第16話:赤い傘
「・・・アルト、ありがとう。」
「姉さん・・」
2人は握っていた手を放し、向き合った。
「私、もう、自分を・・出しても良いのかしら?私の素性を、このいま感じている気持ちを話してもいいのかしら?」
「もちろんだよ姉さん!もう押し殺す必要はないよ!あの男の人をゲットしようよ!!僕も協力できることがあればするよ!」
アルトは姉が過去の戒めである、母親からの言いつけを破ることが嬉しかった。最初は自分のせいで姉は自分を隠していることが嫌だったが、その後はそれ以上に母親の影がずっと姉に付きまとっていることが嫌だった。姉は自分の殻を破ることができるんだと改めて思った。
「僕も嬉しい。姉さんが次の一歩を踏み出すこと・・。」
「アルト・・ありがとう。」
2人の時間に穏やかな時間が流れる。
アルトは姉の幸せを願い優しく笑った。そんなアルトを見ながら、ユリアナは少し恥ずかしそうに話した。
「じ・実はね・・私ちょっと恥ずかしいし、その・・怖いの。」
「な、何が?」
「このカツラを・・装備を外すこと・・。装備って呼ぶくらい浸透してたから・・今までの生活に。いざ、彼の前へこの装備たちを外して行くことが、すごく恥ずかしい・・。」
カーっと更にユリアナは顔を赤くする。そんな姉を見て、アルトは頭に手を当てた。それから少し笑えて来た。今まで頼りにしていた姉がこんなに初心だったとは・・。
(これは・・・どうしたことか・・)
アルト自身、今まで自分のことで精いっぱいだったが、これからは姉の嬉しい悩みも聞くことができ、一緒に解決策を考えることができる。それが楽しみで仕方がなかった。
優しい時間に包まれながら。、姉弟の時間はゆっくり過ぎていった。
出勤日の朝。
ユリアナは緊張していた。
(どうしよう・・今日から装備を外していくことが怖くて仕方がない・・。)
ユリアナの足は震えていた。昔は領地内で素顔で過ごしていたはずなのに、街に出る時はたまに眼鏡をはずしていたのに。どうしても職場で眼鏡をはずすことが恥ずかしく、怖かった。
(所長は・・彼は、なんて思うだろう。私の素顔を見たら・・)
びっくりするかしら、驚くかしら。でもそれ以上に・・
(嫌に思わないかしら・・。昔もらった手紙の返信もしなかった女のことを良く思わないだろうし・・)
「姉さん?大丈夫??」
「あ、アルト・・大丈夫よ。ありがとう、ごめんね心配またかけちゃったわね。」
「全然大丈夫だよ。・・姉さん不安なの?」
「うん・・ちょっと・・。昨日あんなに話して、乗り越えるって決めたのに。いざとなると、足がすくんじゃって・・。」
「最初はそうだよ。でも、今日を乗り越えたら明日からはきっと大丈夫になるよ!今日を乗り越えよう!」
アルトはユリアナを元気づける。ユリアナはアルトの言葉に背中を押された気がした。
「・・そうね。恥ずかしいのは今日だけよね。今日を乗り越えたらいけるわね!!ありがとうアルト!!」
「それに僕、本当に調子がいいからさ。僕のことは心配しなくていいからギリギリまで家に居なくて大丈夫だよ。
だから姉さん、今日は心を落ち着かせるためにも早く家を出たら?朝の心地よい空気が心を落ち着かせてくれるかもよ。」
「・・そうね。そうするわ。」
時計を見るといつもより約30分早い。ゆっくり歩いても時間的には余裕があった。
窓の外を見ると太陽に大きな雲がかかり、小雨がパラパラ降り始めていた。
(晴れの日も好きだけど、程よい涼しさを感じられる小雨の日も好きだなぁ。)
そう思いながらユリアナは傘を手に持ち、仕事用バッグを肩にかけ、アルトの方を向いた。
「アルトありがとう!ユリアナ行ってきます!」
「姉さん行ってらっしゃい!気を付けて!」
小雨の中、赤い傘を差してユリアナは元気に職場へ向かった。
仕事開始の30分前にアレックスは職場に着いていた。
ユリアナの素顔を見た休日、心臓がバクバクして眠れず、今日もいつもより早く起きてしまい、いてもたってもいられなかったからだ。
(本当はゆっくり休みたかったけど、心臓がうるさくて眠れなかった。病気かってくらい眠れなかった・・。こういう日はもう、仕事をしていたほうがマシだ・・。)
アレックスの目はギンギンと冴えわたっていた。
「おはよ~!」
「おはようマーク。」
就業時間15分前にマークが入室してきた。
マークはアレックスの顔を見てにやりと笑った。その顔をみてウっと思いながらもお礼を伝えた。
「・・先日はどうもありがとう。マーク・・。」
「いいえ~どういたしまして!悶々としていたみたいだったから僕が吐かせてあげたんだよ!本当に有難く思ってよね!!」
「はいはい。マーク様ありがとうございます~。」
アレックスは笑い交じりに話しを進める。
そんなアレックスを見てマークはにじり寄ってきた。
「それで重要な事なんだけど、君はユリアナとどうしたいんだい?」
「え?」
「ほら、昔のことを知られたくなさそうだったって言ってたじゃない。どうするの?」
「・・彼女は俺のことを避ける可能性は多からず少なからず‥あると思っている。だって、彼女の聞かれたくないことを俺が聞いてしまったから。」
「・・・」
「だから、彼女の反応を見つつ、少しずつ彼女と話す機会を多くして・・もう少し親しくなってから・・彼女が話しても良いと思えるタイミングが来たら、俺の初恋の話をしようかなって思ってる。負担に思われたくは無いし、慎重に行きたい。」
真剣な表情で話すアレックスにマークはにんまりと笑顔を向けた。
「良いね。これこそアレックスだよ!」
「本当にありがとな。とりあえず気持ち悪い男にならないよう、彼女のことは気にしないように、できるだけ優しい態度を・・紳士的な態度をとるよ。俺は昔のこと話さないし、会話にも出さないし、気にしないようにする。これが今の一番のことだろうから。」
「それでいいの?」
「それが俺にできる今最大限のことだから・・。仕方ないだろう。」
「まあアレックスがいいならいいけどさ~」
ガタン!バタバタ!タッタッタッ
アレックスとマークが話しているとドアの外で何かがぶつかる音がした。
「なんだ?」
「なんだろう?」
2人で見に行くとそこには誰もいなかったが、雨に濡れた赤い傘がポツンと置いてあった。誰もいないことを確認し、中に入る。
始業時間のベルが鳴る。いつもギリギリに走ってくるのに、ユリアナは今日職場に現れなかった。




