ー封鎖区画の記録ー
王都第七層。
外壁に近い旧居住区は、今では地図上から消されている。
封鎖区画。
そう呼ばれていた。
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重い鉄門が開く。
蒸気の抜ける音。
鎖の軋む音。
そして、湿った空気。
「記録班、前へ」
騎士の声は事務的だった。
盾部隊が左右に展開し、通路を固定する。
槍部隊は動かない。
戦闘隊形ではなく、進入管理の配置。
討伐ではない。
最初から、そういう任務だった。
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レインは最後尾にいた。
精密剣は抜かれていない。
抜く理由がない。
代わりに、白衣の技術官が前に出る。
背中の筒から細い管を伸ばし、壁面に触れる。
「……残留濃度、基準値超過」
「発生は三日前。活動低下傾向」
淡々とした読み上げ。
それを、別の騎士が板に記す。
敵の位置ではない。
弱点でもない。
数値と状態だけ。
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「討伐は?」
誰かが小さく聞く。
技術官は首を振る。
「不要です」
「対象は既に安定しています」
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安定。
その言葉の意味を、レインは理解する。
危険がない、ではない。
管理できる、という意味だ。
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奥へ進む。
崩れた家屋。
黒ずんだ床。
壁に焼き付いた影。
戦闘の痕跡ではなく――
生成の痕跡だった。
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やがて、広い空間に出る。
そこに、それはいた。
レリクト。
人型に近い輪郭。
だが関節が多すぎる。
皮膚の代わりに、結晶化した装甲。
胸の奥で、弱く光る核。
動かない。
ただ、呼吸のように膨張と収縮を繰り返している。
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盾部隊が止まる。
誰も武器を振り上げない。
代わりに――
技術官が前へ出る。
「記録開始」
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細い光線が走る。
レリクトの表面をなぞり、形状を写し取る。
別の管が床へ刺さり、蒸気を吸い上げる。
音声記録。
「個体番号:七層-封-三一」
「分類:半固定型」
「核反応:微弱」
「危険度:管理下」
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管理下。
つまり――
存在を許可されている。
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「……なぜ破壊しない」
今度は、はっきりと声が出た。
若い騎士だった。
技術官は振り向きもせず答える。
「破壊は資源損失になります」
「この個体は、核が安定しています」
「回収・保管後、研究炉へ移送予定です」
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若い騎士の喉が鳴る。
「元は……人間、でしょう」
一瞬だけ、空気が止まる。
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技術官はようやく振り返る。
表情は変わらない。
「記録上は」
「素材由来不明です」
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記録上は。
それは否定ではない。
書かれない、というだけだ。
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レインは、静かにレリクトを見る。
核の鼓動。
わずかな、かすれた音。
言葉ではない。
だが完全な無音でもない。
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「……生存反応」
レインが言う。
技術官が端末を確認する。
「はい」
「意識の有無は判定不能ですが」
「反応は残っています」
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生きている。
だから破壊しない。
ではない。
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生きているから――
使える。
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「回収準備」
命令が下る。
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床に円形の器具が置かれる。
爪のような固定具が開く。
蒸気が噴き、白い霧が広がる。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
レリクトの体が持ち上げられる。
抵抗はない。
ただ、核の光が一度だけ強く脈打った。
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その瞬間。
かすかな音。
誰かの息のような、
言葉にならない震え。
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若い騎士が目を逸らす。
別の騎士は、何も見ていない顔で板を閉じる。
「回収完了予定、三分」
「搬送路確保」
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作業は滑らかだった。
戦場よりも正確に。
儀式よりも静かに。
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レインは動かない。
ただ一度だけ、《ロジカ》の柄に触れる。
抜けば終わる。
この個体は、数秒で破壊できる。
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だが――
任務は討伐ではない。
記録。
回収。
保管。
それが、この国の正解だった。
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「……剣士殿」
技術官が声をかける。
「何か問題でも」
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レインは首を振る。
「問題はありません」
事実だった。
命令違反も。
戦術的矛盾も。
何もない。
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ただ一つ。
胸の奥に残るのは
判断ではなく
数値に変換されない何か。
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「搬送開始」
固定具が閉じる。
レリクトは完全に動きを封じられ、
白い箱状の容器へ収められる。
外側に刻まれる番号。
個体名ではなく、資源番号。
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鉄門の外へ出たとき、
王都の空気はやけに軽く感じた。
外では市民が普通に歩いている。
屋台の煙。
遠くの鐘。
何も知らない日常。
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後ろで、門が閉まる。
重い音。
それは
秘密を閉じ込める音だった。
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帰路。
若い騎士が小さく呟く。
「……あれも」
「守る対象、なんですかね」
誰も答えない。
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しばらくして。
レインだけが、静かに言う。
「対象は」
「命令で決まる」
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それは肯定でも否定でもない。
ただ、この国の構造を
そのまま口にしただけだった。
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王都の上空で、
蒸気塔が再び白煙を吐く。
都市は今日も正常稼働。
そして地下では、
記録された命が
番号として積み上がっていく。
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その夜。
騎士団本部の記録庫に、
新しい項目が追加される。
七層-封-三一
状態:回収済
分類:研究保管対象
備考欄。
そこに一行だけ、
自動で追記された。
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「核反応に微弱な同期異常あり」
「原因:未解析」
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誰も気づかない。
その異常が、
次に動き出す兆候だということを。




