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魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す  作者: ぽんぽこライフ


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魔法では守れない

 魔法照明が、瞬いた。


 一度ではない。二度、三度——教室を照らす光球が痙攣するように明滅を繰り返す。天井に刻まれた魔法陣の紋様が、蒼白い光を放っては消えた。


「え、なに……?」


 リリアーナが手元のノートから顔を上げた。周囲の生徒たちも戸惑いの視線を交わしている。


 鉄心は窓の外を見ていた。


 空が、おかしい。先ほどまで薄く輝いていた結界の光幕が、破れた布のように波打っている。あの光が消えたのは、ほんの数日前だ。一瞬だけ。だが今度は——消えるどころか、歪み続けている。


「全教員、至急大講堂へ!」


 セレナが教室の扉を開けた瞬間、伝心魔法による緊急通達が響きわたった。普段は感情を見せない彼女の声が、僅かに上ずっている。


「生徒は教室待機。鍵をかけて、絶対に出ないでください」


「セレナ先生、何が——」


「……結界維持装置のマナが、急激に低下しています」


 教室が凍りついた。結界とは、学院を守る最後の砦だ。それが揺らぐなど、三百年の歴史で一度もなかったはずだ。


 セレナの視線が、一瞬だけ鉄心を捉えた。何かを言いかけ——やめた。足早に廊下へ消えていく。


 鉄心は席を立ち、窓に歩み寄った。


 結界の揺らぎが、さらに大きくなっていく。まるで水面に落ちた石の波紋のように、光の膜が同心円状に歪んでは戻り、歪んでは戻る。だが次第に、戻りが浅くなっている。


 ——嫌な予感がする。


 体育教師の直感が、背筋を撫でた。体育祭の前日、突然の雷雨で校庭が水没した時と同じ感覚だ。天気予報も専門家も外したのに、膝の古傷だけが正確に危険を告げていた。あの時と——同じだ。


「鉄心、座っていなさい」


 リリアーナの声に振り返る。碧い瞳が不安を隠しきれていない。


「おう。でもよ——」


 鉄心は窓の外を指さした。


「あの結界、もたねえぞ」


「……根拠は?」


「根拠っつーか、なんつーか——体が言ってる」


「あなたの体は予言装置ですの?」


 いつもの調子でツッコミを入れるリリアーナだが、指先がスカートの布を握りしめている。彼女にもわかっているのだ。数日前の一瞬の消失は、前触れに過ぎなかったと。



  ◇



 大講堂では、ヴァルターを中心に五名の上位魔導士が結界維持装置を囲んでいた。


 装置の中心——巨大な魔水晶の輝きが、目に見えて衰えている。かつては部屋全体を照らすほどだった光が、今は蝋燭ほどの頼りなさだった。


「マナ残量、通常時の三割を切りました」


「注入量を上げろ。全員の魔力を総動員する」


 ヴァルターの声は鋼のように硬い。白髪が魔力の余波で逆立ち、老いた瞳の奥に焦りが滲む。


 その時、地面が揺れた。


 遠く——しかし確実に、森の方角から重い振動が伝わってくる。足裏から骨を伝い、内臓を揺さぶるような低周波。数日前に森から響いた、あの咆哮と同じだ。


「森から反応! 複数——四、いや五体以上!」


 索敵魔法を展開していた教師が悲鳴に近い声を上げた。


「迎撃班、出撃!」


 先遣の教師三名が飛び出す。上空から火炎魔法を叩き込み、氷結魔法で足止めする——定石通りの迎撃だった。


 轟音が響いた。だが、その後に続くべき魔獣の断末魔はない。


 代わりに聞こえたのは——


「魔法が……効かない!?」


 悲鳴だった。


 鉄心は教室の窓から、その光景を見ていた。


 教師たちの放つ炎が、森の縁に見える黒い影に着弾する。爆炎が上がり、衝撃波が木々をなぎ倒す。だがその煙の中から、影は平然と歩み出てきた。甲殻に覆われた巨体に、焦げ跡一つない。


 隣でリリアーナが息を呑んだ。両手で口元を覆い、碧い瞳が見開かれている。言葉が出てこないのだ。


「あの甲殻……魔力を弾いてる?」


「辺境で聞いた話だ」


 鉄心の脳裏に、セレナの言葉が蘇る。魔法が効きにくい場所。魔力枯渇域。そこで育った魔獣は——


「魔法に、耐性がある」



  ◇



 窓の外で、結界に亀裂が走った。


 光の膜が裂け、そこから最大の一体が姿を現す。体長十メートルを優に超える甲殻魔獣。漆黒の外殻が鈍く光り、六本の脚が大地を踏み抉るたびに地鳴りが走る。腐った卵に似た瘴気が、割れた窓から流れ込んできた。


「——全火力、集中!」


 上位教師が最大詠唱の魔法を叩き込んだ。雷撃、炎柱、氷槍——あらゆる属性が甲殻に激突し、閃光が中庭を白く染める。


 光が消えた後。甲殻魔獣は——微動だにしていなかった。


「……嘘、だろ」


 教師の声が震えていた。


 中庭の端で、人影が動いた。マルクスだった。


 腰が抜けて動けなくなった下級生二人の前に、マルクスが立ちはだかっている。杖を構える手が震えていた。唇は色を失っている。だが——退かない。


「ど、どけ……! 貴族が、平民の前で退くわけには——」


 あの裁定戦の後、鉄心の背中を何度も見た。倒されても倒されても、立ち上がる男の姿を。その記憶が、震える膝を叱りつけていた。


 甲殻魔獣の前脚が振り下ろされた。マルクスの障壁魔法は紙のように砕け、細い体が宙を舞う。壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。


「マルクス!」


 カイルが駆け寄り、負傷した下級生を両腕に抱えて走る。


「学院長! 迎撃を——」


「結界を離れれば完全崩壊する!」


 ヴァルターの声が、初めて苦悶に歪んだ。最強の魔導士が、動けない。結界を支え続けなければ、残りの変異種がなだれ込む。だが、目の前の一体すら魔法では傷つけられない。


 ——認めたくはない。だが、これは……魔法では守れない状況だ。


 その事実が、白髪の大魔導士の胸を貫いた。


「学院長は結界を! 生徒の避難は私が!」


 セレナが叫ぶ。


 リリアーナは窓枠を蹴って中庭に降り立っていた。全魔力を注ぎ込んだ最大詠唱。空気が帯電し、銀髪が逆立つ。


「穿て——『天裁の雷槍』!」


 紫電が天から降り注ぎ、甲殻魔獣を直撃した。轟音。閃光。地面が抉れ、衝撃波が残った窓を粉砕する。


 光が晴れる。


 ——ひびすら、入っていない。


 リリアーナの膝が折れた。全魔力を使い果たし、視界が暗転していく。甲殻魔獣が、ゆっくりとリリアーナに向き直った。


 六つの赤い複眼が、無感情に獲物を映す。前脚が持ち上がる。


 ——その時。


 重い足音が、中庭に響いた。


 鉄心が、歩いてきた。


 窓枠を掴み、石壁ごと握り砕いて飛び降りる。地面を踏みしめ、腰から外した拳甲を両手に嵌めた。星鉄鋼の漆黒が、鈍い光を返す。


 ゆっくりと、拳を握る。


「みんな、下がってろ」


 いつもの「おう!」でも「なんとかなるだろ!」でもなかった。


 低く、静かで、有無を言わさない声。


 体育教師が——生徒を守る時の声だった。


 前世の記憶が重なる。台風の夜、校舎の窓が割れた体育館。震える生徒たちの前に立った時、自分は何を考えていた? 何も考えていない。体が勝手に動いた。それだけだ。


 あの時と同じだ。


 守るべきものが、目の前にある。


 鉄心が、一歩を踏み出した。


 踏み込んだ瞬間、足元の地面が沈み込み、衝撃が同心円状に広がって周囲の瓦礫を弾き飛ばした。全身の筋繊維が膨張し、制服の袖が弾け飛ぶ。


 そして——拳甲の星鉄鋼が、蒼い光を放ち始めた。


 微かに。しかし確かに。脈動するように明滅するその輝きは、魔法のそれとは異質な、もっと根源的な力の発露だった。


「あの光……」


 リリアーナが地面に手をついたまま見上げる。瞳が大きく見開かれていた。


「残留マナが……反応して……?」


 結界修復に全神経を注いでいたヴァルターの指が、止まった。


 ——馬鹿な。あれは魔力ではない。ならば、あの輝きは——何だ?


 甲殻魔獣が咆哮した。空気が震え、瓦礫が跳ねる。


 鉄心は、笑った。


 拳を——構えた。

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