ー引き金の所在ー
空気が、妙に重かった。
嵐の前触れのような派手さはない。
風もない。音もない。
だが、どこかで歯車が噛み合わずに回り続けているような、不快な静けさが街を覆っていた。
レインは通りの中央で足を止めた。
石畳の上に、乾いた金属音がひとつ転がる。
視線を落とすと、小さな薬莢だった。まだ新しい。つい先ほど落ちたものだ。
「……誰かが撃った」
呟いた瞬間、遠くで短い怒鳴り声が上がった。
曲がり角の向こう。
次いで、鈍い衝突音。何かが壁に叩きつけられる音。
完全な戦闘には程遠い――だが、明らかに“何かが始まりかけている”。
レインは走り出す。
角を抜けた先で、二人の男がもみ合っていた。
一人は錬金機関の下級警備兵。もう一人は荷運びの青年だ。
青年の手には工具袋。警備兵の手には構えかけの銃。
「やめろ、誤解だって言ってるだろ!」
「誤解で済むか! この区域は封鎖中だ!」
銃口が、わずかに持ち上がる。
その瞬間。
ガンッ――
レインの蹴りが銃を弾き飛ばした。
銃は石畳を滑り、排水溝の縁に当たって止まる。
「落ち着け」
低い声だった。
二人の動きが止まる。
レインは二人の間に立ち、ゆっくりと視線を巡らせた。
青年は震えているだけだ。敵意はない。
警備兵も、恐怖が先に立っているだけで、撃つ覚悟までは固まっていなかった。
「撃てば終わりだった」
レインが静かに言う。
「終わらせたいのか?」
警備兵は歯を食いしばり、やがて視線を落とした。
「……命令が出てる。妙な動きがあれば拘束しろって」
「妙な動き、ね」
レインは青年の工具袋を拾い、軽く中を確認する。
レンチ、ボルト、圧力計の部品。どれも作業用だ。
「ただの修理だ。ボイラー区画の圧が不安定らしい」
青年がかすれ声で言う。
「放っといたら爆ぜるって……それで急いでただけで」
警備兵は何も言わない。
沈黙の中、遠くで蒸気の抜ける音が長く響いた。
シュー……という細い音。
まるで都市そのものが、どこかで小さく息を漏らしているようだった。
レインは銃を拾い、警備兵に差し出す。
「今日は、まだ引き金は引かれてない」
「……」
「だが」
レインの視線が、通りの奥へ向く。
人影がある。
建物の屋根の上。黒い影が一瞬だけ動き、すぐに消えた。
見間違いじゃない。
誰かが、最初の一発を待っている。
小さな衝突。
偶然の誤解。
恐怖による早撃ち。
どれでもいい。
引き金さえ引かれれば、連鎖は止まらない。
「火種は消えたと思うな」
レインは低く呟く。
「残ってる。見えないだけだ」
再び、遠くで金属が軋む。
今度はさっきより、ほんの少しだけ大きい。
街はまだ静かだ。
だがその静けさは、“止められた”のではない。
ただ、撃たれていないだけだった。
そしてどこかで――
本当に引き金を握っている者は、
まだ姿を現していない。




