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魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す  作者: ぽんぽこライフ


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筋力999——ただし、それだけ

 古い木の扉を押し開けた瞬間、インクと羊皮紙の乾いた匂いが鼻を突いた。


 カルデンの住民登録局は、石造りの質素な建物だった。壁に沿って長椅子が並び、窓口の奥では測定官らしき痩せた男が書類を捌いている。天井近くに張られた魔法灯が、青白い光で室内を照らしていた。


 待合の長椅子には数人の住民が座っている。皆一様に華奢な体つきで、鉄心が入った途端、まるで珍獣でも現れたかのように視線が集まった。


「……なんだ、あの図体」


「傭兵くずれか? この街じゃ見ないな」


 ひそひそ声が耳に届く。鉄心は気にせず、にかっと笑って窓口に歩み寄った。


「すんません、ステータス鑑定ってここでいいっすか?」


 測定官が顔を上げた。銀縁の眼鏡の奥で、鉄心の体格を値踏みするように目が細まる。窓口の横の壁には『王国法第七条:魔力の有無に関わらず、全ての居住者は登録の義務を有する』と刻まれた銅板が掲げられていた。


「……ええ、ここで合っています。住民登録と能力測定を同時に行います。まず、こちらの水晶玉に手を」


 カウンターの上に、拳ほどの大きさの透明な球体が置かれていた。内部に淡い光の粒が漂っている。


「これに触ればいいのか?」


「ええ。魔力属性と適性を鑑定します。力を込める必要はありません」


 鉄心は右手を水晶玉にそっと乗せた。


 一瞬——ほんの一瞬だけ、球体の奥で微かな光が揺れた。蝋燭の火が風に煽られるような、かすかな明滅。


 だが次の瞬間、水晶玉は完全に沈黙した。光の粒が一つ残らず消え、ただの硝子球になり果てる。


「…………」


 測定官の眉がぴくりと動いた。


「もう一度、お願いします」


「おう」


 再び手を乗せる。結果は同じだった。水晶玉は死んだように暗い。


 測定官は手元の羊皮紙に目を落とし、万年筆を走らせた。


「火属性——ゼロ。水属性——ゼロ。風、地、光、闇——全属性ゼロ。魔力総量——ゼロ」


 待合から、くすくすと笑い声が漏れた。


「ノーマジックか。可哀想に」


「あの体でねぇ。せめて魔力があれば使い道もあろうに」


 哀れみの視線が背中に刺さる。だが鉄心は首を傾げただけだった。


「まあ、魔力がねえのは知ってたしな」


「……では、身体能力測定に移ります」


 測定官の声は明らかにやる気を失っていた。形式的な手続きを済ませるだけ、という顔だ。


 奥の測定室に通される。壁際に様々な魔道具が並んでいた。ふと、入口横の壁に一枚のポスターが目に留まる。


『グランドール魔法学院 第217期入学試験案内 ——魔法の未来を拓く者、求む』


 華やかな装飾文字と、壮麗な学院の絵。鉄心はちらりと見ただけで視線を戻した。



  ◇



「まずは握力測定です。この球体を握ってください」


 差し出されたのは、金属製の球体だった。表面に刻まれた魔法陣がうっすらと光っている。


「思いっきり?」


「ええ、全力で構いません。魔道具が数値を——」


 ぎちっ。


 鉄心が球体を握った瞬間、測定官の言葉が途切れた。


 球体の表面を走る魔法陣が、異常な速度で明滅を始める。ぴきっ、と硝子が割れるような音が室内に響いた。


「ちょ——離して、離してください!」


 ミシミシミシ。金属の球体に、蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていく。測定官の顔から血の気が引いた。


「あ、悪い。加減がわからなくて——」


 ばきん。


 球体が音を立てて二つに割れた。破片が床に転がり、内部の魔法回路が火花を散らす。


 待合室から覗き込んでいた住民たちが、ぽかんと口を開けた。


「……つ、次。跳躍測定です」


 測定官は引きつった笑みを浮かべながら、天井の高い測定エリアを指した。床に魔法陣が刻まれており、跳躍高度を自動計測する仕組みらしい。


「思いっきり跳べばいいんだな?」


「え、ええ。一般的には五十セルマ程度で——」


 鉄心は軽く膝を曲げた。


 どん。


 石の床が蜘蛛の巣状にひび割れ、鉄心の巨体が矢のように天井に向かって射出された。


 ごんっ。


 鈍い音が測定室に響き渡った。天井の石材がぼろぼろと崩れ落ちる。鉄心は頭を押さえながら着地した。


 一瞬、黙った。自分の脚を見下ろす。前世でも跳躍力には自信があった——だが、ここまでだったか?


「……天井、何メートルっすか」


「よ、四メートルですが!?」


 測定官の声が裏返った。


「……は、はい。最後に持久力測定です。この上を走ってください」


 示されたのは、魔法で動く走行台——魔法トレッドミルだった。走者の速度に合わせてベルトが加速する仕組みになっている。


 鉄心が走り始めた。最初は軽いジョギング。


「おっ、これ楽しいな」


 速度を上げる。魔法トレッドミルのベルトが唸りを上げて回転速度を増す。魔法陣が激しく明滅し、焦げた匂いが漂い始めた。


「あ、あの、もう十分——」


 ぶしゅう。


 白煙を吹いて、魔法トレッドミルが停止した。ベルトの端が焼け焦げ、動力部の魔法石が真っ二つに割れている。


 測定室が静まり返った。


 測定官は震える手で羊皮紙を持ち、壊れた計器の残骸から数値を読み取った。額に脂汗が浮かんでいる。


「……筋力値——表示上限を、超えています」


「え? どういうこと?」


「我々の測定器は三桁までしか対応しておりません。表示は——九九九。測定限界です」


 測定官が無言でステータスカードを差し出した。薄い金属板に、魔法文字が刻まれている。


 『魔力:0/筋力:999(測定限界)』


 数秒の沈黙。


 そして——待合室から覗いていた住民たちが、一斉に吹き出した。


「筋力だけカンストって、何の冗句だ!」


「魔力ゼロの力持ち! 荷運びにでも雇うか?」


「ノーマジックの中でも最底辺だろ、こりゃ」


 腹を抱えて笑う者。涙を拭う者。鉄心を指差してひいひい言う者。


 測定官だけが笑っていなかった。手元の古い参照書をめくり、何かを確認するように目を走らせている。


「こんな数値は古代の記録にしか……」


 呟きかけて、はっと口をつぐんだ。鉄心が振り向いたときには、もう書類に目を落としていた。


「いえ、何でもありません。登録は以上です」


 鉄心はカードを光にかざして眺めた。999の数字が、魔法灯の光を反射してきらりと光る。


「おお、999って最強っぽくないか? ゲームならカンストって大当たりだろ!」


 誰も賛同しなかった。



  ◇



 夕暮れのカルデンは、紫がかった空に魔法灯の光が点々と浮かび始めていた。石畳を歩く鉄心の影が、長く伸びる。


 宿探しは難航した。


「申し訳ございません。魔力証明のない方にはお部屋をお貸しできません」


 三軒目の宿の女将が、申し訳なさそうに——しかしきっぱりと扉を閉めた。


 四軒目。


「ノーマジック? うちは魔法使い専門だよ。他をあたんな」


 五軒目。


「筋力999? ……ぶふっ。いや悪い、笑っちまった。でもダメだ、規則でね」


 登録局は王国法で全ての居住者を受け入れる義務があった。だが宿は私営だ。誰を泊めるかは店主の裁量に委ねられている。魔力証明がなければ信用もない——それがこの世界の常識だった。


 鉄心はステータスカードをポケットにしまい、空を見上げた。二つの月が昇り始めている。片方の月がわずかに暗く、ちらちらと明滅していた。昨夜も見た現象だ。


「まあ、野宿も嫌いじゃねえしな」


 呟いて、大通りから外れた路地に足を向けた。壁際にでも寝転がれる場所を探そうとした、そのとき。


 かん、かん、かん。


 金属を叩く音が、路地の奥から聞こえてきた。


 一定のリズム。力強く、しかし丁寧な打撃音。鉄心の耳には馴染み深い響きだった。前世で体育館の備品修理を手伝ったとき、用務員の爺さんが鉄を叩いていた音と、どこか似ている。


 かん、かん——かん。


 鉄心の足が、自然とそちらに向いた。


 路地の奥、赤い光が揺れている。炉の炎だ。熱気が頬をかすめ、焼けた鉄の匂いが鼻腔を満たした。


 そこに、小さな影があった。

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