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『ARCANE:武装世界 -NULLIFY-』  作者: 天照 珠李
交差する因果編 II

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ー世界はもう戻らないー


朝は、静かすぎた。


騎士団が到着した翌朝。

本来なら、避難の声や、指示の怒号が飛び交うはずだった。


だが――


街には、整然とした沈黙が落ちていた。


規則正しく並ぶ騎士団の兵。

無機質に展開される結界杭。

広場には、既に仮設の錬成陣が組まれている。


救助のためではない。


処理のためだ。



レインは屋根の上から、それを見ていた。


担架に乗せられる負傷者。

だが、運ばれている先は治療所ではない。


検査所、と書かれた仮設幕。


そこへ入った者が、

戻ってくる様子はなかった。


代わりに出てくるのは―


番号を刻まれた箱。


封印された、素材容器。


「……早すぎる」


思わず呟く。


昨日まで、人だった。


昨日まで、助けを求めていた。


それが、もう――


物として扱われている。



下の通りで、泣き声が上がった。


「待ってください! この子はまだ――!」


母親が、騎士にしがみついている。


腕の中には、小さな少女。


騎士は、無表情だった。


「感染判定が出ています。規定に従ってください」


「違うの! まだ話せるの、ほら、ねえ――」


少女は、かすかに動いた。


唇が震えた。


何かを言おうとしている。


だが騎士は、それを確認しようともしない。


淡々と、少女を引き離した。


母親の叫びが、街に響く。


それでも―


誰も動かない。


誰も止めない。


止められない。



レインの手が、無意識に震えていた。


助けようと思えば、助けられる。


飛び降りて、騎士を排除し、少女を奪い返す。


それくらい、出来る。


だが―


その後は?


少女はどうなる。


この街は?


帝国は?


世界は?


頭の中で、計算が回る。


最適解。


損失。


波及。


確率。


結論は、一つしか出ない。


今ここで動くのは、最悪だ。


「……っ」


歯を食いしばる。


合理的だ。


正しい。


だが――


その正しさが、


吐き気がするほど冷たい。



別の通り。


アッシュは、壁にもたれて座っていた。


感情反応銃ハウルを握ったまま。


目の前を、騎士団の部隊が通過していく。


整然と。


迷いなく。


まるで、既に終わった戦場を片付ける清掃員のように。


「……ちっ」


舌打ちが漏れる。


撃とうと思えば撃てる。


何人か倒すくらい、簡単だ。


だが撃った瞬間――


ここは、完全に敵地になる。


今ですら危うい均衡が、


一瞬で崩れる。


「怒れよ……」


自分に言い聞かせるように呟く。


「怒れよ、俺」


だが胸の奥にあるのは、


燃え上がる怒りじゃない。


もっと重い、


どうしようもない現実感だった。


――遅かった。


昨日じゃない。


一昨日でもない。


もっと前から、


もう取り返しはつかなかったんだ。



その頃。


広場の中央。


エリスは騎士団長の前に立っていた。


レオンハルト=グレイヴ。


彼は静かに報告書を閉じる。


「封鎖は完了しました」


「……そうですか」


「王都への影響は最小限に抑えられる見込みです」


その言葉は、


救済の報告ではない。


被害管理の報告だ。


エリスは、広場を見渡した。


連行される人々。

組み上がる処理陣。

泣き声。

沈黙。


守るための騎士団。


そのはずだった。


だが今――


ここにいる彼らは、


世界を守る装置として正しく機能している。


人を守るためではなく。


世界を壊さないために。


「……団長」


「はい」


「これは……正しいのですか」


レオンハルトは、一瞬だけ目を伏せた。


だがすぐに、いつもの冷静な表情に戻る。


「正しいかどうかは、我々の任ではありません」


「……」


「我々は、必要なことを行うだけです」


その言葉は、


刃より鋭くエリスに刺さった。



必要なこと。


その言葉を、


昨日までの自分も使っていた。


王女として。


帝国の一員として。


だが――


今、目の前で行われている“必要”は、


明らかに誰かを切り捨てている。


エリスは、胸元のペンダント

《レクイエム・クラウン》を握った。


冷たい。


何も答えない。


祈っても、


もう世界は止まらない。



遠くの屋根の上で、


レインはその光景を見ていた。


別の通りで、


アッシュも同じ空を見上げていた。


広場の中央で、


エリスは静かに目を閉じていた。


三人とも、


違う場所にいる。


だが、


同じことを理解していた。



もう、元の場所には戻れない。


昨日の選択。

その前の選択。

もっと前の、小さな判断。


全部が積み重なって、


今ここに辿り着いている。


誰か一人のせいじゃない。


だからこそ、


取り消しも出来ない。



広場の処理陣が、起動した。


淡い光が走る。


空気が震える。


人々のざわめきが、波のように広がる。


その光を見た瞬間――


レインは理解した。


これは、終わりじゃない。


始まりだ。


ここから先は、


選択を間違えたら終わる世界じゃない。


選択そのものが、


取り返しのつかない結果を生む世界だ。



風が吹く。


灰が舞う。


誰かの祈りが、


どこにも届かないまま消えていく。



レインは、静かに立ち上がった。


アッシュは、銃を握り直した。


エリスは、目を開いた。



その日、


三人はまだ出会わない。


まだ言葉も交わさない。


だが確実に、


同じ地点へ向かい始めていた。



世界はもう戻らない。


それだけが、


はっきりしていた。


世界は、音を立てて壊れるわけじゃない。


多くの場合、それはもっと静かだ。

誰かの小さな選択。

言わなかった言葉。

引かなかった引き金。

守れなかった一人。


その積み重ねが、ある瞬間を境に、

「戻れない過去」へ変わる。


レインは理解し始めている。

アッシュは止まれなくなっている。

エリスはもう、見ないふりが出来ない場所に立っている。


誰も望んでいなかったはずの未来は、

気付けばもう、すぐそこまで来ている。


騎士団は動き、

帝国は静かに軋み、

七罪は観測を終えた。


ここから先は、選択の物語ではない。

選択の結果を、受け取る物語だ。


次巻――

交差する因果Ⅲ。


物語は、不可逆へ進む。

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