第10話:馬車の中
「今日はありがとうございました。」
「「こちらこそありがとうございました。」」
「ここの孤児院の職員たちが子供たちに丁寧に接してくれているから、こうして心を開いていくことができているんです。感謝でしかないです。」
「子供庁の方々にそう言っていただけるとこちらも・・嬉しいです。ありがとうございます。」
日が傾き始めた午後、動物セラピーは終了しアレックスとユリアナは引き上げることとなった。アレックスの家から使用人が来ており、ピーちゃんとレントは職場には帰ることなく公爵家に帰宅することになっていた。
必然的に職場に帰るのはアレックスとユリアナの2人だけになる。
アレックスはそのことを今気づいた。
(え、今から俺、2人きり?しかも、前と違って密室・・)
レントとピーちゃんはもう公爵家の馬車に乗りこみ、出発していった。ユリアナとアレックスの2人が職場の馬車の前に立っていた。
「所長、私たちも帰りましょうか。」
「う・・うむ、そうだね。帰ろうか。」
ガシャガシャと、アレックスは自身がロボットになったかのように動きづらさを感じた。初恋の人と自覚してから、2人きりになるスピードが自分には早すぎる気がした。
(俺は男だ!やる時はやる!そう!今日は話す時だ!!)
動物セラピーでいったん緩んだ気を引き締め、自分を鼓舞し、アレックスはユリアナをエスコートして馬車に乗り込んだ。
ガタンゴトンガタンゴトン
馬車が少し揺れながらも動きだした。
そんな馬車の中は沈黙が流れていた。
「「・・・・・・」」
「「あのっ」」
「あっああ、ごめん、先どうぞ」
「い、いえ、所長こそ・・」
「いや、俺が遮ってしまった気がして・・」
「あ、う・・」
しーん
再び沈黙が流れる。二人は日に方頬を照らされながら、顔を赤くしていた。
「じゃあ、その俺から・・」
「・・(コクン)・・」
「あの・・前に視察に行った時話をしてくれたじゃないか。君がしたいことを俺に話してくれて、それについてどう思うかって、聞いてくれたよね。」
「はい・・。あの、差し出がましいことを言ってしまい申し訳ないです・・。」
「ええ!そんなこと思っていないよ!寧ろ・・俺は嬉しかった。」
ユリアナはあの時の言いすぎた発言のことを咎められるのではと思っていたので、嬉しかったと言われた時驚いた。顔を勢いよく上げ、アレックスの顔を見た。
アレックスは照れた様子でポリポリと頬を書いていた。
「・・昔、本当にすごい短い時間だったけど、会って話をしていた子に俺は刺激を受けてここまで来たんだ。この・・子供庁に。でも実際に入職してからバタバタして、職務をやりこなすことで満足してしまっていて・・。
新しいことなんて全く考えもせず、動物セラピーで心を開いていく子供たちを見てこれが俺の仕事だって勝手に思っている自分が居たんだ・・。」
ユリアナは話すアレックスの表情を見る。穏やかに、どこか真剣に話をしていた。
「でも先日、君が言ってくれたよね。君はここにしたいことがあって入職してくれて、その内容を話してくれた。俺に尋ねてくれたよね。」
ユリアナは頷く。アレックスはユリアナの顔を見て続きを話し始めた。
「君が俺に問いかけてくれたおかげで、俺は自分が何をしたくて子供庁に入ったのかを改めて思い出すことができたんだ。本当にありがとう。俺は、君が考えていること、やりたいことは賛成だよ。難しいだろうけれど・・。」
「所長・・」
「俺には妹がいて・・家庭環境上、妹は乳母から虐待を受けてたんだ。気づいたときには心を閉ざした妹が家の中で佇んでいた。別に父が愛情を注いでいなかったわけではないんだけど・・。分かりにくい父親だったから。」
「・・・お母様は・・?」
「・・母は妹を生んだ後、肥だちが悪くてそのまま・・。父は母がいなくなったことを受け入れきれず、妹からも逃げたんだ。」
「・・・・そうだったんですね・・」
フッとアレックスは笑う。その笑顔が寂しそうで、でも夕日に照らされ綺麗な美術品のように見えたのでユリアナはドキッとした。
「その時に、どうしてこういったことが起こるんだろう。それこそ、虐待の場面が早期発見されていればここまで妹は心を閉ざさなかったのにって思ったさ。でもそれをどうしたらなくなるのかなんて分からなかった。それこそ俺一人で何かをするのではなく、何か、この大きな社会の何かを変えるしかないのではないかって、小さい頃そう思ってた。だからここを目指したんだけど・・。」
「・・・・」
「入ってからはこんな感じ。だから君に出会えて、君と話ができて改めて入植したころの自分の気持ちを振り返ることができたよ。本当にありがとう。」
「所長・・」
ユリアナは自分の言葉をしっかり受け止め、そして自分自身で考えて自分に返答してくれるアレックスの姿を見て心が動かされた。
嬉しかった。こんなに、自分の言葉で一生懸命考えてくれたことが。
「・・・私、あの時、なんて失礼なことを言ってしまったんだって後悔していました。いくら何でも上司に向かって・・。」
「いやっ・・」
「でも、こんなに考えてくれているとは思っていなくて・・すみません。嬉しいです・・。」
「っ!」
ユリアナはいつも通りのもじゃもじゃの髪の毛、瓶底眼鏡を付けているにもかかわらず、夕日に照らされたユリアナはとても綺麗だった。夕日で眼鏡が透けて見え、青空の色をした綺麗な瞳が見えた。
その時だけ、アレックスは時が止まったように感じた。




