ー異変の継続ー
崩壊したわけではない。
燃えているわけでもない。
むしろ――整いすぎていた。
命令は速く、
違反は消え、
記録は修正され、
人々は理由を知らないまま従う。
帝国騎士団は
国を守る剣ではなく、
秩序を固定する機構として完成し始めていた。
不可逆の夜以降、
もう誰も「以前の王都」を口にしない。
口にすれば、
それが存在していた証明になるからだ。
⸻
レインは剣を受け取った。
それは志願でも、
任命でもなく、
ただ自然にそこへ置かれていた立場だった。
体制側の剣。
王都統制の実働。
任務は明確で、疑問は不要。
だが――
剣を握るほど、
見えてしまうものがある。
封鎖された区画。
回収される人間。
修正される記録。
存在しないはずの命令経路。
帝国は何を守っているのか。
国家か。
秩序か。
それとも、
止めてはならない何かか。
⸻
一方で、
王女は沈黙し、
影は動き、
七つの罪はまだ姿を見せない。
だが確実に、
世界の裏側は動き続けている。
この章から始まるのは、
戦いではない。
固定されていく現実と、
逃げ場を失っていく選択の物語だ。
王都は静かだった。
だがそれは、平穏ではない。
統制された静寂だった。
広場には以前より多くの騎士が立っている。
巡回の間隔は短く、検問は常設。
市民は列を作り、通行証を見せ、無言で通り過ぎる。
誰も抗議しない。
抗議する余裕がもう無い。
敵性存在の出現は減っていない。
ただ、報告の形式が変わっただけだ。
討伐記録ではなく
発生番号。
封鎖時刻。
回収担当。
保管先。
王都は「守られている」のではなく、
「管理されている」。
そしてその中心に、騎士団がいる。
⸻
レインは騎士団本部の通路を歩いていた。
以前なら、この場所は重かった。
今は違う。
周囲の騎士たちが、彼を見ると自然に道を空ける。
視線に警戒はない。
評価と、期待が混じっている。
もう外部協力者ではない。
臨時戦力でもない。
正式任務対象者。
統制下戦力。
つまり――体制側の剣だ。
扉の前で立ち止まる。
呼び出しは既に届いていた。
短く息を吐き、ノックする。
「入れ」
中には執務官と数名の騎士。
机の上には王都の地図。
赤い印がいくつも打たれている。
「発生が継続している」
執務官が言う。
「封鎖区域外でも、散発的に敵性存在が確認された。
従来の巡回では追いつかん」
別の騎士が続ける。
「よって、機動対応班を再編する。
お前を中核に据える」
レインは一瞬だけ黙る。
「……俺が?」
「蒸気兵装の適応率、戦闘記録、即時錬金の実績。
どれも王都内では代替が利かない」
書類が机の上を滑ってくる。
任務証。
識別符。
統制コード。
正式配属の証だ。
「受ければ、お前は王都直属の戦力になる」
「拒否権は?」
執務官は淡々と答える。
「無いわけではない。だが――」
言葉を区切り、視線を上げる。
「拒否した場合、王都の外での自由行動は制限される。
保護対象として管理下に入る」
選択肢の形をした確認だった。
実質は、確定事項。
レインは書類を見る。
自分の名前。
騎士団の印。
任務範囲。
気付けば、ここまで来ていた。
守るために動いたはずが、
守る仕組みの側に立っている。
あの時の王都。
崩れた均衡。
市民に囲まれたアッシュ。
言葉を失ったエリス。
全部が、ここに繋がっている。
レインはペンを取る。
ほんの一瞬だけ手が止まる。
それでも――署名した。
「……了解だ」
執務官が小さく頷く。
「これよりお前は、王都機構騎士団・機動対応班所属。
統制コードは即時発効する」
隣の騎士が新しい腕章を差し出す。
重くはない。
だが、外すことは簡単じゃない重さだった。
⸻
本部を出ると、外は夕暮れだった。
王都の鐘が鳴る。
閉門時刻の合図。
門が閉まる音が、遠くで響く。
その音を聞きながら、レインは空を見上げる。
閉じていく街。
固定されていく役割。
進み続ける異変。
止まっていない。
終わってもいない。
ただ――続いている。
「……これが、今の世界か」
小さく呟いた時、
背後で騎士が走ってくる。
「機動対応班!出動要請!」
「南東区画、未登録反応!」
もう始まっている。
レインは振り返る。
腕章を確かめ、蒸気武器に手をかける。
迷いは消えていない。
だが、動きは止まらない。
「場所は?」
「旧搬送路付近!」
レインは短く頷く。
「……行く」
走り出す。
王都の石畳を踏みしめながら、
自分がどちら側にいるのかを、もう一度確かめるように。
異変は終わらない。
そして彼も、もう外側には戻れない。
――異変は、日常として続いていく。




