涙が出るほどクリスマス! 杉村道隆編
微エロ、下ネタ注意です!
まきるの部屋でゲームをする事、数時間。楽しいクリスマスの日も終わろうとしていた。
「はっ、まだまだだな。まきる」
僕、杉村道隆の目の前にあるテレビは、勝者を鮮やかに映し出している。
隣で敗者となったまきるは、悔しげなため息と共にゲーム機の電源を落とした。
「…………最後のフェイントさえ見切ってればっ」
「負け惜しみ」
「うぐっ」
クリスマスに負けたー、と言いながらまきるはコントローラーを片付ける。
静寂が訪れて自覚する眠気。僕は欠伸をかみ殺した。
「そろそろ寝るか?」
「うーん」
逡巡は一瞬。まきるは頷いた。
「そうだね。あたしもちょっと眠いかもっ」
まきるは立ち上がり、押入を開けた。
この部屋はまきるの部屋だ。当然ベッドは一つ。だけど、今まきるが探っている押入には、予備の布団がある事を僕は知っている。
手元のクッションを潰したりして布団が出てくるのを待っていると、まきるが間抜けな声を上げた。
「あれー? いつもなら布団があるんだけどなー」
ガチャリ、と押入を閉め、まきるはドアへ移動しながら言う。
「ちょっとお母さんに訊いてくるねー」
「分かった」
ドアが閉まる音と、階段を降りる音。
やることが無いので、まきるの部屋を見渡す。
テーピングやストレッチに関する本。青を基調にしたカーテン。少年漫画の詰まった本棚。実用的な、そんな見慣れた風景。
クッションを敷いて寝転がる。多分、翔子さんがいつもきっちり掃除をしているであろうカーペットは綺麗なものだ。
ふとベッドの下を見ると、転がり落ちてしまったのか無造作に置かれた本。僕は何気なく手を伸ばして取り、開いてみた。
閉じて表紙を見て、もう一度開いた。
そこには裸で組み合う男女の絵。どこからどう見てもチョメチョメしている。チョメチョメ以外の何物でも無い。わー少女漫画ってただのエ――
「待て待て待て待て。落ち着くんだ、僕」
幼なじみの知ってはいけない秘密を知ってしまった罪悪感。というかこれ結構ハードだな。
天真爛漫な幼なじみもやっぱりこういう事に興味があるのだろうか。想像出来ない。
背徳感を感じながらページを捲ると、正に『愛し合ってます。キャッ』な見開き。これ十八禁じゃないの?
そういえばどこかで聞いた事がある。クリスマスの夜の六時間は、一年で最もウフンアハンな六時間だ、と。
もしこの少女漫画みたいな事をまきるがするとして、相手は――
「道隆君?」
「うおあっ、どうしたんだ!? まきるっ」
「えっ? ど、どうしたの? そんなに驚いてっ」
飛び跳ねる心臓。後ろから急に聞こえた声に、僕は華麗に少女漫画を後ろに隠し、平静そのもので応えた。はずだ。
視線を泳がせ、何故かそわそわしているまきる。
未だ落ち着かない自分の心音を聞きながら、僕は言う。
「いや、どうもしてないぞ? うん、ええと。そう! 布団は結局どうなったんだ?」
酒も呑んで無いのに赤い頬を指で掻き、まきるは戸惑いながら話し出した。
「えっとね? なんて言うか、その。そういう雰囲気じゃ無かった」
おい、向島夫妻。ナニをしてやがる。
立ったままのまきる。座ったまま動けない僕。場を支配するのは不自然な沈黙。
その沈黙を必死で破ろうと、まきるが僕の前に座り、おじさんからのプレゼントを膝に置いた。
「と、とりあえずこれでも開けようよ! 布団はお母さん達が居なくなってから探せば良いし!」
「そ、そうだな! 僕も開けるか!」
僕の背後に隠しているモノ。空気を読まない向島夫妻。クリスマスの夜。
中学校の冬の体操着を着ているまきるの脚は、正座のせいでくっきりと形が分かる。陸上で鍛えられ無駄な肉の無い、されどしっかりと女性的な柔らかさを主張する脚。
小柄な体格に合わせたような細い腰と小さい胸。形の良い顎から可愛らしい口元。小動物のような大きな瞳は純真で、キメの細かい肌はまだ少し赤みが差したままだ。
いかに僕とまきるが幼なじみで男女の意識が薄い間柄だと言っても、否が応でも意識してしまう。
だめだだめだ。そういうのは駄目。
邪念を振り払うように、僕はプレゼントを開けた。
「…………紙?」
手のひら大の箱の中に入っていたのは、二つ折りにされた一枚の紙だった。
まきるの箱にも同じものが入っていたらしく、首を傾げている。
開いてみる。
『道隆君へ。
メリークリスマス。きっとこのプレゼントを君が読む頃、私はとても手の離せない状況になっているだろう。そして君は今、まきるの部屋で寝るか寝まいかの瀬戸際に違いない。
もしかしたら気付いているかも知れないが、その部屋に布団は一つしかない。予備の分は私が隠した。
何故そんな事を、と訊かれれば私はこう返そう。
――ハッピーメリークリスマス。
聡明な道隆君なら理解してくれるはずだ。私はそう確信している。
強要はしないし、恋人になれとも言わないが、これをきっかけに少しくらい君達が意識し合ってくれたら本望だ。
では、良い夜を。
追伸
まきるにも似たような内容の文章を送っています。反論は許しません。
追伸の追伸
朝まで下には降りて来ないで下さい(笑)』
僕は全身全霊を込めてこの手紙を握り潰した。
一体どうしたんだおじさん、と諸行無常を嘆いていると、まきるも読み終わったのか、丁寧に手紙を箱に戻して、ゴミ箱に捨てた。
「お父さん、やって良い冗談と悪い冗談があるよ」
憂いの表情で遠くを見るまきる。僕も同じような表情だろう。
手の中の紙屑をゴミ箱に投げ、僕は仕切り直した。
「おじさんの冗談は無視するとして、どうする? 流石に今一階に降りる程、僕は野暮じゃないぞ」
「んー」
悩むまきる。
冬真っ只中に、いくら暖房が効いているとはいえ、何も無しに寝るのは遠慮したい。
だからと言って同じベッドで寝るほど僕達も子供じゃない。何か起こるとかそういう訳じゃないけど、その位の分別はある。
「…………まあ、あたしは別に同じベッドでも良いよ。昔は良く一緒に寝てたし」
分別は無かった。
仕方ないなぁ、と困ったように笑いながら話すまきる。きちんと教育してくれ、おじさん。今日はおじさんの印象が大暴落だ。
おじさんの手紙のせいか、妙に魅力的なその提案。いつもの僕ならどうしただろう。軽く了承して早々と眠っただろうか。それとも断固として断って朝まで起きているだろうか。
どう返すか迷っていると、まきるは立ち上がった。
「まあでも、道隆君が嫌ならあたしは朝までゲームでもして起きとくよ」
ひまわりのような笑顔。そうだ、こいつはいつでも人の事を思いやれる、こういうやつなのだ。きっと僕が朝まで起きとく、と言ったら、気を使ってそれに付き合ってくれる。
だから、僕が言うのはこの言葉。いつもの僕が言う言葉。
「いや、僕も別にそれで良いぞ。もう遅いし、さっさと寝るか」
いつぶりだろうね、と笑ってベッドに向かうまきる。僕も立ち上がって、振り返るようにベッドに向かう。
なんか踏んだ。
「あ」
言葉を発したのはどちらだったろうか。僕には分からない。
すっかり忘れていた存在。足からはみ出た繊細な少女の絵。
「それ、見たの?」
さっきまでとはうって変わって平坦な声。隣に立っているまきるを見れない。
僕は足下だけを見て、こくりと頷いた。
突然、まきるは足下の本を引っ張り出し、胸に抱えながら僕に言った。
「ち、違うんだよっ! これは友達の女の子が貸してくれただけで、決してあたしの私物じゃ無い訳で、更に言うならあたしも読むまで内容を全然知らなくてああもうなにこの説得力の無さっ!」
うがー、と一人で慌てるまきる。そういえば僕のコレクションを見られた時は、僕もこんな感じに焦ったっけ。
僕はまきるの肩に手を置いた。
「大丈夫、男ならそういう事、あるよな?」
「あたしは女の子だよ! そりゃ、ちょっとはこういうのに興味はあるけど……」
ゴォー、と暖房が強くなった。
なにそのカミングアウト。もうちょっとタイミングを読んでくれ。
俯いたまきるの髪がさらりと揺れる。二人とも動かない。いや、動けない。
肩に置いた手が熱を持つ。意識すると、その熱は優しく柔らかい事に気付く。
僕が無言で手をどかすと、まきるは無言でベッドの下に少女漫画を戻した。
パンパン、とまきるが膝を払い、居住まいを正して僕を見た。
「え、ええっとっ。じ、じゃあ、寝ようよっ」
身長差のせいで見上げるまきるの瞳は恥ずかしさで潤み、行き場を探した指先が体操着の裾を掴む。
ふい、とベッドに向き直るまきる。だけど入ろうとしない。
さっきから空気がおかしい。僕とまきるの間は、こんな甘酸っぱい緊張を孕んだ空気じゃ無いはずだ。
したたかに打つ心臓。
「えっと、そ、それじゃ先にまきるが入ってくれ。僕は電気消すからっ」
「わ、わかったっ」
電気を消すから、と自分で言ってどきりとした。幸いまきるは疑問を持たなかったが。
どこかぎこちなくベッドの毛布を持ち上げるまきる。膝立ちになった後ろ姿は、無防備な丸い曲線を僕に晒している。
反射的に目を逸らす。良いよー、と小さな声でまきるが言った。
「じゃあ、消すぞ」
「うん」
口元まで毛布をたくし上げ、一層小動物的な雰囲気のまきるを見て、僕は壁のスイッチで電気を消した。
記憶を頼りに歩き、手探りでベッドの位置を確認する。
ベッドの端を手で掴むと、まきるが向こう側に詰める気配がした。
この例えるなら付き合い始めのカップルが初めて一緒に眠るような、そんな例え話にもならない状況になったのは何故だ。どこで間違った。
けど今更後にも退けない。幼なじみをこんなに意識しているなんて、認めたく無い。
死地に赴く決意を固めて、毛布を捲る。上質な布団の肌触り。うちより大分良い物だ。
出来たスペースに体をゆっくりと滑り込ませ、乱れた毛布を元に戻した。
ベッドはシングルだからか、まきるとの隙間は数センチだ。さっきまでまきるが居た場所から、すぐ隣のまきる本人から、ぬくぬくとした体温を感じる。
暗闇の中に沈黙とまきるの匂いが溶け合う。嗅ぎ慣れた筈のその匂いが、妙に頭に残った。
「せ、狭いね」
もぞり、と隣で動く感覚。寝返りを打って向こうを向いたらしい。足が触れ合う。
この位の接触は数え切れないくらいある。別段、意識しない程の接触。
だけど、全ての触覚が今はそこに行く。明らかに自分の肌とは違う滑らかさ。ずっと陸上部で走りつづけてそれでも尚、僕より小さな女の子の足。
落ち着きかけていた心臓がまた騒ぎ始める。それと同時に、僕の中の悪魔も声を大きくし始めた。
まきると僕は仲が良い。まきるは僕からの大概の頼み事は断らないし、僕だってそうだ。多分、人生で最も近しい人。
そういう事に興味ある、というまきるの発言に、さっきの少女漫画の絵が重なる。知らない男に知らない顔を見せながら、まきるはああいう事をするのだろうか。
おじさんの手紙。一緒の布団で寝る、という事。クリスマスの意味。まきるの匂い。離れない足。
道隆、襲っちゃえば?
頭にアドレナリンを直接ぶち込まれたような痺れが走る。駄目だ、という理性といっちゃえいっちゃえ、という明日を省みない誘惑。
正しい答えを求めて暗闇の中で更に目を瞑る。触れたままの足が熱い。
布団に入ってまだ十分も経っていない。まきるはまだ起きているだろうか。
手を少し動かせば、もっと触れ合える距離。しかし、越えてしまうと後には退けない、数センチの境界線。
思考はぐるぐる回り始める。行くか行かないか。大丈夫か拒否されるか。いやこんな事を考える事自体がもう既に違うのではないか。
その内、思考はゆっくりと眠りに誘われ始める。どれだけ時間がたったのだろう。それも分からない。
これで良い。理性の勝ち、とは言えないが、少なくとも間違いじゃない。
明日は雨だろうか。そういえば風呂に入ってないな。
否定も肯定も曖昧になっていく。考え事は散り散りになり、僕は夢の狭間へと――
「んんっ」
旅立とうとするその瞬間、鼻にかかった甘い声と体に感じる重みで、現実に引き戻された。
何があった、と右手を動かそうとすると、がっちりと何かに挟まれて動かせない。
そこまで試して現状を把握する。どうやら寝ぼけたまきるが、僕の上に乗りかかっているらしい。右手を太ももに挟んでホールドする形で。
マズい。こいつはマズいぞ。蘇るさっきまでの葛藤。じわじわと速くなる鼓動。
右半身に感じる他人の体温。首もとにかかる吐息。横を向けばシャンプーとまきる自身の匂いが入り混じった黒髪に鼻先があたるだろう。
そして指先までやわやわとした厚みに潰されている僕の右手。これが神の試練なのかチクショウ。
また僕の中の悪魔、いや大魔王が叫び始める。『ほら、その右手は何の為にある。今、この時の為だろう! 立ち上がれ、道隆! いや道隆のムス』黙れ。十八禁にしたいのか。
それでも黙らない大魔王と心臓。部屋の温度は高く無いはずなのに、僅かに汗が出始める。触れ合う部分が熱を持っているのだ。
自分で挟んでおいて違和感があるのか、もぞもぞと脚を摺り合わせるまきる。慌てる僕。
しかしここで変に力を入れたら、それこそマズい。何がマズいって、色々マズい。
どうしようもなく力を抜いていると、まきるの動きが止まる。
良かった。一線は越えないで済みそうだ。
僕が安堵していると、まきるは寝ぼけたまま、抱き枕の要領で僕の右手をぐいっと深く押し込んだ。
幸いにも不幸に、手のひらとか指先とかは太ももの拘束を奥に抜け出し、何も感じない。
だがしかし結果として手首の付け根辺りが、その、あの、何というか、非常に危険な場所に移動してしまった。
意識的にではなく(ここ大事!)全神経が一点集中する。
太ももの付け根付近なだけあって圧力は増している。体操着の合成繊維を通して伝わるその包み込むようなその圧力は、無骨さの欠片も無く、ただただしっかりとした重みと柔らかな感触を手首に返す。
そしてその圧力が逃れる方向。言えない、見えない、言葉に出来ない部分。
一言だけ。他より熱くて、柔らかいです。
――限界だ。
何が限界なのか、ましてや限界がドコなのかも分からないまま、僕はそう思った。
頭の中にある紐は、今にも切れてしまいそうだ。
左手。左手があるじゃないか!
僕は自由な左手を使って毛布を持ち上げ、中に空気を入れる。
暖房はもうタイマーで切れているらしい。冷めかけた部屋の空気がこもった熱をさらっていく。
何をやってるんだ僕は。誰も、僕自身だってそんな事は望んでない。こんな空気に流されるような形なんて、きっと誰も幸せになんかしない。
もう大丈夫。間違えない。
暗い天井に浮かぶのは、父さん、母さん、翔子さん。おじさんは流れ星になった。
そして最後に、まきるのひまわりのような笑顔。
大切なんだ。履き違えちゃいけない。
僕はためらいなく右手を引き抜く。振動のせいか、んんっ、とすぐ横から聞こえたが、もう気にしない。
さて、寝るか。
僕は両手を胸で組む。まきるが引っ付いたままだが、もう邪念は無い。
そのまま眠りを迎えようと穏やかな気持ちになっていると、右半身の重みが消えた。
何だ、と横を見てみると、まきるが無表情で僕を見下ろしていた。
もしかしてさっきまでずっと起きてて、軽蔑されたか?
最悪の想像が駆け巡る。
闇夜の沈黙の中、僕が内心の汗を隠していると、まきるは添えるようにそっと僕の顔に手を当てた。
「……んー」
ゆっくりと近付くまきるの顔。まさかの急展開だ。
混乱して混乱する。もしかしてまきるは僕の事が好きだったのか?
互いに悪いようには感じていないと思っていたが、まさかこういう形で知る事になるなんて。
近付き続けるまきるの唇。どうする。避けるか、受け止めるか。そもそも僕はまきるをどう思っているんだ? 好きなのは恋なのか、ただの親愛なのか。ああ駄目だどうしよう。
容赦無く近付くまきる。小さめの、どんな男でも落とせそうな可愛らしい唇。
だめだ、もう避けきれない!
――コツン、と額が当たる。
超至近距離。互いの吐息が絡まる。この距離で見ても、まきるの肌にはしみ一つ無く、頬に当たる髪からは強くまきるの匂いがした。
なんだ、そういう事か。僕は理解した。
無表情のまま不意にまきるは頭を上げる。
「最後の逆転、ココナッツヘッドバットー」
気の抜けた声。寝るまでやっていた格闘ゲームの技名と共に勢い良く落ちてくる頭。その僅かな時間に僕は後悔と諦めを感じながら、こう思った。
――忘れてた。そういえばこいつ、漫画みたいな寝相の悪さだった。
寝相だから遠慮も何もない、本気のヘッドバットが額に当たる。
痛みに意識が遠のいていく。けど、その痛みに抗う気は起きない。
僕は最後に体全体にのしかかる重さを感じながら、意識を手放した。
その時の僕の瞳からは、一筋の涙が流れたとか流れなかったとか。
涙が出るほどクリスマス 杉村道隆編 了




