第十花「届かぬ背」
色同士が相対する。
空気が震える。
(橙は稽古をつけた事がない…戦い方は知ってるけど、油断は禁物だね)
知っている事と、体験する事には雲泥の差がある。
そう思いつつ、置いてあった木刀を手に取る。
「色相手に木刀?」
橙が少し不機嫌そうに言ってくる。
「危なくなったら真剣使うよ」
木刀を振り、感覚を確かめる。
「じゃあ…」
その言葉と共に、橙が前から消える。
もう、背後に回っていた。
「あなたに異能も使わせてから、倒すわ!」
その言葉と同時に、衝撃が襲う。
木刀でそれを受け、空中で身を回転させ、着地する。
ーーなるほど。今のが「秋風」の能力か。
橙の異能ーー「秋風」。風を自由に扱う能力。今の衝撃は、風を飛ばしたものだろう。
木刀には、すでにヒビが入っている。
そのまま、橙が次の攻撃へと移る。
橙が、私を囲うように変幻自在に動く。
ーー速い。おそらく風を身に纏って移動している。
風の斬撃が四方八方から飛んでくる。
木刀でそれをいなし続けるが、木刀の方が先に折れるのは明らかだった。
ーー折れる前に一発入れようかな。
そう思い、一瞬で橙の前に踏み込む。
完全に虚をついた。そう思い、木刀を振る。
が、橙は想定済みという顔をして振られる木刀を風の斬撃で完全に折り、さらに私に三発蹴りを叩き込んだ。
風を纏った蹴りは、とても重かった。
「…まさかカウンターをくらうとは思ってもみなかったよ」
そう言い、折れた木刀を見る。
「さあ、次は真剣よ!さっさと持ってきなさい!」
だいぶご満悦のようだ。
このまま真剣で続けてもいいがーー
「うーん、素手でいいや」
「え!?」
再び距離を詰める。
橙は予想外だったのか、対応が一瞬遅れた。
私はその隙を見逃さない。
風の斬撃を避け、目の前まで到達する。
「強くなったね。…でもまだまだだよ」
そう言いながら手を橙の首に当てる。
「はい、私の勝ち。真剣だったら今頃真っ二つだよ」
橙は少し黙っていたが、急に覚醒したかのように大声を上げた。
「違うわ!今のは…そう!真剣でくると思っていたから動揺しただけよ!」
目の前で大声を出されるのは、たまったものじゃない。蕾二人の方へと向かう。
「いい?実戦において、予想外は必ずあるものだと思っておいた方がいいよ。
じゃないと、こうなるから」
少しだけ顔を橙の方に向ける。
「なにをーーー!!」
橙は置いておいて、蕾二人は真剣な表情で頷いてくれた。
結果は上々。橙の大体の力も知れたしいい機会だった。
「橙に一撃入れられるようになったら、私が直接稽古してあげるよ」
その言葉で、特別稽古は一段落した。
紫が去った稽古場で橙は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
異能を使わせることは愚か、真剣さえも使わせられなかった。
追いついたと思っていた。
しかし、再び終わりの見えない崖の前に立たされた気分だった。
紫の異能は、総監以外誰も知らない。ーー他の色達でさえも。
自分が最初に引き出してやる。その決意が更に高まる。
彼女は決して諦めない。だからこそ、色まで登り詰めた。
彼女は折れた木刀を見た。
そして新たな木刀を手に取り、黙って素振りを始めた。




