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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
交差する因果編III
32/55

ー選択の重さー


朝の光は差しているのに、街は明るくなかった。


広場の中央に、白い線が引かれている。

仮設の錬成陣。

昨日よりも増え、昨日よりも整っていた。


救助のための配置じゃない。

処理のための配置だ。


エリスは、その外周に立っていた。


鎧は軽装。

王族の白に、薄く埃が付いている。

気にする余裕はなかった。


担架が運び込まれる。

泣き声。

抑えた指示。

記録係の乾いた読み上げ。


「感染疑い、三区画より搬入。判定待ち」


人としてではなく、番号として呼ばれる。


胸の奥が、わずかに軋む。


「王女殿下」


背後からの声。

振り返らなくても分かる。


レオンハルト=グレイヴ。


「封鎖区域の再確認が終わりました。

 外周は完全に管理下にあります」


「……討伐隊は?」


「出していません」


即答だった。


理由も、エリスには分かっている。


討伐より封鎖。

排除より管理。

帝国軍の今の“正しさ”。


「徘徊個体は、放置ですか」


「回収班が後ほど」


回収。


その言葉が、妙に重く残る。


倒すでも、救うでもない。

回収。


物みたいに。


広場の端で、小さな騒ぎが起きた。


若い兵士が、一人の少年を止めている。

十歳くらい。

泥だらけの服で、必死に中へ入ろうとしていた。


「母さんが中にいるんだ! さっき運ばれて――」


「許可証がないと入れない」


「会うだけでいいんだ、お願いだよ!」


兵士の表情が揺れる。

だが、槍は下がらない。


規則が先にある。


エリスは一歩踏み出しかけて、止まった。


王女として命じれば、通せる。

それくらい出来る。


でも――


一人を通せば、他はどうなる。


同じ願いの人間は、いくらでもいる。

線は、どこで引く。


胸元のペンダントに触れる。

冷たい金属の感触。


祈れば、《レガリア・レイピア》は応える。

線を引く力も、守る力もある。


でもこれは、戦場じゃない。


規則と現実の境界だ。


「……団長」


「はい」


「もし私が、あの子を通せと言ったら」


レオンハルトは少しだけ間を置いた。


「通します」


「その結果、他の者も殺到したら?」


「制止します」


「制止しきれなかったら」


「封鎖を強化します」


つまり――


結局、どこかで誰かを押し返す。


形が変わるだけで、選択は消えない。


少年の声が、少しずつ弱くなっていく。

兵士も困り果てている。


エリスは目を閉じた。


守りたい。


その気持ちは本物だ。


でも、守るという言葉の中に、

最初から“切り捨て”が含まれている現実を、


もう知ってしまっている。


静かに息を吸う。


そして、目を開けた。


「……記録官を」


「は」


「中に運ばれた者の名前を確認して、

 家族には状況を説明するよう伝えてください」


レオンハルトがわずかに眉を動かす。


「面会許可ではなく、ですか」


「はい」


少年を直接通すことはしない。

だが、放置もしない。


完全な救いじゃない。

でも、完全な拒絶でもない。


それが、今の自分に出来る線だった。


「了解しました」


団長が短く指示を飛ばす。

記録官が走り、兵士が少年に声をかける。


少年はまだ泣いている。

だが、さっきよりは混乱していない。


それを見届けてから、エリスは小さく息を吐いた。


正しかったのかは分からない。


ただ――


何も選ばないよりは、重い。


その重さだけが、手に残る。


空を見上げる。


遠くの屋根の上に、誰かの気配がした気がした。

確認する頃には、もう何もいない。


レインかもしれない。

別の誰かかもしれない。


まだ、交わらない。


だが確実に、この街には


帝国の正しさと、

名も知らない敵と、

そして自分の迷いが、


同時に存在している。


ペンダントを握る。


祈りは、まだ形にならない。


それでも分かる。


これから先、

剣を抜く時は来る。


その時――


誰のために抜くのか。


何を守り、何を切り捨てるのか。


その選択の重さからは、


もう逃げられない。


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