ー機構の心臓ー
地下へ続く昇降機は、音を立てなかった。
王都の中央機構庁舎、その最下層。
通常の騎士団ですら立ち入らない区画。
壁面に刻まれた封印符と蒸気管の列が、ここが単なる施設ではないことを物語っている。
レインは無言で前を見ていた。
背後には数名の機構騎士。
命令は単純だ。
「中央機構・封鎖区画の最終確認」
討伐でも回収でもない。
確認。
それが逆に、嫌な予感を強めていた。
重い隔壁の前で、機構騎士の一人が認証装置に手を置く。
蒸気が短く噴き、内部の錠が順に解けていく。
低い振動。
隔壁が、ゆっくりと開いた。
中は――静かすぎた。
広大な空間。
天井は見えず、無数の管とケーブルが闇に溶けている。
中央にあったのは、都市一つ分の機構を凝縮したような巨大構造体だった。
球体にも、心臓にも見える。
脈動していた。
ドクン。
わずかに、赤い光が走る。
その拍動に合わせ、周囲の蒸気管が微かに震える。
レインの喉が、無意識に鳴った。
「……これが」
誰も答えない。
代わりに、壁面の表示板が自動で起動した。
《中央維持機構:稼働中》
《都市生命循環:正常》
《兵装生成ライン:待機》
《素材供給率:基準内》
素材供給。
その文字が妙に引っかかった。
レインは構造体へ一歩近づく。
足元の床は金属ではなく、どこか柔らかい感触があった。
見下ろす。
床の下。
半透明の層の向こうに、何かが並んでいた。
人型。
眠っている。
いや――固定されている。
無数の人体が、管に接続され、静かに浮かんでいる。
子供も、大人も、兵も、市民も区別がない。
胸部から伸びた細い導管が、中央の“心臓”へと繋がっていた。
理解が、遅れてやってくる。
ここは発電所じゃない。
ここは工場でもない。
「……都市を動かしてるのは」
レインの声が、乾く。
「人間……?」
背後の機構騎士が、事務的に答えた。
「正確には、“適性素材”です」
感情のない声。
「都市維持には膨大な魂素が必要となります。
国家機能・防衛機構・兵装錬成ラインの安定稼働のため、中央維持機構は不可欠です」
不可欠。
つまり――
「これが止まれば」
「王都は数日で機能停止します」
淡々とした説明。
「したがって帝国は、この中枢を最優先で保護します。
国家そのものよりも」
国家よりも。
レインは中央の脈動を見つめた。
ドクン。
ドクン。
それは確かに、都市の心臓だった。
だが同時に――
巨大な、墓のようにも見えた。
その時だった。
照明が、一瞬だけ落ちた。
次の瞬間。
中央の球体表面に、亀裂のような黒い線が走る。
警告音。
《異常波形検知》
《外部干渉》
《識別不能信号》
空気が、冷えた。
レインの背筋を、言いようのない悪寒が走る。
球体の表面に、何かが映る。
鏡のように歪んだ光。
そこに浮かんだのは――
人の輪郭。
いや。
王冠。
脊椎のように連なった白い構造が、ゆっくりと形を取る。
声が、直接頭の奥に落ちてきた。
『――まだ動いているのか』
低く、静かな声。
『この都市は、まだ“選別”を続けている』
機構騎士たちが一斉に武器を構える。
「干渉源確認! 七罪級反応――!」
言い切る前に、表示板が書き換わる。
《裁定信号:上位権限》
《指揮系統:一時上書き》
レインの手が、剣の柄を強く握る。
頭の奥で、その存在の名が浮かんだ。
傲慢。
支配。
選別。
――ソヴリン。
声が、再び響く。
『武器を持つ資格があるのは、選ばれた者だけだ』
中央機構の光が、一瞬だけ強く脈打つ。
『その都市は、よく出来ている』
『まるで私の思想を、模倣したかのようだ』
通信が完全に途絶えた。
静寂。
次の瞬間、干渉は嘘のように消えた。
表示板も、警告も、すべて通常状態へ戻る。
だが。
さっきまで確かにあった“気配”だけが、空間に残っていた。
機構騎士の一人が震える声で呟く。
「……七罪が、中央機構に直接……?」
レインは答えなかった。
代わりに、床下の人影を見つめる。
帝国は国家を守っているんじゃない。
この“機構”を守っている。
そして――
七罪は、それを知っている。
いや。
もっと悪い。
興味を持った。
その時、レインの通信端末に、別系統の微弱な信号が入る。
非公式回線。
ノイズ混じりの声。
『……聞こえるか』
低い、かすれた声。
聞き覚えがある。
アッシュ。
『お前も、そこに辿り着いたらしいな』
短い沈黙。
『俺も今、別の座標で“同じ匂い”を嗅いでる』
背後で、別の回線が同時に起動する。
今度は、震えるがはっきりした声。
『レイン……?』
エリス。
『王都の地下じゃない……もっと外側で、機構と繋がった施設を見つけたの』
三つの回線。
偶然とは思えない同時接続。
アッシュが低く笑う。
『……面白くなってきたな』
『どうやら、この国の心臓は一つじゃないらしい』
エリスが息を呑む。
『それって……』
レインは中央の脈動を見上げた。
都市を動かす心臓。
人間を燃料にする機構。
そこへ干渉してきた七罪。
そして今。
三人が、別々の場所で、同じ核心へ近づいている。
戻れない。
もう。
レインは静かに呟いた。
「……次は、外だ」
誰に向けた言葉でもない。
だが回線の向こうで、二人が同時に沈黙した。
理解したからだ。
王都の内側では終わらない。
この機構の正体も。
七罪の意図も。
自分たちの立場も。
すべては――
ここから先にある。
中央機構の心臓が、重く脈打つ。
ドクン。
その音は、まるで出発の合図のように響いていた。
⸻
機構帝国騎士団編 I 完
王都は、守られていたのではなかった。
維持されていただけだった。
統制、回収、適性者、中央機構。
見えていた秩序の裏側にあったのは、
止まれば崩れる仕組みと、
崩さないために人を削る論理だった。
レインは剣として任務を受け、
騎士団の現実を知り、
国家の中枢に触れ、
それでもまだ――結論には辿り着いていない。
エリスは祈りを捨てていない。
だが王女として立つ場所は、
確実に狭くなっている。
そしてアッシュは、
別の命令の下で動き続けている。
同じ標的へ向かいながら、
三人はまだ同じ道を選んでいない。
地下で脈打っていた“機構の心臓”は、
帝国が国家そのものではなく、
止められない何かを守っている事実を示した。
さらに――
七罪の一柱が、ついに明確に介入した。
それは偶然ではない。
王都はもはや安全圏ではなく、
ここから先は
内側の問題では済まなくなる。
次巻、機構帝国騎士団編 II。
統制は強まり、
選別は始まり、
剣は持ち主を選び始める。
そして物語は、
やがて王都の外へ向かう。
七罪を追う旅は、まだ始まっていない。
だが――
その準備は、すでに終わりつつある。




