ー騎士団が来るー
風が止んでいた。
街は、静かすぎた。
静寂というより――
息を潜めている。
レインは瓦礫の上に立ち、遠くの空を見ていた。
煙が上がっている。
黒く、重く、ゆっくりと。
逃げ遅れた住民たちは、建物の影から恐る恐る外を見ている。
誰も声を出さない。
出せない。
「……来るな」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
だが胸の奥がざわつく。
敵じゃない。
レリクトでもない。
もっと、面倒で、もっと、逃げられない存在。
⸻
最初に聞こえたのは、金属音だった。
規則正しい。
重い。
地面を打つ鎧の足音。
カン――
カン――
カン――
一つじゃない。
十でもない。
もっと多い。
隊列。
統率。
訓練された歩調。
「……帝国だ」
誰かが震えた声で呟いた。
通りの向こうに、旗が現れる。
白地に刻まれた歯車紋。
機構帝国エンギア。
その旗の下に、鋼の列。
前衛。
巨大盾を構えたバスティオン隊が壁のように進む。
隙間なく並び、市街の通りを完全に封鎖していく。
その後ろ。
長槍を肩に担いだパイクライン隊。
穂先は既に前へ向いている。
敵性存在を想定した構え。
さらに後方。
剣と斧を携えたブレイドコア隊。
表情が違う。
この連中だけは、“戦う前提”の顔をしている。
屋根の上に影。
弓を引いたレンジアーチ隊。
既に狙いは街全体。
通りの左右には――
銃を構えたフリント隊。
冷たい目。
市街戦用。
粛清任務担当。
住民が一歩でも不審な動きをすれば、
迷いなく撃つ顔だった。
⸻
完全包囲。
逃げ場なし。
「……冗談だろ」
レインは小さく息を吐いた。
レリクト討伐規模じゃない。
これは。
「街一つ、制圧する配置じゃねぇか」
背後で誰かが泣き始める。
子ども。
母親が必死に口を塞ぐ。
音を出せば終わると知っている。
⸻
隊列が止まる。
中央が開く。
一人、前へ出てくる。
白銀の外套。
紋章付きの長剣。
騎士団長。
声が、街に響く。
「本区域を帝国管理下に置く」
抑揚のない宣告。
感情ゼロ。
「敵性存在出現の疑いあり。住民はその場で待機。抵抗は反逆と見なす」
ざわめきが走る。
疑い。
それだけで。
街ごと。
「……ふざけんなよ」
レインの喉から、低い声が漏れた。
拳が震える。
まだ何も起きていない。
まだ誰も襲っていない。
それでも。
帝国は来た。
“正義”を持って。
⸻
その時。
騎士団長の視線が、ゆっくり動く。
止まる。
まっすぐ。
レインの位置。
距離はある。
だが。
確実に見られていた。
「――そこの少年」
静かな声。
だが、逃げ場がない。
「前へ」
住民の視線が一斉にレインへ向く。
知らない。
ただの少年。
なのに。
今この瞬間、街の中心になってしまった。
「……俺?」
返事はない。
代わりに。
フリント隊の銃口が、わずかに上がる。
否定権なし。
レインは舌打ちし、瓦礫から降りた。
一歩。
また一歩。
騎士団の前へ歩く。
鋼の壁が近づくほど、空気が重くなる。
⸻
騎士団長が見下ろす。
「名は」
「……レイン」
「武装適合の有無」
沈黙。
周囲が息を呑む。
レインは、数秒迷い――
「……なし」
嘘じゃない。
まだ。
正式には。
騎士団長の目が細くなる。
「確認する」
手が上がる。
後方から一人の騎士が進み出る。
測定装置。
感応石。
胸の奥が、嫌な音を立てた。
やめろ。
今触れられたら。
何かが。
出る。
⸻
騎士が石を構え、レインへ近づく。
その瞬間。
胸の奥。
あの感覚。
焼けるような疼き。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
やばい。
来る。
「……っ」
レインが歯を食いしばった。
空気が震える。
微かな光。
まだ形にならない。
だが。
確実に――
“何か”が反応した。
騎士の顔色が変わる。
「団長……反応があります」
周囲がざわめく。
フリント隊の指が引き金にかかる。
騎士団長の声が落ちる。
「武装、顕現寸前か」
レインの視界が揺れる。
やめろ。
ここで出たら。
終わる。
街も。
自分も。
全部。
⸻
その時だった。
遠くで。
爆発音。
ドォン――!!
黒煙が上がる。
街の反対側。
誰かが叫ぶ。
「レリクトだ!!」
空気が一瞬で変わる。
騎士団の視線が一斉にそちらへ向く。
指示が飛ぶ。
「バスティオン隊、展開!」
「パイクライン前進!」
「レンジアーチ、高所制圧!」
統率された怒号。
鋼の軍勢が一斉に動き出す。
レインの前の騎士も振り返る。
測定が中断される。
⸻
レインは、その隙を見逃さなかった。
胸の疼きを押さえ込みながら、一歩下がる。
さらに一歩。
人混みへ紛れる。
心臓がうるさい。
手が震える。
「……助かった」
いや。
違う。
助かってない。
帝国は来た。
そして。
この街はもう――
“観測された”。
⸻
遠くで剣戟の音。
銃声。
住民の悲鳴。
帝国の号令。
そして。
レインは、群衆の中で小さく呟く。
「……最悪だ」
騎士団が来た。
正義が来た。
逃げ場は。
もうない。




