ー適性者ー
旧都市層への降下は、静かに始まった。
帝都外れの封鎖昇降路。
蒸気式の古いリフトが、
軋みながら地下へ沈んでいく。
鉄格子越しに見えるのは、
崩れた壁と、配管と、
そして時折残る黒い痕。
レリクト発生時の焼損跡。
誰も口を開かない。
任務は討伐ではない。
回収。
それだけが、異様だった。
⸻
地下第三層。
リフトが止まる。
扉が開いた瞬間、
湿った空気が流れ込む。
副官が端末を起動する。
「この区域から先は、
過去に三度、適性反応が検出されています」
レインが振り返る。
「適性反応……武装属性じゃないのか」
「違います」
副官は少しだけ声を落とした。
「中央機構の分類です。
レリクト化因子に対し
“安定同調”を示す個体」
沈黙。
誰かが小さく呟く。
「……人間が、レリクトに適応するってのか」
「正確には逆です」
副官が続ける。
「レリクト側が、
その個体を拒絶しない」
⸻
隊は慎重に進む。
照明弾が暗闇を白く裂く。
床には古い識別ライン。
壁には番号。
途中、
崩れた簡易診療室の残骸が現れた。
錆びたベッド。
散乱した書類。
レインが一枚を拾う。
紙は半分焼けているが、
文字は読めた。
『適性試験記録』
その下に並ぶ数字。
年齢。
脈拍。
同調率。
そして赤字の判定。
『即時喪失』
レインの指が止まる。
「……喪失?」
副官が静かに言う。
「試験中に
生命維持不能となった例です」
「試験って、
何をした」
答えはすぐには返らなかった。
代わりに、
別の騎士が奥から声を上げる。
「こっちにもある!」
⸻
部屋の奥。
封印用の錬金陣が床に残っている。
中心には、
割れたガラス容器。
内側にこびりついた黒い結晶。
端末を接続すると、
古いログが断片的に復元された。
ノイズ混じりの音声。
『……対象、安定しません』
『同調率上昇、しかし——』
『だめだ、崩壊する』
『停止しろ、停止——』
激しいノイズ。
その後、
静かな記録音声。
『被験体、消失を確認』
『記録上は失敗実験とする』
『中央機構へ報告。識別番号——』
そこで音声が切れる。
騎士の一人が吐き捨てる。
「……人体実験じゃねえか」
誰も否定しない。
副官だけが言う。
「公式には、
全て“事故”です」
⸻
レインは壁に残る刻印を見る。
小さな数字。
かすれているが、
読み取れた。
『A-017』
胸の奥がざわつく。
どこかで見た番号。
思い出せない。
だが嫌な感覚だけが残る。
《ロジカ》がわずかに震えた。
まるでその番号に、
反応しているように。
⸻
さらに奥へ進む。
通路の先に、
まだ新しい封鎖扉。
副官が眉を寄せる。
「ここは記録にない……」
端末をかざすと、
自動でロックが解除された。
誰も権限入力していない。
勝手に開いた。
重い扉の向こう。
そこは——
簡素な保護室だった。
壊れていない。
最近まで使われていた痕跡。
机の上に、
小さな端末が一つ。
電源は落ちているはずなのに、
画面だけが微かに光っている。
レインが近づく。
表示されていたのは、
短いテキスト。
『適性者候補一覧』
スクロールすると、
名前はほとんど黒塗り。
識別番号だけが並ぶ。
A-011
A-013
A-016
A-017
A-021
そして一番下。
まだ新しい行。
A-—
表示が乱れる。
ノイズ。
数字が書き換わる。
ゆっくり、
確定する。
A-023
その横に、
文字が自動で補完された。
『観測中』
次の瞬間。
端末が短く警告音を鳴らす。
《適性反応検出》
室内の空気が変わる。
騎士たちが一斉に周囲を警戒する。
「どこだ!?」
副官が端末を見る。
表示されているのは、
反応源の位置。
赤い点。
それは——
この部屋の中央。
そして。
レインの立っている場所と、
完全に重なっていた。
⸻
静寂。
誰も動かない。
副官の声がわずかに震える。
「……隊長」
レインは何も言わない。
《ロジカ》の蒸気が、
低く唸る。
胸の奥で、
脈が強くなる。
端末がもう一度鳴る。
《同調率 微弱上昇》
騎士の一人が後ずさる。
「まさか……」
副官が必死に否定する。
「誤検出の可能性があります!」
だが画面は冷酷だった。
《対象:A-023》
《状態:観測中》
《分類:適性者候補》
レインはゆっくり目を閉じる。
自分が、
何を感じているのかを確かめるように。
恐怖ではない。
嫌悪でもない。
ただ。
理解してしまいそうな感覚。
この地下の空気が、
わずかに“馴染む”。
レリクトの残滓が、
完全な異物に思えない。
「……冗談だろ」
やっと、
低く呟く。
だが否定の言葉に、
確信はなかった。
⸻
その時。
遠くで爆音。
別の通路から衝撃が走る。
天井の埃が落ちる。
通信が入る。
「外周部で交戦発生!
未確認武装個体!」
副官が顔を上げる。
「……もう一勢力来ています」
レインは端末の画面を見たまま言う。
「分かってる」
騎士が続ける。
「銃撃音を確認……単独行動です!」
誰かが小さく言う。
「……まさか」
その名を口にする前に。
さらに別方向から、
異様な圧力が走る。
空気が歪む。
錬金反応。
人間のものじゃない。
副官が息を呑む。
「……七罪級の反応……」
三方向。
騎士団。
銃を持つ男。
そして。
罪の気配。
すべてが、
この地下へ収束してくる。
⸻
レインは端末を静かに閉じる。
画面が消える直前。
最後の一行だけが残った。
『適性者は、
鍵に最も近い』
暗転。
沈黙。
レインはゆっくり剣を握る。
その手は、
わずかに震えていた。
敵が来るからじゃない。
自分が、
何者なのか。
まだ答えが出ていないからだ。
⸻
通路の奥から、
銃声が一発。
乾いた音が地下に響く。
そして、
重い何かが倒れる音。
戦いはもう始まっている。
レインは前を見る。
「……行くぞ」
騎士団が動き出す。
不可逆の流れの中で。
自分自身の正体へ、
一歩近づきながら。




