送ってくれている。

 ありがとう、ありがとう、と私は声も無く言い、力いっぱい空に向かって飛び立った。

 そして私は天井を突き抜け、大気圏を抜け、ついには太陽のそばにある希望の社へと辿り着いたのだった。








 はっ、と目が覚めた。いつのまにか寝てしまっていたようだ。

 場所は変わっていない。私は一体どれくらい寝ていた?


 酒の呑み過ぎで喉の渇きを感じ、焦燥に身を焦がされながら、時計を確認する。


 夜中の三時半。隣のベッドを見ると、電気をつけたまま翔子さんは眠っていた。


 私は激しい後悔を覚えた。何故ベッドに寝転んだ。疲れの残っている体で酒を呑んだ後にそんな事をしたら、眠ってしまうのは当然じゃないか!


 そろり、とベッドから降りて翔子さんに近寄る。可愛らしい、年齢を感じないあどけない寝顔。


 自然と手が伸びるが、無理矢理その手を方向転換させて、照明のスイッチへと進む。未練タラタラでとても遅い。


 未練を断ち切るように近くに置いてあった水を飲み、最後にもう一度翔子さんの寝顔を見て、私は照明を消した。訪れる闇。さらばサムバディトゥナイト。


 私は一人、布団に潜り込んで、枕を濡らした。







涙が出るほどクリスマス! 向島光太郎編        了





 おまけ


 向島翔子は風呂から上がって、普段全く着けない、若干大人なデザインの下着を身に着けた。

 見た目は完全に子供だが、中身は大人だ。これから何をするかくらい分かる。


 ただ、分かるから、といってこの緊張が解れる訳じゃない。


 上にまたパーカーを着て、翔子は洗面所から出た。


 大きく深呼吸して寝室のドアを開ける。そして二つの離れたベッドの一つに、光太郎がぐっすりと眠っているのを見て、大きくため息をついた。


 ここまで少しずつ固めた決心とかが呆気なく消えるのを感じながら、翔子は照明を消そうとスイッチに近寄った。

 そこではたと止まる。光太郎はかなり酔っていて、殆ど潰れる寸前だった。それで潰れるように眠った。なら、起きた時に明かりが点いていた方が安心出来るんじゃないか。それに水も欲しがるだろう。


 思い立ったら即行動。リビングに行き水をコップに入れ、照明のスイッチの近くに置いて、自分のベッドに潜り込んだ。


 数分後、何か思い出したらしく、翔子はベッドから出て、洋服のクローゼットに向かった。

 音を立てないようにまさぐり、目当ての物を取り出す。


 ついさっき貰ったばっかりの、長めのマフラー。


 それを持ってベッドに戻る途中、翔子は光太郎の寝顔を見た。色気のある整った顔立ち。所々にある皺が年齢を感じさせる。


 腕を組んで、たっぷり迷って、寒さで湯冷めしてきた頃。


 酔ってるからな、と誰とも無く言って、眠ったままの頬に口付けをした。


 見つからないように布団の中に隠しながらマフラーを抱いて、翔子は眠った。


 暖かかった。








おしまい

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