ギルド職員の日常
「ご希望の買取額は、相場から大きく離れていますね。組合としてはこのぐらいから交渉させていただきたいのですが。」
とある建物の一室。猟兵組合職員のスンノは、提示された金額を前にため息が出そうになるのを何とかこらえた。
相場の二倍だと?
初手で大きく出るのは交渉の基本ではあるが、物には限度と言うものもある。相手はこのような取引が初めてなのかも知れない。
スンノは内心の驚きを隠し、一枚の紙片を反対側に座る青年へ差し出した。そこに書かれている金額は、相手の希望額よりずっと少ない。
「いやいや、財務官殿。俺たちもボロ儲けしようとは思ってはいません。ただ今回のヤツは、命懸けで倒した新種の魔獣モンスター。そこを考えて欲しいんですよ。」
相手はエセルと名乗った。
十代後半の快活な青年で、ガッシリとした体型は、いかにも文官然とした細身のスンノとは対象的だった。足元に置かれた戦斧と盾は使い込まれており、若さに見合わぬ経験を物語っている。
両者を隔てるテーブルの上には、交渉材料の「魔石」が鈍い輝きを放っていた。
魔石。
魔力を内包した鉱物であり、魔獣は必ず一つの魔石を宿している。不思議なことに鉱山からは採掘されず、魔獣を倒してえぐり出すしか入手方法はなかった。
そして魔獣は人への敵意が強く、何より魔術を使う危険な存在だった。
人里への危害を未然に防ぎ魔石を得るため、魔獣を専門に狩る狩人を猟兵と呼んだ。
「ええ、もちろん。魔獣を駆除していただき、なおかつ新種の存在も教えてくださった。その評価を含みこれでいかがですか?」
新たな紙片に金額を記す。値上がりはしたが、それでも相手の提案額にはまだまだ及ばない。
スンノは猟兵達の互助組織、「猟兵組合」の中で、魔石の価格に責任を持つ立場であった。
採取した魔石や素材を組合が買い取り、その代金を駆除の報酬とする。その相場は高く、数体狩っただけで一月は暮らせるだけの金になった。買い取った魔石は国の内外に売却して、次の魔石を買い取るための原資とする。
それを繰り返し、魔獣の駆除を進めて人々の安全を守り、なおかつ猟兵の働きに報いる仕組みを運営する組織が猟兵組合である。
既知の魔獣であれば、決められた額で魔石を買い取ればよかった。しかし新種となればそうはいかない。駆除した猟兵と財務官との交渉で最初の価格が決まった。
魔獣は強く、戦う猟兵は命懸けだ。その成果が安ければ猟兵は納得しないし、割が合わないと駆除する者も少なくなるだろう。
だが組合の財源も限りがあるため、お互いに損をしない妥協点を見いださねばならない。財務官の腕の見せ所であり、簡単に譲ることはできなかった。
「新種だと戦い方も手探りだからなあ。オレは槍を二本、パーティーでは矢を随分と使っちまいました。買い替えと矢の追加も必要なんです。」
やや芝居がかった口調で話しつつ、羽筆が紙片の上を滑る。指は荒れているが筆運びに淀みはない。農民上がりではないな、とスンノは見当をつけた。
「なるほど。時に、魔獣の特徴や、似姿などは記録していませんか?他の猟兵が駆除をする際に役立つ情報があれば、もう少し色をつけられるのですが。」
「あります。おーい、あれを財務官殿にお渡ししてくれ。」
後ろで仲間とおしゃべりに興じていた女性猟兵が、木の板と数枚の木簡をスンノに手渡した。
普段は眠たげなスンノの目が、わずかに開かれた。
「ほお、これは見事な。」
木の板には魔獣の絵が描かれており、小さな字で大きさや戦い方、使う魔術が記してあった。木簡の方には戦闘に参加したパーティーメンバーの聞取り内容が書いてある。極めて有益な記録だった。
ここまで詳細な記録をスンノは初めて見た。どうやら彼らは経験に加えて高度な教育も受けているらしい。
「…この記録は写させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。そのための記録です。なんなら、彼女に様子を説明させましょう。ですが、先ほど仰られたように代価は頂戴します。」
「無論です。感謝いたします。エリアナさん!よろしいですか?」
いつになく弾んだ声で、奥の倉庫にいる受付嬢を呼ぶ。写本と同時に、女性猟兵からも詳しく話を聴くよう早口で指示を出すと、受付嬢はその様子に目を丸くしてスンノを見返した。
「いや、お手間を取らせました。何分、これほど見事な魔獣の資料は、初めて見たものでね。年甲斐もなく興奮してしまいました。」
「新種の情報は死活問題ですからね。これくらいは必須だと考えていましたよ。」
苦笑がエセルと後ろの仲間たちに浮かぶ。
"魔獣の情報をくれ!"という猟兵は多いし、戦った魔獣の話をしてくれる者も多い。ただしそれが"他人にわかるように"教えてくれる者は少ない。大抵が大げさか、うろ覚えな内容になる。客観的な情報をまとめられる者は希有だった。
「雑談が過ぎましたね。いただいた新種の情報を加味して、当方としましてはこの額を提示させていただきます。」
スンノは先ほどよりも素早く、二つの紙片にそれぞれ金額を書いた。
「こちらは魔石の額、他の猟兵が駆除した場合も同じ金額になります。」
先ほどよりも大きく上がった買取額ががそこにあった。
「そしてこちらは、いただいた新種の情報への対価です。」
今度はエセルが目を見開く番だった。記された額は魔石の二割に届かんとする数字だった。
合わせれば、彼らが出した額には届かないものの、かなり近い額になっている。
「随分と奮発したようですが、それほどの評価を?」
「ええ。エセル殿の記録を見せれば、他の猟兵が駆除する際に被害を抑えることができるでしょう。それだけの価値があると考えました。」
魔獣の害は年々多くなっている。猟兵や領主の兵が駆除に奔走しているが、全てを防ぐには至っていない。それに戦えば怪我人は出るし悪ければ死者が出ることもあった。その危険性を減らせる情報、そしてそれを渡してくれる猟兵には、大きな便宜を図るべきだとスンノは常々考えていた。
やがて、エセルは息を吐き出すとスンノに向かって右手を差し出した。
「承知しました。この提示額で魔石をお譲りします。」
「ありがとうございます。よい取引でした。」
その手をしっかりとスンノは握り返した。思った通り分厚く、力強い手だ。この若さで一体どれほどの修羅場をくぐってきたのか。
「こちらこそ。」
彼の後ろで見守っていた猟兵仲間も、無事に交渉が済んだことに安心したようだ。この手の交渉は時間がかかる。まとまらずに決闘でケリがつくこともままあった。そういう意味では今回は「よい取引」といえるだろう。
表情には出ないもののスンノも同じ気持ちのようで、幾分か声の調子が軽くなった。
「しかし、あの絵は本当に見事でした。説明もわかりやすい。今この場で組合の職員に採用したいくらいです。いかがですか?それなりの給金は保障しますよ。」
冗談とも本気ともつかない唐突な申し出に、エセル達は面食らったちょうどその時。
怒鳴り声と短い悲鳴が、扉を隔てた表から聞こえた。
そちらは組合の受付があり、魔石の換金や魔獣素材の買い取りを行なっている。今は見習いの娘が担当している時間のはずだった。
「…失礼、トラブルのようです。このままお待ちいただけますか?」
特に驚いたわけでもなく、スンノは告げた。
「かまいません。手助けは必要ですか?」
「ありがとうございます。万が一の時はお願いします。ない方がよいですが。」
よくあることだ、と言わんばかりにスンノは肩をすくめた。猟兵は血の気が多い。トラブルは日常茶飯時と言っても良いほどだ。
受付へ続く扉を開けると、想像通りの様子が広がっていた。
受付カウンターの向こうには、ちょっとした広間がある。テーブルが二組置かれており、片方に猟兵の一団が陣取り、騒ぎを気にした様子もなく話を続けている。壁際には、視線をカウンターに向け薄ら笑いを浮かべた猟兵が二人。おそらく騒ぎの関係者だろう。
そして、カウンター越しにまくし立てる猟兵の男と、負けじと声を張る見習いの娘。
「だから、お前じゃ話にならん!他のやつを呼んでこい!!」
「誰に話しても一緒だって言ってんだろ!?耳がねえのか?」
あ、これはマズイ。
そう感じるやいなや、スンノは足音も立てずに走り出した。
「ンだと、てめえ!?」
顔を真っ赤にした男は拳を振りかぶる。
戦慣れした猟兵の拳は重い。娘の細い首など、簡単に折ってしまうだろう。
だが握られた拳は、振り下ろされることはなかった。
「騒ぎは困りますなあ、猟兵殿。」
男の肘にスンノが手を添えている。
「誰だテメエ!?」
「あなたの言う"他のヤツ"です。お話を伺いましょう。」
男はスンノより頭一つ分、背が高かった。体格も相応であったが、抑えられた腕を動かすことができない。
表情が目まぐるしく変わり、薄気味悪さを感じた男はボソボソと話始めた。
言ってしまえば、魔石買取価格の不満とのことで、よくある話だった。
「残念ですが既知の魔石では、買値は決まっております。他に素材などをお持ちでしたら、質によっては高く買い取れることもありますよ。」
実際、猟兵が持ち込む魔獣の素材は高く売れることが多い。毛皮や肉は一般人にも人気があるし、甲羅や堅い角などは道具作りの職人が欲しがった。珍しいところでは、粘液生物の粘液だ。手を加えると強い粘着効果があることがわかり、ニカワのかわりとして重宝されている。
「だからその魔石の価格が安すぎるって話だよ。素材は関係ねえ。誰が決めたか知らねえが、命かけてんのに、あれっぽっちの値段はおかしいだろ?」
「この値は、最初に駆除に成功した猟兵殿と私で相談して決めました。その後もあなた以外からの異議はありませんので、適正な価格と存じます。」
チラリとカウンターに置かれた魔石を見ると、先ほどエセルが持ち込んだものより幾分か小さい。それでも相応の価格で売れるはずだ。
相変わらず淡々と説明するスンノ。その対応が男の気に触ったようだった。
「ええいうるせぇ!ゴタクばっかり並べやがって!ならば決闘で決着つけようじゃねえか。猟兵ケニスはこの魔獣の魔石買取額の値上げをかけて、あんたに決闘を要求する。」
「スンノさん!それはマズイ…「よいでしょう。お受けします。」って、エエ!?」
見習い娘が悲鳴を上げた。
スンノは痩身で整った身なりもあって、戦いに向いているようにはとても見えない。これまでも決闘騒ぎはいくつかあったが、いかつい見た目の組合長が全て対応していた(ちなみに全勝である)。見習いの娘はスンノが決闘に臨んだところを見たことがなかった。
「室内では支障がありますから外に出ましょう。準備をするので少しお待ちください。」
「おう、いいだろう。逃げるなよ。」
「そちらこそ。」
猟兵達は連れ立って外へ出ていった。勝ったとばかりに、ニヤニヤとした表情を浮かべながら。
男が決闘を断ることは、文官と言えどあり得ない。断れば臆病者とそしられ、社会的には死んだと同じだ。交渉という文官の領域では勝てないと踏み、決闘という力で物事を決める方法を選んだのだ。名誉という断れないものをかけて。
「スンノ殿、失礼ながら決闘代理人が必要なら、オレがやります。ああいうやり方は好きではないのでね。」
仲間たちと奥の部屋から出てきたエセルが申し出た。気負った様子もなく、純粋にスンノへの気遣いだろう。
袖をまくり、慣れた動作で拳に布を巻きつけながら、スンノはエセルの目を見た。
「お心遣い痛み入ります。ですが不要です。この程度をさばけなければ、組合の職員などできませんから。それに。」
ニヤリ、と今日一番の笑顔を見せる。冷静・合理的な文官の姿は消え、狼のごとき野生が瞳にあふれた。
「"文を司る者は、強くあらねばならない"と、書の師匠に教示されておりますので。」
見習いの娘が、「ヒョエッ」と妙な声を上げた。エセルの仲間も、雰囲気の激変に冷や汗が流れるのを感じ、相手の運命を悟った。エセルは少し驚いた顔をしている。
「わかりました。かえってお節介でしたね。」
「いえいえ、代わりに立会人をお願いしても?普段は組合長がいるのですが、外出から戻っていないのです。」
「わかりました。お引き受けします。」
「ご武運を」と言いかけて、エセルは口を閉じた。立ち会いを引き受けた以上、公正であらねばならない。スンノに肩入れはできなかった。
連れ立って外に出ると、この短時間で何を聞きつけたのか、たくさんの見物人が組合の入口をぐるりと囲んでいた。見物料を取ってもよいかもしれない。
「これより決闘を執り行う。私は立会人の猟兵エセルと申す。両者前へ!」
張りのある若い声が響いた。同時にスンノと猟兵の男・ケニスが向かい合う。改めて見ると体格差が大きい。ケニスはスンノより頭一つ分背が高く、相応に厚い胸板と無精髭によって、いかにも戦い慣れた雰囲気を醸し出している。対象的にキッチリと整えられた頭髪と顎髭のスンノは、ひどく場違いに見えた。
観衆からも「勝負になるのか?」「組合長はどうした?」「あの立会人、イイ男ね」などと話し声が聞こえた。
「決闘代理人は頼まなくて良いのか?それでもオレは構わねえぞ。」
「お構いなく。」
「では、組合規則に則り、武器の使用はなし。戦えなくなったら負け、降参したら負けだ。今回は、魔石代金をどちらの言い値にするかの決闘である。ご両人よろしいか?」
向かい合う二人は同時にうなずくと、互いに数歩下がった。
「始め!」
ワッと歓声があがる。
土埃を後に残し、一気に距離を詰めたのは、なんとスンノの方だった。観衆もエセルも、そしてケニスでさえ目を見開いた。
低い姿勢を保ったまま、蹴りが放てない距離まで密着すると、畳んでいた右腕をまっすぐケニスのあごに向けて繰り出す。しかし戦慣れしているのは容貌だけではない。ケニスはわずかに体をひねって掌底をかわし、伸び切った右腕を掴む。…はずだった。
「速ぇっ!」
誰かが叫んだ。
ケニスの手は空を切り、まばたきをする間にスンノは背後へとすり抜ける。その俊敏さは、まるで狼が獲物に飛びかかるが如きであり、小綺麗な普段のスンノからは想像できない荒々しさだった。
後ろを取られたことを認識するや、ケニスは空振った右手を握り込みスンノの頭の高さめがけて裏拳を振り回した。袖口まで伸びた鎖帷子は、その重さも相まりどこかに当たればダメージを与えられる。当たらずとも相手に距離を取らせ、仕切り直しを狙った一撃だった。
「ちッ、チョコマカとよく動く!」
ケニスの予想では、後ろに下がるか、しゃがんでかわすかのどちらか。運よく当たれば体重の差で吹っ飛ばせる。
「はっ!」
スンノが選んだのはどちらでもない。勢いづいた裏拳を、その手首を爪が食いこほどに掴み、勢いの方向を変えた。同時に振り向きざまで不安定な足元を蹴りで刈り払う。
ケニスの視界が回転した。
「おおっ!」
ケニスの裏拳とスンノの蹴りの勢いが合わさり、不可思議な動きで巨体が宙を舞った。ジャラリと鎖帷子が音を立て、背中から地面に落下した。次にケニスが見たのは、鼻先に突き出されたスンノの拳である。
「まだやりますかな?」
「…参った。」
時間にすれば十秒も経っていないだろう。だが、圧倒的な技量の差を見せつけられ、これ以上続けても無駄だと恐怖したケニスに、それ以外の言葉は思い浮かばなかった。
「ケニスの降参によって、勝者はスンノとする!」
エセルの声が響く。呆然とした様子のケニスの仲間達。あまりの短さと、予想とは真逆の結果に観衆からはどよめきが起こった。
「エセル殿にはお手数をおかけしました。ありがとうございます。」
「いえ、あの程度大したことではありませんよ。」
観衆も去り、ケニス達も規定通りの買取代金を受け取って組合事務所を去っていった。「職員があんなに強いとは思わなかった。」とボヤいていたらしい。
「…スンノ殿、正直に言って俺も彼と同じです。あなたを見た目だけで戦う人ではないと思っていました。無礼を謝罪いたします。」
気まずそうにエセルは頭を下げた。腕っぷしには自信はあったが、人をみる目はまだまだだ、と悔恨が残る。
「気になさらず。よくあることです。まあ、決闘が避けられない以上、もしもに備えて準備をするのも必要な仕事ですからな。」
一体どれほどの回数を重ねれば、決闘を仕事と感じられるようになるのだろうか?随分と謙遜しているが、ケニスをあしらったスンノの実力は歴戦の戦士並と言ってもよい。しかもまだ本気を隠している。
組合の職員を魔獣討伐に繰り出した方がよっぽど効果があるんじゃないだろうか?
「はあ、思った以上に忙しいもんですね。買取交渉から決闘まで。魔獣と遊んでる方が楽に思えるくらいだ。」
エセルは感心半分、呆れ半分の気持ちでスンノに笑いかけた。
「おかげで退屈することはありません。」
ニヤリ、とスンノはその日一番の笑みを見せた。
「それが組合職員の日常ですので。」




