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太陽のデイジー ~私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。~  作者: スズキアカネ
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

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裏切りのフェアラート


 伸ばしっぱなしのチョコレート色の髪は白髪交じりで艶もなく、頭の後ろで雑にまとめている。長旅のせいで全体的に薄汚れていて、その顔は土埃で真っ黒になっていた。

 その男はにたりと口元を歪めて笑うと、両手を広げて愉快そうに語りだした。


「我が名はフェアラート。元々シュバルツ王国出身だった。庶民の出で、どっちかっていうと貧民寄りの家で育った。だから魔力が身に宿ってることがわかった時は嬉しかったよ」


 フェアラートという男は、魔術師として出世する気で全力でやって来たのだという。その為に手段を選ばなかった。どんな依頼でも粛々と遂行した。その評判が評判を呼び、裏社会からの依頼も入ってくるようになった。依頼金は高額。乗らないわけはなかった。

 たとえそれが禁止されている黒呪術であっても選り好みしなかった。非道な拷問や殺人、人身売買だったとしても、自分の能力を認められるなら何だってしたと、己の罪の過去を自供した。


「……だが、嗅ぎつけた犬が国の機関に密告しやがったんだ──お前の父親だよ。ゲオルク・フォルクヴァルツだ」


 辺境伯に対する憎悪を私にぶつけるかのように殺気を飛ばしてきたこのフェアラートという男。

 罪に問われ、シュバルツの魔術師としての資格を剥奪され、流罪となった後はハルベリオンへ流れ着いたのだという。


「お前の親父のせいで、これまでに築き上げた地位はすべておじゃんだ。辺境伯をいつか殺してやろうと思っていたんだけどな、どうせなら大切な物をすべて奪ってやろうと思ったんだ」


 ハルベリオンの飢えた人間たちは金や食料、そして女をご所望だった。だから17年前のあの日の晩にフォルクヴァルツに攻め入って、無抵抗の領民を殺し、奪ったのだと悪びれた様子もなく言った。

 父を逆恨みしている風だが、犯罪を行っていたのならいずれ公にバレたことであろう。自分の罪を棚に上げて何を言っているのか。この男は誰のせいで何千何万人もの人が涙を流し、苦しんだと思っているのか。


「告発されたのはあんたが悪いからだろう。私の父上は正しいことをしただけだ。自分の罪を棚に上げて…逆恨みも大概にしろ!」


 あまりにも腹が立ったので、自分勝手なその男を怒鳴り散らした。駄々こねて人のせいにして、あんたは子どもか! 自分の罪を償うってこともしないのか!


「なにもせずとも苦労せずにいられる貴族のお姫様が偉そうな口を叩くな!」

「はぁぁ!? 私は捨て子扱い同然でこの森に放置されて、この村の人に育ててもらって、16年間庶民として生きてきましたけど!?」


 今は貴族の娘だけどそれ以前はあんたと同じく庶民として地道にやって来たんですけどねぇ! その言葉は聞き捨てならない!

 私が反発して言い返したのにフェアラートとは怪訝に眉をひそめていた。……そして、何か合点が合ったのか、ニヤリと唇を歪めていた。


 戦うのか、それともおしゃべりしたら満足して去ってくれるのかどっちかはっきりしてほしかった。

 いつ、フェアラートの背後に待機しているハルベリオン軍が攻撃開始するかわからず、両方に気を使っている状況なのだ。


「──なるほど、あの時妨害してきたメイドの機転で、お前はこの場所に流れ着いたのか」

「……メイド?」


 私は眉をひそめた。その単語に妙な胸騒ぎを覚えたからだ。


「王への土産として辺境伯の娘をハルベリオンに連れて帰ってやろうと思って城に潜り込んだんだが、側にいた召使いがお前を連れて森の奥に逃げたんだよ」


 そう言ってフェアラートは空に向かって人差し指を向けた。


「我が記憶を映せ」


 何をするのかと思えば、空に向かって投影術を掛けていた。薄暗く変わりゆく空へじわじわと映像が浮かび上がる。


 燃える、世界。

 先程神殿で女神から見せられたものに似ていたけど、少し違った。


「…フォルクヴァルツ城」


 燃え盛るは、シュバルツの砦と言われたフォルクヴァルツだ。私の知っている城は炎に巻かれていた。城内の赤い絨毯の上に倒れ込む使用人たち。血に濡れた石畳。城の中にいた者みな事切れているようである。

 日中はあんなに賑やかな城下町も焼き払われ、あちこちに見るも無惨な遺体が転がっている。町の様子は地獄のようだった。

 略奪は当然のこと。女性に対する乱暴や、若い女性を拉致する敵兵たち、それを止めようとする領民は残虐に殺されていく。逃げる人々も容赦なく袈裟斬りだ。見せしめのように吊るされた遺体には子どもや妊婦の姿もあった。

 幸せな生活は一晩で地獄へと化していった。


 ──戦火の広がる町をひとつの影が走り抜けた。白い包みを抱えた若いメイドがロバを操縦して移動する姿だ。彼女たちは町を駆け抜け、人影のない郊外へ向かうと森の中に入り込んだ。

 しかし、敵は見逃さなかった。彼女を背後から矢で射抜いたのだ。赤子を引き渡すように仕向けたが、抵抗を見せた為に袈裟斬りにされた。

 倒れ込んだメイド。川の中に落下したおくるみに包まれた赤子。黒髪に紫の瞳を持った赤子は顔を真っ赤にして泣き叫んでいた。

 赤子の泣き声に共鳴した森の中の元素達が蠢く。そして雷を落とし、大雨をもたらす。


 雷…。この光景を私は憶えている。


 目に見えない水の元素が赤子を守った。

 雨は視界を悪くして目眩ましをしていた。赤子を捕まえようと近づく敵兵には情け容赦なしに雷の鉄槌が下される。

 赤子は元素たちに守られて川に流され、森の奥へと消え去った。


 負傷したメイドから流れる血液が川の水を赤く染めていた。……彼女が、ロジーナ。私の世話役だったメイド。行方不明とされた彼女は森の中で私を庇って息絶えた。

 抜け殻になった彼女が死した後まで辱めようとする敵兵の姿が空に大きく映し出される。

 なんて悍ましい。私はサッと目を逸らした。

 これ以上彼女を辱めるな…!


「やめて!」


 ロジーナさんは私を救おうとして殺されたのか。

 私のせいで彼女は死ななきゃいけなかったのか。死んだ後まで辱めを受けて…!


「これは過去の出来事だぞ? やめるも何も済んでしまった事」


 私の記憶に焼き付いて離れない雷光と雨。

 あぁ、私が覚えていた雷雨の記憶はこれだったのか。私は元素たちによって守られ、この地に辿り着いたのか。

 …ロジーナさんの意志を汲んで、雷と水の元素達が、この森へと連れてきたんだ…。

 私は捨てられたんじゃなく、安全な場所へ避難させるために元素達が自らの意志で動いたんだ。


「あのメイドが邪魔しなけりゃなぁ…最期まで『お嬢様だけは助けてください』って命乞いしていた」


 ──売り飛ばせば二束三文にはなったかな?

 そうつぶやいたフェアラートはおかしそうに嘲笑っていた。


「この、下衆が…!」


 反省も後悔もしていない、そんな発言に、私の身体が怒りで震える。私の魔力が身体の中でグツグツと煮えたぎり、暴れだしそうになった。

 私の後ろでテオがぐるぐると唸り声を上げていた。映像を見ていたのは私だけじゃない。戦おうと武器を構えてきた村の人達もである。

 彼らが迎え撃つ姿勢でハルベリオン軍を睨みつけていると、フェアラートは白髪の混じった頭を撫でるように後ろに流しながら、クツクツと喉を鳴らしていた。


「…獣人に囲まれて身を隠していたとはな。なかなか見つからないと思ったら、まさかまさかの…」


 フェアラートは言った。

 戦利品として赤子をハルベリオンに持って帰還しようと思っていたのに、と。

 結果的に私が死んでいても、憎い男の娘を殺せたことになるからそれで満足だったのに、と。


「仮に空中を漂う元素たちに意思があったとしても、大して賢くなさそうと思っていたが…考えたな。子どもを大事にする獣人の村に落とせば、誰か一人や二人、情を移してくるわな」

「風上にも置けない…!」


 身体の中で私の魔力が怒りで増幅して暴れだす。

 元々悪事を働いていたこの男が悪いのに。

 父上が告発せねば、新たな犠牲者は生まれていた。彼は正しいことをしただけ。…なのに。


 慰霊碑に書かれた犠牲者の名前。一部の人間がどんな死に方をしたのかを聞かされていたが、他の人達がどんな殺され方をしたのか知らなかった。

 町は燃え、地面は血を吸い込んで赤く濡れていた。死んだ人はうつろな目でどこかを見つめていた。大切な人を殺された娘が敵兵に連れさらわれて泣きわめいていた。

 ロジーナさんは、私を救おうとしてあんな殺され方をした。

 私の存在が足を引っ張っていたのだ。

 

「……フェアラート、私はお前を許さない」


 ──ピシャアアン

 目の前に雷が落下してきた。それを始めとして、空に集まってきた雨雲がポツポツと地面にしずくを垂らした。

 私の怒りに共鳴した元素達がうごめく。怒りを抑えられない。


 今の豊かなフォルクヴァルツはようやく取り戻した幸せなのだ。

 本来なら、あの慰霊碑に名を連ねた人たちも楽しそうに町を行き交っているはずなのに。


 コイツらはなんの権利もないのにそれらを奪い、踏みにじった…! 許せない、到底許せることではない。

 私はここでこいつを討つ。そう決めた。


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