第12話:思っていたこと
ドン!・・バサバサ・・、バタン!
「た・・ただいま・・」
「・・お・おかえりなさい・・」
激しい音を出して姉のユリアナが帰宅した。
(多分、ドンは扉に当たって、バタバタはその衝撃で落としたカバンを拾って埃を落として、バタンは扉の開閉音・・?)
調子のよくなってきているアルトは姉が作り出した音を冷静に分析していた。そうとは知らず、ユリアナは帰ってきてからも『いつものユリアナ』を作り出すことはできていなかった。家の中に入ってから机にぶつかり、物を落とし、転倒しそうになったり。転倒しかけて机にしがみついた後、ユリアナはアルトに声をかけた。
「なんかごめんね・・お、遅くなってごめんね・・」
「いや・・姉さん、寧ろいつもより早いよ・・。あの・・大丈夫?」
「そ・・・そうかしら・・?・・・そうかもね・・。そ、そうね。」
「・・・・」
(何かおかしい。)
アルトは察しの良い子だった。ユリアナに助け出してもらう前は、侍女たちの行動や機嫌をみて、どうしたら食事をもらえるのかを必死に考えていた癖がずっと残っており、無意識に人を観察するようになっていた。どうしたら気に入ってもらえるのか。どうしたら何かを与えてもらえるのか。どうしたら好かれるのかを、考える癖がついているのだ。
その癖がなくても、ユリアナがおかしいのは一目瞭然だったのだが。それでも恩人である姉があれだけ焦って、動揺しているのが気になった。
「姉さん、僕、最近調子が良くなってきているんだ。だから、今日はご飯の準備、手伝うよ。」
「本当!?良かったわ!いい調子ね。そういえば最近よく眠れているもんね!それも良いのかしら?」
「・・うん。それもいいのかもしれない。」
せわしなく口を動かしながら、ユリアナは食事の準備を始める。今日は炒め物の予定のようで、手際よく野菜を1口大に切っていく。保存食の中から味がついている物を選んで一緒に炒めていく。
「アルトはパンを出してくれる?」
「分かった。」
食事の準備を始めたユリアナは、『いつものユリアナ』になっていた。アルトはその様子を見てホッとしたものの、何かあったんだという疑問はずっと心の中にあった。
食卓に向かい合わせに座って夕食を摂り始める。最初は普通に食事を食べていた。食事も終わるころにアルトはユリアナに疑問をぶつけた。
「姉さん、今日は何かあったの?」
「っぶっぶふ」
思わぬ質問に、何かを気管に詰まらせてしまう。急いで水を飲みながらアルトの方を見た。
「ごめん、そんな驚かすつもりは無かったんだけど・・」
「・・・いいや、全然。勝手に私がむせただけだから・・。なんでそう思ったの?」
「いや、分かりやすすぎるよ、姉さん。最近なんか様子がおかしいとは思ってたけど、今日は流石に声をかけざるを得ないくらい変だよ。」
「うぐっ」
弟の鋭い指摘にユリアナはぐっと頭をテーブルに突っ伏した。
「・・・そんなに分かりやすかった?」
「そりゃ。一体何年姉さんと一緒に過ごしていると思っているの?」
「・・そうだね・・」
ハーっとユリアナは息を吐く。ゆっくり深呼吸を始める。
ちらっといつも定位置に置いている瓶底眼鏡ともじゃもじゃカツラを見る。これらを付けている理由を、アルトには話していない。あの時は話せる精神状態でもないし、身体的に弱っていてそれどころではなかったから。
「姉さん。僕、もうこんなに身体的にも成長した。だいぶ健康的になってきているとと言われてるし、自分でも身体の軽さが全然違うから分かるんだ。それにもう僕は12歳になったし・・。もう、全てを助けてもらう子供じゃないよ・・。そりゃ、体調悪い時は頼っちゃってたけどさ。」
「アルト・・」
前から気づいていた。姉が自分のためにしか時間を割いていないことを。でもそれを甘んじて受け入れていた。だって・・自分には姉しかいなかったから。
でも最近の姉を見ていると、どこか上の空でぼんやりしていることもあれば、鏡を見て自分の顔を眺めていた時もあった。あの時はどこか病気をしたのではないかと密かに心配をしていたけど・・
(あれは本で読んだことがある。恋の病だ・・!)
とどこかで確信していた。
そして、姉が僕を看るために、自分を犠牲にしていることをここ、王都に来てから気づき始めていた。
(本当は姉を手放したくない。だって姉がいなくなったら僕は1人だから。)
でも今日の姉を見ると、何かを我慢しているようで・・それを自分に隠している気がして。我慢させておる原因が自分ということが嫌だった。・・自分があの家族と同じことをしているような気がしてしまうから。
「姉さんが最近おかしいのは僕のせい?」
「・・そんなことではないの・・私の問題でもあるし・・」
ユリアナは首を横に振る。少し弱っているように見えた。
「・・姉さんはいつも僕のことを最優先してくれてた。本当に、本当にありがとう。姉さんが居なければ僕は生きていなかった・・仮に生きていても、こんなに体が動かせるような状態ではなかったかもしれない。」
「アルト・・」
「・・・でも、僕ももう、姉さんから見たらまだまだ子供かもしれないけど・・もうあの時の僕じゃないんだ。」
「・・アルト・・」
ユリアナはまさか、アルトからそういった言葉が出てくると思っていなかった。ユリアナの心の中ではいつまでもアルトは2~5歳の、助けなければいけない弟であり、精神的に苦しめられ、身体を壊してしまった、自分が面倒を看なければならない弟だったから。私が助けなければ生きていけない存在だったから。
そう思い込んでいたことを、アレックスと話して気づいたその日に、まさかアルトから言われるとは思っていなかった。
ユリアナは愕然とした。
どうしたら良いか分からなかった。
このことを話すのはアルトにとっても怖かった。今まで頼りにしていた姉を、自分から解き放つ言葉であったから。自分には姉しかいないのは分かっていたから。ずっと思っていたけど言えなかった言葉。
姉の存在は自分の中では母親だった。でも、姉だって、自分と同じなんだと、屋敷の中にいた時からなんとなく気づいていたけど言えなかった。
「・・・アルト・・」
ユリアナの瞳から涙がこぼれた。




