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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
交差する因果編III
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ー王女の断罪ー


王都の外縁で、警鐘が鳴り止まない。


瓦礫の隙間から、黒い影が這い出てくる。

歪んだ四肢。崩れた顔面。かつて人だった形を辛うじて残す敵性存在レリクトが、群れをなして市街へ雪崩れ込んでいた。


逃げ惑う市民。

散り散りに後退する騎士団。

統制はすでに崩れている。


レインは蒸気武器を構え、歯を食いしばった。


「……数が多すぎる」


引き金を引く。

蒸気圧が炸裂し、一体の胸部を抉る。だが倒れた隙間を埋めるように、次の《レリクト》が迫る。


右。左。背後。


間に合わない。


「くそ……!」


市民の悲鳴が耳に刺さる。

守り切れない。そう理解した瞬間、判断は早かった。


「一旦下がれ! ここは持たない!」


近くの避難誘導を押しやり、レインは後退する。

撤退は正しい。だが、その背に残るのは、まだ逃げ遅れた人々の姿だった。


そのとき。


乾いた銃声が一つ、空気を裂いた。


次の瞬間、最前列にいた《レリクト》の頭部が、音もなく吹き飛ぶ。

脳漿と黒い靄が散り、巨体が崩れ落ちた。


静寂。


二発目。

三発目。


迷いのない射撃が、次々と急所を貫く。

撃たれた《レリクト》は呻く間もなく沈黙し、足元に淡く光る結晶――喪失核〈ロス・コア〉を落としていく。


煙の向こう、影から一人の男が歩み出た。


アッシュだった。


長銃を肩に据え、視線だけで周囲を測る。


「下がってろ」


低い声。命令でも威圧でもなく、ただ当然の事実のように。


市民の一人が震えた声で問う。


「……誰だ?」


アッシュは次の標的に照準を合わせたまま答える。


「通りすがりの、守る側だ」


引き金。


銃声と同時に、《レリクト》の喉が弾ける。

迫っていた個体が崩れ落ち、群れの動きが一瞬止まる。


その隙を逃さず、アッシュは歩み込んだ。


撃つ。

踏み込む。

撃つ。


躊躇がない。


苦鳴も、手を伸ばす仕草も、かつての人間の残滓も、彼の照準を鈍らせない。

ただ効率よく、最短で、確実に命を刈り取る。


最後の一体が倒れ、静寂が戻る。


転がる結晶を、アッシュは屈みもせず拾い上げた。

当然のように。戦果を回収する兵士の動作で。


その様子を見ていた市民たちの目が、変わる。


恐怖ではなく――期待へ。


「……助かった」

「この人が、全部倒したのか……」


そこへ、遅れてエリスが駆け込んできた。


マントを翻し、荒れた呼吸のまま戦場を見渡す。

倒れた《レリクト》。破壊された街路。そして――


喪失核〈ロス・コア〉を手に立つアッシュ。


エリスの声が、わずかに揺れる。


「……それは」


アッシュは掌の結晶を軽く掲げる。


「力だろ?」


即答だった。


エリスの眉が寄る。


「元は、人よ」


短い沈黙。


アッシュは結晶を懐へしまいながら、淡々と言う。


「だから?」


言葉が詰まる。


「……」


「倒さなきゃ、もっと人が死ぬ」


それは理屈だった。

冷酷だが、反論しにくい現実だった。


周囲の市民が、次第にエリスではなくアッシュの方へ寄っていく。


「この人がいれば、俺たちは守られる!」

「騎士団より頼りになるじゃないか……」


誰かの一言を皮切りに、人々がアッシュの前に集まり始める。


感謝。安堵。すがる視線。


アッシュはそれを拒まない。

ただ静かに立ち、銃を下ろす。


その姿は、紛れもなく“英雄”だった。


少し離れた場所で、レインがその光景を見ていた。


胸の奥が、重く沈む。


「……俺の、代わりだ」


思わず漏れた声は、自分にしか聞こえない。


蒸気武器を握る手が震える。

さっき自分は退いた。

だがあいつは前に出た。


正しいのは――どっちだ。


人の輪が散り、やがてアッシュは一人になる。


瓦礫の影で、彼はそっと銃身に触れた。


金属装甲の継ぎ目の奥で、生体組織がかすかに脈打つ。

鼓動に呼応するように、長銃が微かに蠢く。


アッシュは低く呟いた。


「……これでいい」


鼓動が強くなる。


「俺が、全部背負えばいい」


夕暮れの斜光の中、彼の影が地面に伸びる。

その影は、一瞬だけ――二つに重なって見えた。


遠くで、エリスが市民に囲まれていた。


「王女様は、結局何もしてくれないじゃないか」

「綺麗事ばっかりだ……!」


責める声。疑う視線。


エリスは何か言おうとして、言葉を失う。

守るべき民に、否定される沈黙。


その瞬間、彼女の中で何かが決定的に傾いた。


帝国の正しさ。騎士団の役目。王女としての立場。

すべてが、同時に揺らぎ始める。


王都の空に、再び遠い警鐘が鳴った。


均衡は、もう戻らない。


そしてこの日――

エリスは初めて、自分が「帝国の外側」に立つ未来を、はっきりと想像してしまった。


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