第二十六花「お礼」
「ここは私たちに任せてください。せっかく取られた休日なのですから」
到着した七華の部隊に後処理を引き継ぐ。
私たちは車に乗り、昼食へと向かった。
「さっきの…蕾でも勝てるか怪しかったわ」
橙がそう言う。
「私たちがいてよかったわね〜。あれは十弱といったところだったから」
赤の言う通りだ。あの鬼は私たち以外では被害が出るレベルだ。
蕾では八、どんなに頑張っても九に勝てるくらいだ。
「…それにあの鬼、最後何かの意思を感じた」
私がそう言うと、
「前に言っていた「黒」というのが怪しいわね」
赤も私と同じ考えのようだ。
その時、お腹の鳴る音が車に響く。
橙が顔を赤らめる。しかしすぐに、
「少し動いたからお腹が減ったわ!」
清々しい宣言が放たれたのだった。
その後は昼食を取り、雑貨屋を巡り、また服屋に行ったりした。
楽しかった。そしてさらに強く胸が締め付けられた。
夕方になり、そろそろお開きになると思ったら、橙が運転手さんに何やら場所を伝えていた。
伝え終わると、こちらを向き、
「私のオススメの場所に連れて行ってあげる!それが私からの復帰祝いよ!」
夕暮れの街並みの中、車が走る。
通り過ぎていく景色は、どれも暖かく、かけがえのないものだった。
しかしそれは、脆い硝子の器でもある。世界の影に、魔が存在する以上。
また、胸の奥に影が差した。
「着いたわ!ここよ!」
そこは、山の上にある廃れた神社だった。
この神社は、確かーー。
そこまで思ったところで、橙が手招きをした。
「こっちにきて!」
「おお……」
西の山端に陽が落ち、遠く霞む海と街が夕映えに染まっていた。
「きれいねぇ〜」
赤も満足と言った様子でその景色を見ていた。
少しの沈黙が流れた。
最初に口を開いたのは、橙だった。
「……ねぇ、紫。この場所、覚えてる?」
もちろん覚えているとも。
「えーっと……どこだっけ?」
揶揄うと、橙の横に「ガーン」というテロップが見えた気がした。
「冗談だよ、もちろん覚えてる。私が、あなたに初めて会った場所」
そう言うと、少し安心したような顔をした。
四年前、橙はこの場所が遊び場だったそうだ。
自分の異能が「秋風」だということもあって、風を祭るこの場所で一人で練習していたのだとか。
そして私と会った日。いつもより夢中になって、眠ってしまったのだとか。
そこに魔が現れた。おそらく自然発生だろう。
一撃、攻撃を受けてしまった。
その後は橙に興味を失い、神社を破壊していった。
橙はその間、傷に顔をしかめ、傷口を服で無理やり抑えることしかできなかったそうだ。
しかし一通り破壊して、また橙の前に戻ってきた。
そこで駆けつけたのが私だったというわけだ。
刀を一振り。そこまでレベルの高い魔でもなかったから、一瞬で終わった。
その様子を見た当時中学生の橙は、私にこう言った。
「あなた強いわね!でも、私が追い抜かすわ!今に見てなさい!」
初対面で何を言っているのだと思いながらも、傷の様子を見る。
腕から血が流れているが、大した傷ではなかった。
「送ってあげて、私は別の場所に行くから」
遅れてきた一緒に行動していた隊員に声をかける。
「それじゃ」
それだけ言い、私はその場を後にした。
「あの時は…お礼を言えてなかったわ」
珍しく静かに話し出した。
「本当は言うべきなのにね…私も人を助けれるようになって、初めてお礼を言われた時、気づいたわ」
そして私の目をまっすぐ見て、
「…こんなにも、嬉しいものなんだって。お礼を言ってくれた人の安堵と笑顔…それだけで私もつい笑顔にさせられたわ。……だから!」
私は黙ったまま話を聴く。
「私にも言わせてほしい。そしてあなたにも感じてほしい。…さっきの鬼の時だって、感謝の声の中で一人だけ暗い顔をしてたのを私は知ってるわ」
見られていたか。サングラスとマスク越しでもそういうのはわかるんだな。
「あなたが過去に何があったのか、私は知らない。でも、何かはあるんでしょう?だって、あんな顔をするんだもの」
…そうだよ。その言葉は口には出さない。でも、それだけで伝わる。
「でも!」
「何があったってあなたを軽蔑したり、咎めたりしない!だってあなたは!戦ってるから!」
赤も頷いていた。
「だから、言わせて」
そして私をまっすぐ見据え、太陽のように明るい笑顔で言った。
「ありがとう。私を助けてくれて!」
胸の奥が熱くなる。私が長年避けてきた言葉。私が貰うべきではないと思っていた言葉。
……ほんとだ。私も笑顔が溢れてきた。
私が仮面を被り、顔を隠し続けてきたのは、逃げてきた証拠だ。
狐のように、化け続けて、ごまかし続けた。
私の、歪めた認識が露見し、私の犯した業が漏れないように。
私は気がつけば、サングラスとマスクを取っていた。
赤と橙の驚いた様子が目に入る。
「ありがとう。私も、私を見捨てないあなたを信じることにしたよ」
そう言って、笑顔を見せる。
「私にお礼を言ってくれて、ありがとう」




