ー適性者の選別ー
中央機構・選別区画は、騎士団本部の地下にあった。
普段は立ち入り禁止。
存在だけは知られているが、中で何をしているのかは誰も詳しく語らない場所。
厚い隔壁が閉まる音が、背後で鈍く響いた。
案内されたのは、円形の検査室。
壁一面に錬金式が刻まれ、中央に金属製の台座が一つだけ置かれている。
余計な装飾はない。
祈りも紋章もない。
ただ、機能だけの部屋。
「順番に前へ」
機構職員の指示で、選抜対象者が列を作る。
十数名。
盾部隊、槍部隊、銃部隊、そして少数の独立任務騎士。
レインもその中にいた。
最初の騎士が台座に立つ。
足元の刻印が淡く発光し、細い光の輪が体をなぞるように上昇していく。
頭頂まで到達した瞬間、壁面に数値と波形が走った。
「……適性なし。次」
あまりにも早い。
騎士は何も言われないまま脇へ退かされる。
失格、という言葉すら出ない。
二人目。
「適性:低。補助要員候補」
三人目。
「適性:なし」
四人目。
「適性:中。後方観測候補」
淡々と処理されていく。
選別というより、仕分けだ。
人間を。
資材みたいに。
レインは無意識に、拳を開いて閉じた。
(何を見てるんだ……こいつら)
能力か。
武器適合か。
それとも別の何かか。
やがて、自分の番が来る。
台座の上に立つ。
金属の冷たさが靴越しに伝わる。
「静止」
光が足元から立ち上がった。
細い線が、脚、胴、腕、首へと走る。
皮膚の上ではなく、もっと内側を覗かれているような感覚。
心臓が一拍、強く跳ねる。
その瞬間。
光の色が、わずかに変わった。
白から――薄い蒸気色。
壁面の数値が、一斉に跳ね上がる。
室内の空気が微妙にざわついた。
職員の一人が端末を覗き込み、初めて声の調子を変えた。
「……反応あり」
別の職員。
「コア共鳴率、基準値超過。
武装固有波形……未登録型」
未登録。
その言葉が、胸の奥に刺さる。
光が胸元で一度だけ強く脈動した。
まるで、《ロジカ》の鼓動と同期したみたいに。
(……今、剣が……)
何かが触れた気がした。
記憶の底を、薄く引っかくような違和感。
一瞬だけ。
見たこともない景色が脳裏をよぎる。
暗い施設。
回る錬金炉。
誰かの声。
――「この子は……」
そこで映像は途切れた。
光が消える。
静寂。
壁面に表示された最終判定が、ゆっくり固定される。
適性:高
分類:探索先行要員
備考:中央機構審査対象
室内が小さくどよめいた。
高適性。
しかも備考付き。
職員がレインをまっすぐ見る。
仮面の奥の視線だけが、妙に生々しい。
「台座から降りろ」
短い命令。
レインは無言で従い、列の外へ出た。
背中にいくつもの視線が刺さる。
羨望。
警戒。
不安。
どれも慣れているはずなのに、今日は違った。
(中央機構審査対象って……何だよ)
残りの選別も終わり、対象者は最終的に七名に絞られた。
そのうち、
先行探索要員:三名
後方支援:四名
レインは当然のように、前者に入っていた。
職員が端末を閉じる。
「以上で適性測定を終了する」
淡々とした声。
「先行探索要員には、個別ブリーフィングを実施。
本任務は機密指定とする」
一拍。
「なお」
わずかに間を置いてから続ける。
「本選別結果は、中央機構の過去記録と照合済みである」
レインの喉がわずかに鳴る。
過去記録。
「特に――」
職員の視線が、はっきりレインに向いた。
「被験記録との一致率が高い者については、追加監査を行う」
被験。
その単語だけ、温度が違った。
周囲の騎士がざわつく。
「……被験って何だ?」
「過去記録って……」
だが職員はそれ以上説明しない。
「質問は受け付けない。
任務前に必要な情報のみ開示する」
完全に、線を引く言い方。
知らなくていい。
いや。
知らないまま行け、という命令。
解散の指示が出る。
騎士たちがばらばらに部屋を出ていく中、レインだけが呼び止められた。
「レイン」
振り向く。
仮面の職員が一人、近づいてくる。
小さな金属タグを差し出した。
黒地に、中央機構の刻印。
裏面には短い番号。
「これは?」
「先行探索要員識別タグ。常時携行しろ」
受け取った瞬間、タグが微かに温かくなる。
まるで体温を読んでいるみたいに。
「紛失するな」
職員はそれだけ言って、踵を返す。
去り際、ぽつりと。
「……やはり生き残っていたか」
ほとんど独り言みたいな声。
だが、確かに聞こえた。
「待て」
思わず呼び止める。
職員は立ち止まらない。
「今の、どういう意味だ」
返事はない。
ただ、扉の前で一瞬だけ横顔を向け、
「任務に集中しろ、先行要員」
それだけ残して出ていった。
隔壁が閉まる。
重い音。
残された静寂。
レインは手の中のタグを見下ろした。
黒い金属。
無機質な番号。
そして胸の奥に残る、さっきの違和感。
暗い施設。
回る炉。
誰かの声。
(……俺は)
考えかけて、止める。
今はまだ、繋がらない。
でも一つだけ確かなのは。
この遠征は、ただの任務じゃない。
自分自身の過去に触れる旅になる。
そんな予感だけが、やけに重く沈んでいた。




