涙が出るほどクリスマス!~男達の戦い~
クリスマスに訪れる聖なる夜。だが大抵の日本人がそうであるように、向島光太郎にキリストの誕生を祝う気はさらさら無い。
部屋に飾れる程度の小さなクリスマスツリー。ちょっとだけ奮発したシャンパン。気のせいかいつもより明るい照明。
時間は日も落ちた頃。光太郎は意気揚々と今夜のクリスマスパーティーの準備をしていた。
「ふう、大体こんなものかな」
光太郎は台拭きを置いて部屋を見渡した。
妻である翔子は台所の料理で忙しい。娘のまきるは幼なじみの杉村道隆を呼びに行っている。
つまり、この場には自分しかいない。
光太郎は隠れるように寝室に移動し、押し入れの奥をゴソゴソと探った。
どうにか仕事を前倒しして時間を取ったんだ。やっぱりこれくらいのサプライズはないと。
そんな事を思っている光太郎の目の前には翔子、まきる、道隆の三人分のプレゼント。
そしてもう一つ、光太郎は押し入れから一本の酒を取り出した。
芋焼酎、黒霧島。長く太い立ち姿はもはや貫禄すらある。
あんまりお酒は飲まないけど、今日くらいは良いだろう。
仕事は終わった。料理は美味くない筈がない。そしてトドメに旨い酒。光太郎は緩む口元を自覚する。
――光太郎、これ持って行ってくれ!
台所から聞こえる翔子の声。急いでプレゼントをしまう。
翔子さんと呑むのはいつぶりだろうか、と期待に胸を膨らませて、光太郎はリビングに戻っていった。
酒とは魔性の飲み物だ。人を高揚させて、何時もより大胆にさせる。
そして人は、欲望には勝てないのだ。
光太郎、翔子、まきる、道隆。全員揃って準備は万端。未成年もいるが、度数のとても低いシャンパンなら万が一の事も無いだろう。
テーブルには翔子が腕によりをかけた料理の数々。彼女なりにクリスマスを意識してか、洋食寄りの品揃えだ。
そんなに気取ったパーティーでは無いが、誰とも無くグラスを持った。
「「かんぱーい」」
全員がグラスを掲げた。
アルコールが入っている、と聞いていたので、少し用心しながら道隆は口をつける。
「…………お、おじさん。これ、かなりおいしいです」
「ははっ、値段が張るだけあったみたいだね」
舌で踊る繊細な刺激と豊かな風味。アルコールは殆ど感じない。
道隆は料理に箸を伸ばす。
いつも通りの、いやいつも以上の美味しさ。高級料亭なんて目じゃない。
幸せに味があるならきっとこんな味だ、と道隆は思いながら飲み込んだ。
「いや、本当に今日はありがとう御座います。何か物凄い幸せです」
目一杯頬張った分を飲み込んで、まきるは隣の道隆に、にぱっと笑いかけた。
「寂しい独りのクリスマスになるところだったもんねー。あたしに感謝してよ?」
「本当にありがとうございます。おじさん、翔子さん」
「…………ていっ」
「いてっ! ……わき腹は卑怯だろっ」
じゃれあう二人に翔子と光太郎は自然と笑顔になる。
――きっと楽しい夜になる。みんなが笑顔なのだから。
誰もが、そう信じて疑わなかった。
料理もあらかた食べ尽くし、場の空気も自然と緩やかなものになる。
光太郎は寝室からプレゼントを持ってきた。
「はい、じゃあクリスマスプレゼントだよ。流石にサンタの格好はしてないけど」
やったー、と無邪気に喜ぶまきる。良いんですか、と恐縮気味の道隆。
光太郎は二人に手のひらよりちょっと大きい箱を渡した。
「はい。こっちがまきるで、こっちが道隆君」
「お父さんありがとー!」
「すみません。ありがとうございます」
まきるはその箱を上下させたり、横に振ったりする。
「んー? 何だろ。軽い…………。お父さん、開けてみて良い?」
「ダメ」
「えー? どうして?」
「どうしても。それは寝る前に開けなさい。道隆君もね」
んー、と首を捻るまきる。道隆は頷いた。
光太郎は最後に酒、黒霧島を出した。
「翔子さんにはこれ」
「おっ、珍しいな。酒なんてよ」
「たまにはこういうのも良いかな、と思ってさ」
グラスを出すか、と席を立つ翔子の楽しそうな横顔を見て、光太郎はイケる事を確信した。
一旦ここで喜ばせて酔わせ、後で二人きりになった時、さっきの本命のプレゼントを渡す。二段構えの戦法。決まればもう自分の勝ちだ。後はそのままイチャイチャラブラブしてやる。
自分の見事な策略に若干酔いながら、光太郎は表面上は優しく笑った。
男は狼。そして今日はクリスマス。このために風邪をひいてまで仕事を頑張った、と言っても過言ではない。
(翔子さんはガードが堅いし、こういう日に攻めなくてどうする!)
ふふふふふ、と光太郎は怪しい笑い声を上げた。
「おじさん?」
道隆の声にふと我に帰って、光太郎は紳士の笑みを浮かべた。
「何でもないよ」
「はあ」
「あ、そうそう。道隆君」
「はい?」
光太郎は二人にあげたプレゼントの中身を思い浮かべながら、まきるに見えないように親指を立てる。
良く分かっていない様子の道隆を見て、光太郎は思う。
――もう、慨成事実作っちゃえ。
今夜の向島光太郎は、とてつもなくハイになっていた。
翔子が氷を入れたロックグラスを二つ持ってくる。
「光太郎、水はいるか?」
「いや、ロックで」
「お、いくな」
笑いながら黒霧島を注ぐ上機嫌な翔子。光太郎は注ぎ終わったグラスを軽く掲げた。
「君の瞳に、乾杯」
「はっ、キザだな」
ぐいっ、と男前に呑む翔子を横目に見ながら、光太郎は一口呑む。翔子は酒に強い。同じペースで呑めば先に自分が潰れてしまう。
鼻に抜ける焼酎の香り。臓腑に染み渡る感覚。久し振りのアルコールはまだ疲れの残る体を癒やしてくれる気がする。
ソファで仲良くテレビを見るまきると道隆。
光太郎は立ち上がって、翔子の隣の椅子に座り直した。
翔子は二杯目を注ぎながら言う。
「なんだよ?」
「いや、別に」
すぐ隣から空気を伝って体温を感じる。
なんだか無性に抱き寄せたい気持ちをねじ伏せ、もう一口酒を呑む。
「なんかつまみでも作るか?」
翔子はテーブルに頬杖をつきながら光太郎を見る。
「そうだね。お願いします」
わかった、と言って台所へ向かう翔子。
言葉遣いとは真逆で、いつも翔子は甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
その心遣いが嬉しくて、でもそのために離れた距離がもどかしくて、光太郎はもう一口ちびりと呑んだ。
向島まきるは好奇心旺盛だ。やったことの無い事はやってみたいし、飲んだことの無い飲み物は飲んでみたい。
母親がつまみを作って戻って来てから、一層仲睦まじく話す両親。付き合い始めのカップルのような桃色の空間を創っているが、それはいつものことなので気にしない。
さっきからテレビの合間についつい見てしまうのは、どしりとテーブル中央に鎮座するお酒。
達筆な『黒霧島』という文字。黒く光を返すボディ。
そのお酒を呑んでから、父親も母親も更に上機嫌になっている。
つまり、あれは良いものだ。
きちんとしたお酒を呑んだ事が無いが、さっきのシャンパンは何も無かった。多分、変な事にはならないだろう。
まきるは光太郎に話しかける。
「お父さん、あたしもそれ飲んでみて良い?」
珍しく赤みを帯びた頬を弛ませ、光太郎は言った。
「うーん。……まきるも高校生だし、一口だけなら良いよ」
差し出される飲みかけのグラス。
まきるは躊躇なく受け取り、くいっと口に含んだ。
「ぶはっ。けほっ……けほっ……ま、不味い……」
「ははっ、まきるにはまだ早いかな」
慣れない苦味と刺激に思わず噴き出してしまった。
近くのティッシュで汚したテーブルを拭き取り、ソファに戻る。
その様子を見ていた道隆が心配そうな瞳を向けてきた。
「まきる、大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
まだ口の中に残る僅かな苦味に、まきるは顔をしかめる。
「あんなに不味い物だったなんて、思ってなかっただけ」
どうして大人はあんなものを美味しそうに飲めるのか。
そう思いながらまきるが両親を見ると、二人の周りの空間はもう出来上がっていた。何がとは言わないが。
テーブルの黒霧島に視線を向ける道隆。いつにも増してラブラブな両親に気恥ずかしさを感じて、まきるは立ち上がった。
「道隆君、あたしの部屋でゲームでもしようよ」
「ん? ああ、そうだな」
道隆も立ち上がる。
二人してリビングから出ようとすると、光太郎が呼び止めた。
「二人とも、もう寝るのかい?」
「ううん、ゲームしに行くだけ。あ、でも、もしかしたらそのまま寝るかも」
「そっか。じゃあ道隆君、今日はまきるの部屋で寝てもらって良いかな?」
突然の光太郎の提案に、道隆は頷きながら返した。
「えっと、僕は構わないんですけど、大丈夫ですか? 色々」
道隆が最後にまきるの部屋に泊まったのは、中学生の中頃。今でも互いにそこまで気にしないが、高校生だと親は心配するはずだ。
光太郎は手を軽く横に振る。
「大丈夫だよ。私と翔子さんはこのまま飲み続けるから、いつもみたいにリビングに寝て貰う訳にもいかないしね」
そういう事ですか、と納得して道隆はまきると一緒に二階に上がった。幼なじみ同士、別に意識するような事も無いだろう、と楽観しながら。
さて、クリスマスの夜は長い。
恋人達にクリスマスの何が本番か、と問われれば、きっとこう答えるはず。
『アレ』
アレが何か、とは詳しくは言わない。でも、きっと伝わっているはず。
青少年健全育成うんたらとか、ここより先は大人の世界とか、つまりそういう類だ。分かるよね?
ここからの物語は男の物語。悲しくも力強く生きる、男の性(SAGA)なのだ。
次に続きます!




