料理
向島家の台所。危なっかしい手つきで野菜を切るまきるに、翔子は隣から話しかけた。
「おい、気をつけろよ。指を丸めないと切っちまうぞ」
「分かってるよっ。今集中してるから話しかけないでっ」
「ったく、いきなり『料理を教えて』なんて言うからやらせてみれば、包丁の扱い方からかよ」
「………………ふう、やっと切り終わったー」
「指切らなかったか?」
「うん、なんとかっ。次は?」
「次は、って言っても後はフライパンで焼きながら味付けするだけだぞ」
「ふ、フライパン…………。あたしには未知の領域だよ……」
「あたしがやるか?」
「……ううん、あたしがやるよっ。こんなところでへこたれないっ」
「いや、それならそれで良いんだけどよ。なんで急に料理なんだ?」
「ん? んー…………何となく、女の子の嗜みかな。料理くらい出来た方がなんか良いじゃない」
「…………男か?」
「違う違う。大体あたし、恋人作るつもり無いしね」
「そういやそうだな。我が娘ながら、いらんとこがあたしに似たな」
「お母さんはお父さんがいるんじゃないの?」
「そりゃそうだけどよ、それまではあたしもそんな感じだった」
「あー、そうだね。確かにお父さんがいないと、お母さんはそんな感じだね」
「あたしはちょっと荒れてたしな。でもまきるは恋人の一人や二人作れるだろ。愛想だけは良いし」
「愛想だけ、って酷いよー」
「胸は無いだろ」
「むっ、胸なんて飾りだよっ! 走るとき邪魔だしっ」
「はっ、まあ別に良いけどよ。ほら、油ひけ」
「もうっ。…………あ、油ってどのくらい?」
「それなり」
「それなりって投げやりな。…………ていっ」
「…………ちょっと多いかもな」
「えー。ちゃんと教えてよー」
「やり慣れてくれば分かるから大丈夫だ。ほら、切っといた材料入れろ」
「はーい」
ジュー
「後は適当に焼けるまで待つ。焦がさないように気をつけろよ」
「分かった」
ジュワジュワ
「ん、まあそんな感じだ」
「なんかさ」
「ん?」
「今あたし、物凄い料理してる気がするっ」
「いや、してるからな」
「フライパンで焼きながら箸で混ぜる、って『これぞ料理』みたいな感じしない?」
「あー、慣れすぎてわかんねえ」
「そうかなー。…………もう焼けた?」
「もうちょい」
「とりゃー」
ジュワジュワ
「そろそろだな」
「じゃあ火を止めるよ」
「おう。皿な」
「ありがとー。移して、と……」
「味付けはタレでもかけとけ」
「いくよっ、とりゃっ」
「ん、とりあえず完成だな」
「出来たー! 初めての野菜炒め!」
「さて、作ったは良いものの、まだ飯の時間でも無いな。どうする?」
「今から道隆君の所に持ってく! ふふふっ『女の子らしくない』なんて言った事を後悔させるんだからっ」
「んじゃついでにコレも持ってけ」
「なにこれ?」
「ご飯と昨日作ったクッキー。どうせなら腹一杯食わせてやれ」
「ありがとー! ラップに包んで、と。よし、じゃあ行ってくるね」
「家が近いからって、走って落とすなよ」
「分かってるよ! いってきまーすっ」
「おう、いってらっしゃい」
ガチャリ
「………………我が娘と幼なじみの道隆、か。春はいつになったら来るのかねぇ」