ー統制下の王都ー
王都は守られた。
だが、それは終わりではない。
南区画の犠牲を境に、帝国は静かに姿を変え始める。
騎士団は「守護者」から「統制装置」へ。
王城は理想より秩序を選び。
地下では、封鎖されていた機構が動き出す。
この章から物語は、王都の外縁ではなく
帝国そのものの内部構造へと踏み込んでいきます。
正式に戦術権限を持つ騎士となったレイン。
国家と距離を置き始めた王女エリス。
七つの大罪に属しながら独自に動くアッシュ。
三人はまだ同じ世界にいる。
だがもう、同じ立場にはいない。
それでも戦いは続く。
なぜなら帝国には、まだ表に出ていない“敵”がいるからだ。
――これは、機構に組み込まれた正義と、
そこから外れた人間たちの物語。
機構帝国騎士団編、ここから開始。
第一章「統制下の王都」
王都の朝は、静かすぎた。
人の声より先に響くのは、金属音。
規則正しく鳴る鎧の擦れる音。
交差点ごとに立つ盾。
視線を動かすたび、槍の穂先が光る。
守られている――
そう言うには、あまりに息苦しい配置だった。
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不可逆。
あの戦いの後、王都は変わった。
いや、正確には
隠していた本来の姿を露わにした。
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広場中央。
巨大な蒸気塔の圧力弁が開き、白煙が空を裂く。
同時に、鐘が三度鳴る。
それが今の王都における
「平常稼働」の合図だった。
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「……配置、完了しました」
低い報告。
バスティオン隊の盾が一斉に地面へ打ち込まれる。
逃げ道を塞ぐ壁の音。
続いて、パイクライン隊が隊列を整える。
通路は一本に限定される。
市民は、その細い通路を
無言で歩かされていた。
検査でもない。
取り締まりでもない。
ただ
「流れ」を管理するためだけの整列。
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王都はもう
治安維持の都市ではなく
運用される装置だった。
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騎士団本部。
石造りの重い扉の前で、レインは立っていた。
精密剣は腰に。
無駄な装飾はない。
刃も鞘も、ただ機能だけが存在する。
扉の向こうから声。
「入れ」
⸻
室内は広く、冷えていた。
机の向こうに立つのは
帝国騎士団長 レオンハルト=グレイヴ。
視線は鋭いが、敵意はない。
ただ、測っている。
「レイン」
短く名を呼ぶ。
「貴官を、正式に任務へ編入する」
沈黙。
「本日付で、帝国騎士団エンギア直属
特務運用剣として登録された」
紙が一枚、机の上を滑る。
そこに書かれているのは
配属でも階級でもない。
役割。
――体制側戦術剣。
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レインは紙を見る。
表情は変わらない。
「……了解」
それだけ言う。
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レオンハルトは続ける。
「任務は単純だ」
「王都内の統制補助。
逸脱個体の排除。
必要なら、騎士団の行動を“固定”しろ」
固定。
つまり
戦場を止めろ、という意味。
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「質問は」
「ありません」
即答。
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レオンハルトは、わずかに目を細める。
「……迷いはないのか」
ほんの一瞬。
レインの視線が窓へ向く。
外では、市民の列が続いている。
盾の壁に挟まれたまま。
「迷いは」
静かに言う。
「判断精度を落とします」
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それは肯定でも否定でもない。
ただの事実。
⸻
レオンハルトは小さく息を吐く。
「そうか」
「ならいい」
「剣は、振るわれている間だけ意味を持つ」
「抜かれた理由は、後から付いてくる」
⸻
任務書が閉じられる音。
「行け、レイン」
「王都はもう――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「守る場所ではない」
「止め続ける場所だ」
⸻
廊下に出る。
重い扉が背後で閉まる。
その瞬間。
遠くで警報が鳴った。
短く、鋭い、機械的な音。
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〈王都第三区画〉
〈統制ライン逸脱〉
〈未登録武装反応〉
⸻
騎士たちが一斉に動く。
フリント隊が装填。
レンジアーチ隊が屋根へ走る。
盾が再び打ち込まれる。
完全に訓練された
装置としての反応。
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レインは立ち止まらない。
歩きながら、《ロジカ》の柄に触れる。
刃は抜かない。
まだ、必要ない。
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ただ一言だけ、呟く。
「……統制、か」
感情は乗らない。
だがその足取りは
すでに戦場へ向いていた。
⸻
王都は今日も動いている。
人の意思ではなく。
仕組みとして。
そして今―
その中心に
一本の剣が組み込まれた。




