ー回収対象ー
朝霧の残る封鎖区画に、金属の足音だけが響いていた。
討伐隊ではない。
回収班だ。
レインはその事実を、出発前から何度も確認していた。
「今回の優先命令は?」
隣を歩く副官が答える。
「レリクト発生源の特定。及び——回収対象の確保」
「討伐は?」
「不要。抵抗時のみ最小限」
言葉は冷静だった。
だがその内容は、どこか噛み合っていない。
レインは無言で前を見る。
崩れた街路。
焼けた壁。
封鎖標識。
ここは昨日まで人が住んでいた区域だ。
そして今は、記録上「発生区画」。
⸻
建物内部に入った瞬間、空気が変わった。
湿った匂い。
焦げた金属臭。
そして、微かな——呼吸音。
隊員が手を上げる。
「反応あり」
剣が静かに共鳴した。
レインは即座に構える。
「位置」
「奥の部屋。単体……いや、複数」
ドアが半壊している。
中からかすかな声が聞こえた。
「……たすけ……」
レインの眉がわずかに動く。
副官が短く命じる。
「突入」
⸻
部屋の中にいたのは、怪物ではなかった。
人だった。
三人。
一人は壁にもたれ、血を流している。
一人は床に座り込み、震えている。
そしてもう一人は、小さな子供だった。
目が合う。
子供が泣きそうな声で言う。
「騎士……?」
レインは一瞬、言葉を失った。
副官が淡々と告げる。
「生存者確認。識別開始」
後方の隊員が装置を起動する。
蒸気音。
錬金式の光。
床に円形の測定陣が展開された。
「……何をしている?」
レインが問う。
「適性測定です」
「適性?」
「回収対象判定」
副官は説明するような口調で続けた。
「レリクト発生区画の生存者は、全員検査対象です。発生因子を保有している可能性があるため」
「……治療じゃないのか」
「優先は回収です」
言い切られる。
迷いなく。
⸻
測定陣の光が、負傷した男を包む。
装置が低く唸る。
「反応……中程度」
隊員が記録する。
「因子残留あり。回収対象」
男がかすれた声で叫ぶ。
「待ってくれ……俺はただ逃げて……家族を……」
二人の騎士が前に出る。
腕を拘束。
口を塞ぐ。
抵抗する力はもうない。
レインの喉がわずかに詰まる。
「搬送準備」
次に、震えていた女性。
測定。
「反応なし」
隊員が短く言う。
「非対象」
副官が即座に指示。
「医療班へ引き渡し。避難処理」
女性は泣きながら子供を抱き寄せる。
「この子は……この子も連れていって……」
子供が測定陣の上に立たされる。
小さな足。
震える指。
光が走る。
一瞬、装置の音が変わった。
高い、鋭い音。
隊員が顔を上げる。
「……強反応」
室内の空気が凍る。
副官の声が、少しだけ低くなる。
「確認」
「高濃度因子。潜在適性あり。最優先回収対象」
母親が叫ぶ。
「違う!この子は普通の子よ!ただの——」
言い終わる前に、騎士が子供を引き離す。
子供が泣く。
「やだ……おかあさん……!」
女性が床にしがみつく。
「返して!お願い、返して!」
副官は一切視線を動かさず言う。
「対象を確保」
⸻
レインの足が動かなかった。
剣は構えたまま。
だが敵はいない。
いるのは、泣いている親子だけだ。
「……これは」
声が低く漏れる。
「保護だ」
副官が答える。
「国家による管理保護」
「連れて行った先で何をする」
沈黙。
ほんの一瞬。
「……研究、観察、適性運用」
それはつまり。
人を——資源として扱うということだ。
⸻
子供がレインを見る。
涙で濡れた顔。
震える声。
「騎士さま……たすけて……」
その瞬間、《ロジカ》が微かに震えた。
魂の器が、何かに反応する。
レインは唇を噛む。
命令。
規律。
体制側の剣。
頭の中で、何度も繰り返した言葉。
副官が静かに言う。
「隊長」
それだけで十分だった。
レインは目を閉じる。
そして。
ゆっくりと、剣を下ろした。
「……命令通りに」
自分の声が、他人のもののように聞こえた。
⸻
子供は連れて行かれた。
母親の泣き声だけが、建物の中に残る。
隊員たちは何事もなかったように記録を取り、
搬送ルートを確認し、
次の部屋へ向かう準備をしている。
副官が報告する。
「回収対象二名確保。非対象一名避難」
淡々と。
数字として。
レインは外に出る。
朝霧はもう消えていた。
代わりに、重たい空だけが広がっている。
「……これが」
小さく呟く。
「帝国の回収か」
誰も答えない。
⸻
遠くで蒸気輸送車が動き出す。
中には拘束された男と、
泣き疲れて声も出ない子供。
窓は黒く塗られ、
外から中は見えない。
だが。
レインには、見えた気がした。
あの中にある未来が。
救済ではなく。
利用でもなく。
ただ——維持のための選別。
⸻
その時。
《ロジカ》が、もう一度だけ微かに震えた。
嫌悪か。
警告か。
それとも——共鳴か。
レインは何も言わない。
ただ、次の命令を待つ。
体制側の剣として。
それが、今の自分の立場だからだ。
⸻
だが胸の奥で、
確実に何かが一段、沈んだ。
人と資源の境界線が。
静かに。
もう戻らない形で。
下がったまま。




