第19話:走る
ぜぇぜぇ
荒い息を繰り返す。
翌朝、ユリアナは昨日の雨の影響で発熱していた。
「ほら、思った通りだ。姉さん、熱が出てるよ。」
「・・ごめんね。アルト・・。」
「ほら、今日は体を温めて・・寝て。温かいもの作ってあげるから。」
「・・ありがとう・・。」
ユリアナは時計を見た。もう始業時間を過ぎている。
(・・連絡をしなくちゃ・・)
職場の連絡機に手を伸ばす。さすがに2日間、何の連絡もなく休むのは社会人としていけない。
だが、倦怠感と高熱からきた急な睡魔によりその手は力なく落ちた。ユリアナは気絶するように寝てしまった。
「今日もユリアナさん来ないね~。」
「・・」
「どうしたんだろうね~。」
「・・・」
「気になるならさあ、社用の連絡機あるじゃない。全く使ってないけどさ・・。それでいったん連絡をとってみたら?」
「!!そうだな!!そうしよう。」
同時刻の職場で、アレックスは出勤してこないユリアナのことを心配していた。
昨日の傘といい、今日の休みといい・・どうしたのだろうかと気を揉んでいた。
ただ、土日に考えた『グイグイ行かない』作戦があったので、家に突撃するわけにもいかないし・・連絡するなんて・・と考えていたが、社用の連絡機という手段を提案され顔が輝いた。
(そうだ!連絡機だ!なんで気づかなかったんだ・・!これは上司として、上司としての連絡をする必要がある!)
アレックスも初恋を拗らせた男だったため、どうしても冷静になれなかった。
「じゃ、じゃあ連絡してみる。」
「よろしく~」
社用の連絡機は王都の専門機関に必要数配布されている。だが使用料がとても高いため、必要以上に使用しないようにと言われており、皆使用しないように心がけすぎてその存在を忘れることが多いのだ。
いそいそと機械を出し、ドキドキしながらメッセージを打つ。
『今日はどうしたのですか?』と打ち込み発信ボタンを押す。
『発信されました』という報告があり、アレックスはふーっと息を吐く。
「よし。発信できたぞ。少し待つか。」
「そうだね。とりあえず今日の仕事を終わらせよ~!」
2人は黙々と仕事を始めた。
だが連絡機は受信音を全く鳴らさない。アレックスは気になっていじるが、全く反応がない。うんともすんとも言わない。
「・・・。」
「とりあえず1時間は待ってみようよ。」
「・・(コクン)。」
2人は1時間集中して仕事を進めた。
1時間経過したが受信することは無かった。
「これどうしたものかな。」
「ユリアナさんの性格なら気にしそうだけど・・。」
「・・もしかして倒れているとか・・?昨日傘を忘れてたし・・。どうしよう・・攫われてたりしたら!!!俺昨日!追いかければよかった!!作戦なんて気にせず!追いかければよかった!!」
アレックスがパニック状態になる。悪い方向にしか考えられず、職場内をうろうろ歩き始めた。
マークは呆れつつも、今まで楽観的に考えていたがその方向性もあり得ると思い始めた。
「ねえ。僕も心配だからさ・・。アレックス、家に行っておいでよ。ほら安否確認ってやつ。あの真面目なユリアナさんが連絡もなく休むなんて・・何かに巻き込まれてないか僕だって不安だよ・・。」
「・・・!いいのかマーク!」
「これは緊急事態だよ・・僕がここで待つからさ。連絡はしてよね。」
「ああ!ごめん。ありがとう!」
アレックスは急ぎ外出の準備をし、連絡簿にあるユリアナの住所をメモに書き写し、走り出した。
「あ!傘も持って行って!!」
「あ!」
走り出したアレックスを呼び止め、傘を手渡す。アレックスは傘を握り絞め、再び走り出した。
はぁはぁ。
息を切らしながら走る。
(ユリアナさんの家は、馬に乗るよりも走ったほうが早い。)
街中をすり抜け、走り抜ける。今日は曇り空で雨は降っていないが昨日の大雨の影響で路面は濡れ、滑りやすくなっていた。
アレックスは途中角を曲がる時に滑ってしまった。
「うおっ」
ずるっと足を取られたが、転倒することなく体勢を保つことができたので、また走り出す。
(なんで俺は昨日、ユリアナさんを、ユリアナを探しに行かなかったんだ!)
心の中で自分を罵倒していた。
(何がこれが作戦だからだ・・!なんで俺は、俺は・・!もし彼女が・・家に居なかったとき、俺は・・なんて阿呆なんだ・・・馬鹿!阿呆!)
最悪の事態を考えると恐ろしくて仕方がない。足がちぎれそうでも、心臓がこれ以上ないくらいバクバクしててもそれを無視して体を動かし続けた。
そうしなければ・・余計なことを考えてしまいそうだったから。
(どうか・・どうか!無事でいてくれ!ユリアナ!!)
アレックスは心の中で叫びながら走り続けた。
ユリアナの自宅前に立つ。
息が整わず、膝に手をつき、額から流れてくる汗をぬぐう。
表札を確認すると記名は無いが、住所は書かれている。連絡網の物と一緒であることを確認する。
(ここが、ユリアナさんの家・・。)
ごくりと唾を呑み込み、ドアをノックする。
コンコンと音を鳴らすと、中から音がする。
扉の穴から誰かが外を覗いているようだった。
(できるだけ・・不審者に見えないように・・)
そう思っていると、ガチャとドアが開く音がした。
「・・どちら様ですか?」
「俺・・ゴホン。私は子供庁の所長をしている者で・・。昨日と今日、こちらに所属のユリアナさんが出勤されず、連絡もないから・・安否確認のためご自宅を伺わせていただきました。」
「・・お名前は?」
「アレックス・ダスティンと申します。」
スッと職務の時に使用している名刺を見せる。
アルトはそれをしっかり見た。そして察した。
(この人・・図書館で会った人だ・・てことはもしかして・・姉さんの初恋の人・・)
名刺を見た後、再度アレックスをじっくり見る。
走ってきたであろう彼の額にはまだ汗が垂れ、息はまだ整っていない。服も乱れ、足は一度水たまりを踏んだのか片足だけ不自然に濡れており、手にはユリアナの赤い傘を持っている。
そして、アルト的に重要視していたのは顔だった。
(ふーん。イケメンじゃん。合格。)
密かにアルトはアレックスを見定めていた。それを顔に出さずに、アレックスを中に招き入れることにした。
「そうだったんですね。どうぞ。狭いですが。中にお入りください。」
「あ、ああ。失礼します。」
アレックスを中に招き入れ、ドアがバタンと閉まった。




