第17話:盗み聞き
(今日はちょっと余裕を持っていこう。早く行って、この素顔の自分に慣れてもらいたい・・私も慣れておきたい。)
小雨の中をゆっくり歩きながらユリアナは考えていた。
(私も所長に・・昔のことを話してみよう。小さい頃勇気づけられたこと、沢山話しができて嬉しかったことを話してみよう。今日は定時には帰らないで少し居残りでもして・・。)
ユリアナはいつになくウキウキしていた。
アルトに背中を押されて勇気が出たユリアナは前向きなれ、どんなことを話そうかずっと考えていた。彼に、アレックスに今までのことををぶつけたい気持ちだった。ここまでくすぶっていた気持ちが爆発しそうだった。
(ああ、早く一目見たい・・。こんな気持ち初めて!)
ユリアナは浮かれていた。
いつもより5~6分ほど早く職場に着いた。傘を閉じて深呼吸をする。
(・・緊張するけどきっと大丈夫。私には背中を押してくれたアルトがいる。それに・・きっと恥ずかしいのは今日だけよ!)
心に暗示をかけ、ドアノブを掴もうとする。中からアレックスとマークの声がかすかに聞こえた。
2人が揃って話をしている時に中に入るのは恥ずかしいと思い少し待つ。が話は終わらなさそうなので、入ることにした。ドアを少し開けると中の声が聞こえる。
「・・~彼女のことは気にしないように、できるだけ優しい態度を・・紳士的な態度をとるよ。俺は昔のこと話さないし、会話にも出さないし、気にしないようにする。これが今の一番のことだろうから。」
(えっ)
「それでいいの?」
「それが俺にできる今最大限のことだから・・。仕方ないだろう。」
「まあアレックスがいいならいいけどさ~」
(これは私のこと・・?私のことを気にしないようにするってこと?それはもう昔の人と関わりたくないってことなのかしら・・・?)
背中を押されて出た勇気がしぼんでいくのを感じた。途端に自分の見た目が恥ずかしくなった。
傘をたたんだことで水たまりが足元にできている。揺れる水たまりに金髪と青い瞳が見えた。自信がなさそうな変な顔だった。今までウキウキしていた自分がとてつもなく恥ずかしく思えた。
(恥ずかしい・・なんて恥ずかしい。帰りたい・・怖い。彼に昔を思い出させるような恰好をして、気持ち悪いわ・・どうして受け入れてもらえるなんて勘違いしていたのかしら・・。)
ユリアナは少し開けた扉を勢いよく閉め、傘を持たず雨の中を走り出した。
朝は小雨だった天気は崩れ、どんどん雨足が強くなっていった。
「今日はユリアナさん来ないね。どうしたのかな?」
「そうだな・・どうしたんだろう。風邪でも引いたのだろうか・・。」
土砂降りになった外の様子を見て心配そうに2人は話す。一回も仕事を休んだことのないユリアナが出勤しないのは初めてだった。
(そういえば・・)
朝、音がしたときに置いてあった傘を思い出す。この傘の持ち主こんな雨が降っていたら帰る時に困るだろう。そう思いドアを開け、傘を中に持ち込む。名前が書いていたらその部署に届けようと考え傘を開いて見た。
傘には刺繍で『ユリアナ』と書かれていた。
「え・・ユリアナ!?」
アレックスは驚いた。この傘が彼女の物であればユリアナはここまで出勤していたことになる。
(どういうことだ?彼女はここまで来て帰ったってことか?でもなぜ・・?)
傘を見て驚いているアレックスを見てマークも近づいてくる。
「どうしたの?」
「この傘、ユリアナって書かれてる・・・。」
「え!」
マークも刺繍の所を見る。確かにユリアナと刺繍がされていた。2人は顔を見合わせた。
「これってここまで来て、帰ったってことだよね・・?でも傘を置いて・・?何か急な事情とかがあったのかな?」
「・・・多分。でもなんでだろうか・・・。」
男2人は顔を見合わせた。男2人で考えても何も思いつかないのでいったん考えるのはやめ、その日は必死に仕事を終わらせた。
ユリアナは家の近くの大きな樹の下に座っていた。
雨が強くなってきて、増々家に帰りたい気持ちとここまできてしまったという後悔の念がグルグルと頭の中を巡っていた。
(今日は強くなるって決めていたのに。私はどうしてこんなに弱いのだろうか・・)
知らなかった。アルトのためなら、人のためなら強くなれていたのに、いざ自分のこととなると私はこんなに弱くなるなんて。逃げてしまった。
(彼は、私のことを忘れたいんだろうか・・。)
雨が降ると気持ちは清々しくはなっていたが、こうも土砂降りだと逆に気持ちが落ち込んでくる。ユリアナは空を見上げた。
空は自分の心と同じようにグレーの曇り空で雨が止まりそうな雰囲気は全くなかった。葉っぱの隙間から水滴が落ちてきて頬に落ちてくる。指先が震え始めたので体が冷えてきているのを実感し始めた。
(ああ、早く帰らなければ風邪をひいてしまう・・。)
はーっと深いため息をつく。この年でここまで逃げてくるとはという気持ちがグルグル頭の中を回っているけれど、そこはぐっと飲みこんで立ち上がった。立ち上がろうとした。
グラッ
「えっ」
視界がブレる。目が回っているような気がした。立ち上がろうとするが足元がぐらついている気がする。世界が回っているような感覚。
「これは・・・」
フラッと自分の身体が傾くのを感じた。視界には空が見える。雨粒が大きく近づいているのが見える。
「!!ユリアナさん!?」
遠くで誰かの声がする。そう思いながらユリアナは意識を失った。




