秋の夜
秋の夜。平均的な一軒家のリビング。この家の大黒柱、向島光太郎はテレビを眺めていた。
「…………尖閣諸島、か」
若い頃の面影を残したままの精悍な顔が、少し険しくなる。しかし、それは美形と言える顔立ちを助長するものでしか無い。長めの髪の下に刻まれた皺は大人の男の色気を出し、細く締まった体躯の立ち振る舞いは淀みない。中年男性の理想像とも言うべき姿だ。
ソファに深く腰を掛けている光太郎の隣に、向島まきるは暖かいココアの入ったカップを持ったまま座った。
「ふぅ、お父さん。あたし九時からテレビ見るけど良い?」
ずず、とココアを啜る唇は身長に比例したように小さい。小振りな鼻とそれに反比例したように大きな瞳。整った配置のそれらは彼女の性格通りに良く動く。高校生なのに、ともすれば中学生に見えるのはご愛嬌。肩に届くか届かないか位の黒髪は滑らかで、全体的な雰囲気と合わせて思わず撫でたくなる魅力がある。
光太郎は壁に掛けた時計を見た。九時まで後五分。
「ああ、そういえば言ってたね。リモコンはそこにあるから」
「うん、ありがとー」
にへら、と笑うまきるを見て光太郎も微笑んだ。
「光太郎、ココア置いとくぞ。最近夜は冷えるから気を付けろよ」
そう言って妻であり母でもある向島翔子は背の低いテーブルにカップを二つ置き、自分も隣の一人掛けのソファに座った。
腰に届く程の豊かな金髪。地毛ではなく染めているが、不自然さは無くただ綺麗だ。身長はまきるよりも僅かに低い。体に比べて長い手足は華奢で、一見すれば西洋人形のようだ。実年齢にそぐわない幼い容姿は非常に整っているが、下手をすれば娘であるまきるよりも年下に見える。
「翔子さん、ありがとう」
世界中の美を集めた愛しい横顔に礼を言い、光太郎は目の前に置かれたカップを取った。
暖かい。
「まきる、何のテレビを見るんだ? またつまらねえバラエティか?」
「違うよ、今日はずっと見てたドラマの最終回なのっ。ほら、先週ヒロインが黒幕だった、て超展開だった」
「ああ、あれか。あれはあたしも気になるな。全然その前まで見てないけど」
「でしょ? どうまとめてくるかこの一週間楽しみだったんだからっ」
妻と子の話し声を聞きながら、光太郎は時計を再度見た。
「二人とも、そろそろ九時になるけどチャンネルは変えなくて良いのかい? 私はもうニュースを見たから良いよ」
「え? ……お、お父さんっ、リモコンどこっ」
「ほら、そこのテーブルの足下」
「あ、あった! え~と、何チャンネルだったかなぁ……」
次々に変わるテレビの画面。九時まで後十秒。
「あ、あったあった、ここだ。良かったー」
「さて、どうなるかな」
「……ドラマか。久しぶりに見るなぁ」
深くしっかりと座る光太郎。背筋を伸ばして姿勢良くテレビに向かうまきる。だらけたように背もたれに体重を預ける翔子。
三者三様だが、三人の手には暖かいココアがある。
時計は九時を差し、テレビの画面に役者が映る。
三人は同時にココアを啜った。