お茶
ソファに座った光太郎は、熱いお茶を一口飲んで息を吐いた。
「はぁ、良いお茶だ。ありがとう、翔子さん」
「おう」
「お茶、か。…………ふふっ、結婚したての頃はろくに家事も出来なかったよね、翔子さん」
「あ? 随分と昔の話だな」
「なんとなくね」
「そりゃ、あの頃は全部が初めてだったからな。家事なんざやったこと無かったから仕方ねえだろ」
「いや、本当に翔子さんは頑張ったよ。今じゃ料理も掃除も完璧だしね。『茶葉って、一缶で一リットルだよな?』なんて訊いてたとは思えない」
「……あれは忘れてくれ」
「まあまあ、思い出の一ページって事で」
「ったく、んなこと言ったら光太郎だって、仕事が上手く行かなかった時に『翔子さん、私は君を幸せに出来る自信がない』なんて泣きついて来ただろうが」
「おふっ! ……あ、あの時の翔子さんのパンチは痛かったよ。色んな意味で」
「腑抜けたこと言ったからだ」
「ま、まあまあ。それも思い出の一ページ、って事にしよう。うん、もう二十年くらい昔の話だし。ああ、お茶が美味しいなぁ。ずずずっ」
「……二十年、か」
「ずずっ……うん?」
「光太郎」
「なに? 翔子さん」
「皺、増えたな」
「まあね。もう四十だし」
「………………」
「翔子さんは変わらないね」
「……そうだな」
「ずずずっ」
「お茶のおかわり、いるか?」
「ああ、頼むよ」
「よいしょっと」
「翔子さん」
「あ?」
「愛してるよ」
「…………あたしもだよ。ったく」