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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
機構帝国騎士団編 Ⅰ
39/76

ー封鎖区画の記録ー


王都第七層。


外壁に近い旧居住区は、今では地図上から消されている。


封鎖区画。


そう呼ばれていた。



重い鉄門が開く。


蒸気の抜ける音。

鎖の軋む音。

そして、湿った空気。


「記録班、前へ」


騎士の声は事務的だった。


盾部隊が左右に展開し、通路を固定する。

槍部隊は動かない。

戦闘隊形ではなく、進入管理の配置。


討伐ではない。


最初から、そういう任務だった。



レインは最後尾にいた。


精密剣ロジカは抜かれていない。

抜く理由がない。


代わりに、白衣の技術官が前に出る。


背中の筒から細い管を伸ばし、壁面に触れる。


「……残留濃度、基準値超過」


「発生は三日前。活動低下傾向」


淡々とした読み上げ。


それを、別の騎士が板に記す。


敵の位置ではない。

弱点でもない。


数値と状態だけ。



「討伐は?」


誰かが小さく聞く。


技術官は首を振る。


「不要です」


「対象は既に安定しています」



安定。


その言葉の意味を、レインは理解する。


危険がない、ではない。


管理できる、という意味だ。



奥へ進む。


崩れた家屋。

黒ずんだ床。

壁に焼き付いた影。


戦闘の痕跡ではなく――


生成の痕跡だった。



やがて、広い空間に出る。


そこに、それはいた。


レリクト。


人型に近い輪郭。

だが関節が多すぎる。

皮膚の代わりに、結晶化した装甲。

胸の奥で、弱く光る核。


動かない。


ただ、呼吸のように膨張と収縮を繰り返している。



盾部隊が止まる。


誰も武器を振り上げない。


代わりに――


技術官が前へ出る。


「記録開始」



細い光線が走る。


レリクトの表面をなぞり、形状を写し取る。

別の管が床へ刺さり、蒸気を吸い上げる。

音声記録。


「個体番号:七層-封-三一」


「分類:半固定型」


「核反応:微弱」


「危険度:管理下」



管理下。


つまり――


存在を許可されている。



「……なぜ破壊しない」


今度は、はっきりと声が出た。


若い騎士だった。


技術官は振り向きもせず答える。


「破壊は資源損失になります」


「この個体は、核が安定しています」


「回収・保管後、研究炉へ移送予定です」



若い騎士の喉が鳴る。


「元は……人間、でしょう」


一瞬だけ、空気が止まる。



技術官はようやく振り返る。


表情は変わらない。


「記録上は」


「素材由来不明です」



記録上は。


それは否定ではない。


書かれない、というだけだ。



レインは、静かにレリクトを見る。


核の鼓動。

わずかな、かすれた音。


言葉ではない。

だが完全な無音でもない。



「……生存反応」


レインが言う。


技術官が端末を確認する。


「はい」


「意識の有無は判定不能ですが」


「反応は残っています」



生きている。


だから破壊しない。


ではない。



生きているから――


使える。



「回収準備」


命令が下る。



床に円形の器具が置かれる。

爪のような固定具が開く。

蒸気が噴き、白い霧が広がる。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


レリクトの体が持ち上げられる。


抵抗はない。


ただ、核の光が一度だけ強く脈打った。



その瞬間。


かすかな音。


誰かの息のような、

言葉にならない震え。



若い騎士が目を逸らす。


別の騎士は、何も見ていない顔で板を閉じる。


「回収完了予定、三分」


「搬送路確保」



作業は滑らかだった。


戦場よりも正確に。

儀式よりも静かに。



レインは動かない。


ただ一度だけ、《ロジカ》の柄に触れる。


抜けば終わる。


この個体は、数秒で破壊できる。



だが――


任務は討伐ではない。


記録。

回収。

保管。


それが、この国の正解だった。



「……剣士殿」


技術官が声をかける。


「何か問題でも」



レインは首を振る。


「問題はありません」


事実だった。


命令違反も。

戦術的矛盾も。

何もない。



ただ一つ。


胸の奥に残るのは


判断ではなく


数値に変換されない何か。



「搬送開始」


固定具が閉じる。


レリクトは完全に動きを封じられ、

白い箱状の容器へ収められる。


外側に刻まれる番号。


個体名ではなく、資源番号。



鉄門の外へ出たとき、


王都の空気はやけに軽く感じた。


外では市民が普通に歩いている。

屋台の煙。

遠くの鐘。


何も知らない日常。



後ろで、門が閉まる。


重い音。


それは


秘密を閉じ込める音だった。



帰路。


若い騎士が小さく呟く。


「……あれも」


「守る対象、なんですかね」


誰も答えない。



しばらくして。


レインだけが、静かに言う。


「対象は」


「命令で決まる」



それは肯定でも否定でもない。


ただ、この国の構造を


そのまま口にしただけだった。



王都の上空で、


蒸気塔が再び白煙を吐く。


都市は今日も正常稼働。


そして地下では、


記録された命が


番号として積み上がっていく。



その夜。


騎士団本部の記録庫に、


新しい項目が追加される。


七層-封-三一

状態:回収済

分類:研究保管対象


備考欄。


そこに一行だけ、


自動で追記された。



「核反応に微弱な同期異常あり」


「原因:未解析」



誰も気づかない。


その異常が、


次に動き出す兆候だということを。

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