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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
交差する因果編III
34/45

ー避けられたはずの衝突ー


王都の夜は、もはや静寂を失っていた。


遠くで鐘が鳴る。 それは祈りの鐘ではなく、警戒の鐘だった。


石畳を踏みしめ、レインは燃え残る市場通りを見渡す。焦げた布の匂い、崩れた屋台、逃げ遅れた荷車。昼には人で溢れていた場所が、今はまるで戦場の残骸のように沈黙している。


「……ここまでやる必要があったのか」


呟いた声に答える者はいない。


その時。


「動くな」


低く鋭い声が背後から響いた。


振り返るまでもない。金属の擦れる音、統率された足音。包囲の気配。


騎士団だ。


振り向くと、十数名の騎士が通りを塞いでいた。槍の穂先が一斉にレインへ向けられる。中央には指揮官らしき男。迷いのない目だった。


「対象確認。実験体レイン。抵抗する場合、制圧する」


「……制圧、ね」


レインは小さく息を吐く。


「守るための剣だったはずだろ。いつから民を追う側になった?」


「王都の秩序を乱す存在はすべて排除対象だ」


即答だった。


話にならない。


騎士たちは一歩踏み込む。包囲が狭まる。


レインは剣を抜いた。


刃が夜気を裂く。


「……最後に聞く。退く気は?」


「ない」


「そうか」


次の瞬間、騎士たちが一斉に動いた。


槍が突き出される。レインは横へ跳び、最初の一撃をかわし、そのまま足元を払う。鎧の重さに体勢を崩した騎士を盾にして次の突きを弾き返す。


金属音が連続する。


斬撃。防御。反撃。


だがレインは致命傷を避けていた。鎧の継ぎ目を狙い、武器だけを弾き飛ばし、足を止める。倒すことはできる。だが、殺すつもりはない。


その躊躇が、包囲を長引かせた。


「囲め!」


指揮官の声。


背後から新たな騎士が飛び込む。槍が肩を掠め、レインは歯を食いしばった。浅い。だが数が多い。


このままでは――


「やめて!!」


高い声が夜を裂いた。


全員の動きが一瞬止まる。


通りの奥から駆け込んできたのはエリスだった。息を切らし、必死に両手を広げてレインと騎士団の間に立つ。


「もうやめて! こんなの、戦う理由なんてない!」


「エリス、退け」


レインが低く言う。


「退かない!」


彼女は振り返らずに叫んだ。


「騎士団の人たちも! この人は敵じゃない! 王都を壊したりしてない! ただ――」


「民間人は下がれ」


指揮官が冷たく遮る。


「作戦行動中だ。巻き込まれても保証はしない」


「それでも!」


エリスの声が震える。


「剣を向け合う必要なんてない! 話せば――」


その時だった。


屋根の上から、乾いた拍手が響いた。


「……いやぁ、実に感動的だ」


全員が反射的に上を向く。


月明かりの縁に、一人の影が立っていた。


黒い外套。風に揺れる髪。冷たい、どこか愉快そうな視線。


 アッシュ。


「せっかく盛り上がってるところ悪いけどさ」


彼は軽く肩をすくめる。


「そこ、俺も混ざっていい?」


「……っ」


 レインの表情が変わる。


 騎士団も即座に警戒態勢を取り直した。


「新規対象確認!」


「識別不能。だが危険度高――」


言い終わる前に、アッシュが屋根から飛び降りた。


着地と同時に地面がひび割れる。


次の瞬間、彼の姿が消えた。


閃光のような速度。


最前列の騎士の槍が宙を舞い、次の騎士が吹き飛ぶ。鎧が石壁に叩きつけられ、鈍い音が通りに響いた。


「なっ――」


「遅い遅い」


アッシュは笑う。


「王都の騎士団ってこの程度? 拍子抜けだな」


「貴様――!」


騎士たちが一斉に向き直る。


その隙を見て、レインがエリスの腕を引いた。


「下がれ!」


「でも――」


「ここはもう、止まらない」


低い声だった。


すでに戦場の均衡は崩れている。


騎士団はアッシュへ集中し、アッシュは楽しげにそれをいなす。だが彼の視線は、時折レインへ向けられていた。


観察するように。


値踏みするように。


そして――どこか似たものを見るように。


「……なるほど」


 アッシュが小さく呟く。


「やっぱり、あんたか」


「何の話だ」


「さぁね」


笑みだけが返る。


次の瞬間、アッシュが一直線にレインへ突っ込んだ。


速い。


反射的に剣を構える。


衝突。


刃と刃がぶつかり、火花が散る。


重い。


信じられない力だった。


押し返され、レインの足が石畳を削る。


「……いいね」


 アッシュが低く囁く。


「ちゃんと強いじゃん」


「お前……何者だ」


「それ、今は重要?」


彼は笑いながら力を込める。


レインは歯を食いしばり、逆に踏み込んだ。刃を滑らせ、間合いを外し、横薙ぎに反撃する。


アッシュが身を捻って避ける。


今度は彼の蹴り。


腹部に衝撃が入り、レインは数歩後退した。


背後で騎士団が再び動き出す。


「両対象を同時制圧!」


槍が迫る。


レインは舌打ちし、回避。アッシュは笑いながら騎士を踏み台にして跳躍する。


完全な三つ巴だった。


誰も誰の味方でもない。


剣戟と怒号が夜を引き裂く。


「やめて!!」


再びエリスの叫び。


だが今度は誰も止まらない。


均衡は、完全に崩れていた。


その混乱の最中。


レインは一瞬だけ、アッシュの顔を真正面から見た。


月光が照らす。


同じ輪郭。 似た目の色。 知らないはずなのに、胸の奥がざわつく。


(……なんでだ)


理解できない違和感。


だが考える余裕はない。


次の瞬間、アッシュの拳が迫り、レインはそれを剣で受け流した。


火花が散る。


夜はまだ終わらない。


避けられたはずの衝突は、 もう、誰にも止められなかった。

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