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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
交差する因果編III
33/38

ー崩れ始めた均衡ー


朝の鐘は、いつも通りに鳴った。


だが、その音を「いつも通り」と感じた者は、もうほとんどいなかった。


王都の空気は重い。


市場は開いている。

人も歩いている。

騎士団の巡回も増えている。


表面だけ見れば、秩序は保たれていた。


だが誰もが知っている。


昨日までとは違う。


どこかで何かが、確実に噛み合わなくなっている。



城壁外周。


仮設検問所の前で、小さな揉め事が起きていた。


「通行証は?」


騎士が無機質に手を差し出す。


荷車を押していた老人は、震える手で紙を出した。


「昨日まではこれで……」


「昨日まで、です」


騎士は紙を一瞥し、首を振る。


「本日より規定が変更されました。再発行手続きが必要です」


「そんな……孫が、内側に……薬を届けないと……」


老人の声が途切れる。


騎士の表情は変わらない。


「通行は認められません」


淡々とした声。


そこに敵意はない。


同情もない。


ただ、規定だけがある。


後ろに並んでいた人々がざわつく。


「またかよ……」

「昨日も止められたぞ」

「中に家族がいるのに……」


騎士は一歩前に出た。


「列を乱さないでください。秩序維持にご協力を」


その言葉は正しい。


正しすぎて、誰も反論できない。


だが――


誰も納得もしていない。



少し離れた屋根の上。


レインはその様子を無言で見ていた。


風が外套を揺らす。


視線は検問ではなく、そのさらに奥。


王都中心部。


煙はまだ上がっていない。


爆発音もない。


それでも分かる。


配置が変わっている。


騎士団の巡回間隔。

結界杭の増設位置。

監視塔の向き。


すべてが、


外敵対策ではなく、


内部封鎖の配置だった。


「……守る形じゃない」


小さく呟く。


あれは、閉じ込める形だ。


もし何かが起きたら、


逃がさないための配置。


市民を守るためじゃない。


王都という装置を安定させるための配置。


胸の奥が、わずかに軋む。


合理的だ。


都市機能を守るなら正解。


だがその正解の中に、


人の都合はほとんど含まれていない。


視線を落とす。


右手に握ったままの武器。


不完全な刃を持つ《オムニ・アルケイン》。


内部のルーン骨格が、かすかに回転している。


まるで、


何かが起きるのを待っているように。


「……まだ早い」


自分に言い聞かせるように、低く呟く。


今動けば、確実に“引き金”になる。


まだ、その瞬間じゃない。



王都南区画。


狭い路地裏。


アッシュは壁にもたれ、静かに呼吸を整えていた。


手には、両手持ちの長銃。


感情反応銃ハウル


金属装甲の継ぎ目から覗く血管状の生体組織が、


鼓動に合わせて、わずかに脈打っている。


ドクン。


ドクン。


心臓と同期して、


銃身がほんのわずかに蠢く。


「……落ち着け」


誰に言うでもなく、吐き出す。


視線の先。


通りの向こうで、


騎士団の小隊が市民を誘導している。


「本日より、この区画は一時封鎖されます」

「指示に従って北広場へ移動してください」


声は穏やかだ。


だが周囲には、すでに結界杭が打ち込まれている。


逃げ道は一方向だけ。


誘導というより、


選択肢の固定だった。


アッシュの指が、無意識に引き金付近をなぞる。


撃てば、崩れる。


この整然とした流れは、一発で瓦解する。


だが撃った瞬間、


ここは戦場になる。


市民も、騎士も、全部巻き込む。


「……まだだ」


歯の奥で呟く。


怒りはある。


だが、撃つ理由としては足りない。


《ハウル》の生体組織が、わずかに脈を強める。


感情を探るように。


もっと強い衝動を。


もっと明確な引き金を。


アッシュは銃をわずかに下げた。


「焦んな……」


その声は、自分自身に向けたものだった。



王城前広場。


整列した騎士団の中央に、


エリスは立っていた。


白と金の軽装鎧。


腰には《レガリア・レイピア》。


胸元には母の形見のペンダント。


目の前には、騎士団長レオンハルト=グレイヴ。


「各区画の封鎖、完了しました」


「……市民の混乱は」


「軽微です。現時点では」


レオンハルトの声は冷静だ。


だが、その“現時点では”に、


すべてが込められている。


エリスは広場の外を見る。


移動させられる人々。


増えていく検問。


閉じていく通り。


守るための配置のはずなのに、


街全体が、


ゆっくりと檻に変わっていくように見えた。


「団長」


「はい」


「この体制は……いつまで続けるのですか」


一瞬の沈黙。


レオンハルトは、わずかに視線を下げ、


すぐに戻した。


「状況が安定するまで、です」


曖昧な答え。


だが軍人としては、それが唯一の答え。


エリスはペンダントを軽く握る。


冷たい感触。


祈る。


この配置が、


ただの備えで終わるように。


誰も撃たず、


誰も斬らず、


何も起きないまま一日が終わるように。


だが――


胸の奥で、


嫌な予感だけが静かに広がっていた。



同じ頃。


王都の地下。


誰もいないはずの旧錬金搬送路で、


低い駆動音が響いていた。


ガコン。


ガコン。


古い自動搬送機構が、


ゆっくりと再起動していく。


暗闇の中、


封印されていた扉が、内側からわずかに押し上がる。


隙間から覗くのは、


人の形をした影。


歪んだ呼吸音。


擦れる足音。


管理されず、放置され、


それでも動き続けてしまった存在。


敵性存在レリクト


その最初の一体が、


王都の地下で、静かに徘徊を始めていた。



地上では、


まだ誰も気付いていない。


騎士団も、


レインも、


アッシュも、


エリスも。


だが確実に、


三つの歯車は同時に回り始めている。


七罪の思惑。


帝国の封鎖。


そして、


制御を外れた存在たち。


どれか一つでも噛み合えば、


均衡は保てた。


だが今、


すべてが同時に動いている。



遠くで、


何かが崩れる鈍い音がした。


小さい。


だが、はっきりとした破断音。


誰かが思わず空を見上げる。


騎士が周囲を見回す。


市民がざわつく。


その瞬間、


王都のどこかで、


最初の悲鳴が上がった。



まだ小さい。


まだ局地的。


まだ、抑えられる規模。


だが―


その悲鳴は、


確実に境界線を越えた音だった。


守るための騎士団が、


制圧のために剣を抜くまで、


もう時間は残っていない。



均衡は、


音もなく、


崩れ始めていた。

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