第五花「紫」
武田もこちらに気づいたようで、長篠を殴る手を止めた。
「なんだぁ?…ああ、こいつに庇ってもらって後ろに隠れてたやつか!」
興奮している。少ししか使ってないのに、こうなるとはなんとも不遇な異能だ。
「蓮!こっちに来るな!」
「うるせぇ!お前は黙ってろ!」
「がっ!?」
背中に穴が開いたのかと思う程の衝撃。
武田を睨みつける。
「おうおう、どうした?そんな怖い顔して?安心しろ、こいつをのした後にお前はこき使ってやるよ!」
長篠にもう一撃入れた。
「…お前は、威張るためだけにそんな力を持っているのか?」
答えなどわかっていた。でも、聞いた。
「何言ってんだ?強き者が弱き者を従えるのは当然だろ?」
当然だと言わんばかりの顔だった。
笑いが込み上げてきた。失笑という名の。
「聞いたこちらがバカだったよ。可哀想に、同情するよ」
それを聞いた武田が突っ込んできた。
「異能も使えないような奴が、俺を下に見んじゃねぇ!」
殴りかかるコンマ一秒。
ーー全員の目が、閉ざされた。
殴りかかる武田でさえも。
全員の目が開かれる。
そしてそこには、狐の仮面を被り、薄紫の髪の少女が立っていた。
「は!?」
武田が気づいた時には、少女は背後に回っていた。
そして、蹴りを四発叩き込んだ。
武田は倒れる。
長篠はその様子を、ただ見ていた。
蓮が女子高生になった?どういうことだ?状況がわからない!
混乱する長篠だったが、一つだけ分かっていた。
周りの野次馬も、気づく。
「…ねぇ、あの仮面って紫苑の紫のじゃない?」
「本物か!?確かに…急に現れたし、本物っぽいな!」
「あの武田を、一瞬で倒したし!」
周りが騒ぎ出す。
テレビにも出たことがない。日本中を見ても、声を聞いたことがあるのも、一部しかいない。
ただ、ネットに上げられた一枚の画像。それだけが紫の唯一の情報だった。
そんな存在が、いきなり目の前に現れたら誰だって興奮するだろう。
少女(蓮?)は、長篠に近づく。
「蓮、なのか…?」
少し間を置いた後、答えが返ってくる。
「私は蓮であって、蓮じゃないよ」
ひどく、澄んだ声だった。聞く者を魅了させるような。
蓮の声じゃない。性別だって違う。
でも、蓮を思わせる何かがあった。
「ごめんね、今まで騙してて」
なんて答えるのが良かったのか。
言葉が、出ない。
その時、後ろで地面が爆ぜた。
「紫苑の、紫だぁ?適当な事言ってんじゃねぇ!」
興奮状態が、さらに高まる。
「さっきは油断しただけだ!本気を見せてやらぁ!!」
目が血走り、筋肉が膨張する。ただ、その瞳に、理性は灯っていなかった。
少女めがけて一直線に突っ込む。
「はぁ…」
ため息を一つ。そして、手に木刀を呼び出した。
そして武田と衝突ーーしたかのように見えた。
武田はそのままバランスを崩し、そのまま倒れた。
周りの生徒は、何が起きたか分からなかっただろう。
しかし、長篠には見えていた。
(武田を避け、横から首を木刀で叩いて失神させたんだ…)
一分の隙もなかった。
普段指導を受けている七華の人間とは比べ物にならなかった。
圧倒的な差があった。
少女は、もう一度長篠の方に振り返った。
「今まで友達でいてくれて、ありがとう」
長篠は、ただ、少女を見上げていた。
周りの喧騒が、ただ風のように耳を通り抜けていった。




