第9話:セラピー
(とうとうこの日が来てしまった!!)
出勤したアレックスは胸を押さえ、緊張を誤魔化そうとしていた。あの日、ユリアナに真剣な話をされてから、その話については触れることないまま数日間、通常業務を行っていた。話すことは仕事のことのみであった。
悶々とした日々を過ごしていたが、今日は待ちに待った動物セラピーの日だった。心に深い傷を負ったであろう孤児のもとを動物たちと共に訪問し、少しでも何かを感じてもらえるように支援するのが目的だ。その訪問はユリアナと2人で行くことになっていた。
(俺は、ユリアナと真剣な話をしたい。彼女がどうしてあのように思っていたのか。そして、俺は話をされてどうしていきたいと思ったのかを・・一緒に話していきたい。)
自身のデスクで今日行く孤児院の資料をみながら、インコのピーちゃんとゴールデンレトリーバーのレントに餌をやり、移動の準備をしていた。
出勤時間ギリギリの時間。いつも通りユリアナが出勤してきた。
「おはようございます!」
「「おはよう」」
ユリアナはいつも通りいったん自身の席に向かい、今日の仕事の準備をしていた。アレックスはその姿を目の端に入れながらマークに職場での仕事内容について打ち合わせを行った。
「それでは行ってきます。」
「お二人さん、ぴーちゃん、レントいってらっしゃい!気を付けてね~!」
2人と1匹と1羽はマークにお見送りされながら動物セラピーのため移動を開始した。動物を乗せるため、今回は馬車での移動となる。いつもはアレックスの言うことを積極的に聞こうとしないピーちゃんだが、仕事モードなのか静かだった。
しーん
沈黙が流れる。
2人がそれぞれ緊張していることの表れだった。
(こんな時に、いつもやかましいピーちゃんが何も歌ったり踊ったりしないなんて・・!!)
(所長、すごい真剣な表情で外を見ているわ・・今日のセラピー大丈夫かしら・・)
ユリアナは動物セラピーに参加するのは初めてだったので、アレックスのことだけではなく、動物セラピーに対してドキドキしていた。
(今回が初の動物セラピー・・一体どういう風に動物たちは関わるのだろうか・・)
動物たちの負担軽減のため、遠方にはいかない仕組みになっており、1時間ほど馬車移動をし、孤児院へ着いた。前回行った、視察をした孤児院とはまた違う雰囲気のある孤児院だった。
「ユリアナさん。着きましたよ。セラピーの場所です。」
「所長、ありがとうございます。・・ここが、そうなんですね・・。」
前回は外で遊ぶ子供たちの声が、孤児院に着く前から聞こえてきていたが、今日は全く聞こえない。孤児院の前で院長がアレックスたちを待っていた。
「ようこそお越しくださいました。今日もよろしくお願いします。」
「ああ。出迎えありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。・・ところで今日は子供たちはどこにいるんですか?」
「今日はあちらでみんな各々活動をしています。」
スッと院長が指を差す。庭からも入れるようになっている少し大きめな部屋。日光が差し込み、一部木が影を作っている。外に数人、石を使って積み上げている子がいたり、中で本を読んでいる子もいる。各々好きなことをして遊べているようだった。
だが違うところに視線をやると、数人の子供は職員にしがみついて動かない子や
部屋の隅っこに座ってボーっとしている子、壁に頭をつけて動かない子もいた。
「前よりみんな活動的になりました。職員に気持ちを吐き出すことや、甘えることができるようになってきている子もいます。・・少しずつですが、離れる時間も多くなってきました。」
「そうですか。それは良かったです。・・あの子は新顔では・・?」
「そうなんです。ここのことを知っている近隣の方が連れてきました。路上で動かない子がいると。」
「路上ですか・・。」
「ええ、今までどうやって過ごしていたのかは分からなくて。あの子自身も話そうとしないものですから・・」
壁に頭をつけ動かない子を見る。顔は全く見えないが、栄養状態は悪いのはすぐわかった。清潔になっており、特に汚いところはないが、腕をしきりに掻く様子がある。
ユリアナはその子をじっと見ていた。
(アルトは、人を避けることはあっても、身だしなみだけは綺麗だった。また違う子供たちがああやって知らない間に虐げられているのね・・。)
会う子供たちを、アルトに投影する癖が自分にあることを気づき反省した。ここの孤児の子たちにできることをしようと、改めて思った。
「そしたら行こうか。ピーちゃん、レント。今日はよろしくな。」
「ワン」
「ピィッ」
1匹と1羽は子供たちに駆け寄った。
動物セラピーを複数回受けている子たちは、声を聞いてパッとこちらを向き、職員から離れ近寄ってきた。
ピーちゃんは設置されているピアノの上に掴まり、歌を歌い始めた。それを見た子が、稚拙ながらもピーちゃんに合わせて鍵盤を弾き始めた。ピーちゃんのおかげで、歌に興味が出てきた子もおり、楽譜を見ながら一緒に歌い始めている子もいた。
レントは子供たちに抱きしめられたり、撫でられていた。一通り撫でられた後、レントは隅にいる子の所にゆっくり近づいた。
「ワン・・」
「・・・」
隅に座っている子はゆっくりレントの方を見て、そのまま目線をずらすことなく止まった。初めて見たゴールデンレトリーバーで、毛並みが綺麗に輝き、人間とは違う、黒い、キラキラした綺麗な瞳で自分の方を見ているからだ。
「・・・」
レントはしばらくしてからその子の隣に寝そべった。
隣に座ってくれたことで、じんわりと心が温かくなるのを感じ始めていた。そっと手を伸ばす。ふわっとした毛並みと暖かさが手のひらに伝わる。
ぼーっとしていた子の顔が少しだけ緩んだのが見えた。
少し離れたところでアレックスとユリアナはその光景を見ていた。
「これが動物セラピーなんですね。」
「レントはとてもやさしい子で、また察しが良いんだ。自分がどこに行くべきなのか
、人間並みに分かっている気がする。本当に頭が上がらないよ。」
「本当ですね。」
「ピーちゃんは、歌手みたいなもんさ。ピーちゃん自身が楽しんでいる感じもするんだ。」
「本当ですね・・こんな光景初めて見ました。」
ユリアナはこの動物セラピーを見て感動していた。
人間に恐怖心を抱いてしまった子供が、心を開き始める瞬間を目の当たりにできたからだ。




